2.お嬢と地雷ちゃん
雲ひとつない青空の下、巫女は車を走らせて高級住宅街を進み、キリスト教系名門女子大学の前に辿りつく。緑に囲まれた煉瓦造りの建築が見えてきて、建物から若い女性達が出てきているのを確かめた。
正門前から少し離れた木陰に車を停め、二人は待ち人「お嬢」の姿を探した。
目の良いギャルちゃんが先に見つけたらしく、革のシートから体を乗り出し、大きくぶんぶんと手を振った。
巫女はギャルちゃんの視線の先を辿り、品の良いオフホワイトのシャツワンピースを着た黒髪の女子大学生を発見して、控えめに手を振る。
向こうもこちらに気付いたらしく、足早に車の方に近付いてきた。
「ごきげんよう」
「おはよーっ」
お嬢様らしく挨拶をするお嬢に、元気よく返すギャルちゃん。巫女も続けておはようと言うと、三人を乗せて車のギアをドライブモードに変えた。
お嬢は大学が視界から消えたことを確認すると、ハーフアップにしていた髪をほどいた。そして鞄から化粧ポーチを出し、手鏡を開く。
この車のトランスミッションは3ATで、あまり乗り心地が良いとはいえないのだが、モード系の化粧品をポーチから取り出してナチュラルメイクの上から化粧を重ねていく。
巫女はルームミラーでその様子をちらりと見ながら、いつもながら器用なものだと感心する。
お嬢は、親の目が届かない範囲でこうやってお洒落をする趣味があった。ささやかな反抗ともいえる。
次の目的地は繁華街だ。
すれ違う人々から時々振り向かれながら、人も自転車も多く狭い道を徐行して走る。
ターミナル駅の近くのアーケード街は、治安は良いとはいえないが、近年改善されてはいた。
アーケードのところは車両侵入禁止で、駅前もタクシーやらバスでごったがえしているので人通りの少ない裏道が待ち合わせ場所だ。
待ち合わせの場所には、ベビーピンクの髪をリボンでハーフツインにして、毛先に強いカールをかけた華奢な女性がいた。
泣きはらしたような可愛らしい赤い化粧、耳の軟骨にピアスをいくつも付け、爪はスカルプで延長して華やかに装っている。
初夏だというのに長袖で、薄汚れた裏道に所在なさげに立っていた。視線はスマートフォンに向けられていたが、時折誰かを探すように周囲を見渡していた。巫女達は手を振るが、見えにくい場所に停車しているのでこちらが見えていないようだった。ギャルちゃんが車から降り、目の前まで歩いていくとすぐに気付き、二人揃って車に乗った。
「四人揃ったね」
「今日は何する?」
「新作のキャラメルラテが出たから、飲んでみたい」
「よーし、じゃあそれでいこう」
適当に行き先を決めて走る。
それから先はその日次第だ。
どこか寄りたければ寄るし、そうでもなければなにもなし。
巫女くん、ギャルちゃん、お嬢、地雷ちゃん。
便宜上四人は互いをそう呼び合っていた。
お互いの名前は知らない。知ろうとしない。
四人とも、それを訊ねるのは些か無粋すぎると判断していた。
この関係に名前は要らないし、互いの名前も必要ない。
ただ巫女の運転する時間を共有しているという事実だけが、彼女達の共通点だ。
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