6.お嬢の家
「お邪魔します」
お嬢の家に上がった巫女は、いつもの動きやすい改造巫女服ではなく、ブラウスとパンツの服装だった。お嬢も、大学に行く時と同じナチュラルメイクにシャツワンピースを着ている。
広い邸宅の大きな居間のソファに腰掛けるお嬢の父親は、国会議員もしている地元の名士だ。氏子総代でもあひ、巫女の叔父──つまり宮司や巫女の父とも付き合いがある。巫女は軽く会釈をした。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「おお、久しぶり。叔父さんの仕事を手伝っているんだって? 大学院に行かなかったのは驚いたけど、神社を継ぐのかい」
「はい。今のところは継ごうと思ってますね」
「いいんじゃないか。近頃は女性の宮司さんも増えていることだし。……お父上からは、まだ何も?」
「…………父は……そうですね……日本には帰ってきていないと思います」
近況について取り留めのない話をした後、お嬢の父はそうだ、と言って話題を変えた。
「今日はたしか、車を見に来たんだったね。よし、早速車庫に行こう」
立ち上がって車庫に向かうお嬢の父に、巫女とお嬢はついて行った。
車庫には、巫女が想像していたよりもずっとたくさんの車があった。
近年よく見られるSUVやミニバンではなく、完全に趣味のために製造された車ばかりだ。
メーカーの調子が悪い時に製造された四ドアクーペのイタリア車や、デザイナーが寝ながら設計したとしか思えない外見の上、壊れまくると悪評の立っている謎の車まである。
巫女は目を輝かせながらあちこち見ていたが、一台の車に目をとめた。
有名映画にも登場した英国の名車である。
車好きとは聞いていたものの、ここまでとは……そして車の趣味も合うとは思わず、巫女は心の中で歓喜の声をあげた。
「映画のような秘密兵器は搭載されてないが、本物のクラシックカーだ。入手には苦労させられたよ」
「人脈……ですかね」
「国会議員をやっていてよかったと思ったよ」
お嬢の父はどこか得意げに語る。娘の方は何の話だというように立っていた。
どうしてもこの車に乗ってみたくなった巫女は、駄目もとで頼んでみることにする。
「ぜひ、運転させてください。安全運転は心掛けます」
「そう言うと思って、鍵を持ってきている。貴重な車だから慎重にはなるが、君なら安心して任せられるよ」
「ありがとうございます……!」
巫女は鍵を受け取ると、鍵を使って扉を開け、慎重にエンジンをかけた。ややつまらなそうにしていたお嬢を助手席に手招きする。
車庫から車を出し、前の道路まで進んだが既に手汗が滲んでいて巫女は申し訳ない気持ちになった。
しばらくドライブをしてわかったことは、乗り心地が良いわけでもないし、燃費は悪いし、遅い。それでもインテリアもエクステリアも至高の一言に尽き、何より歴史を感じる造りをしている。
隙あらば左横をすり抜けようとするバイクと、横並びで車道にはみ出して歩く中学生にこれほど苛立った日はないだろう、と巫女は公園でキャッチボールをする子どもを見て一人でハラハラしていた。「私は今あなたたちの生涯年収よりも高価な車に乗っているんだぞ」と大声で叫び回りたいような気分になるが、もちろん実行に移すことはない。
「巫女くん、嬉しそうだよね。そんなに凄い車なんだ。映画は私も観た筈なんだけどなあ……」
「製造台数が少なくて、だから貴重なんだ。普段乗ってるやつと年式は数年しか違わないけど」
そうやって近所を数周してドライブを終えた後、巫女は持参したお茶の返礼として手土産を持たされて帰宅した。
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