主にカレシの事情

椰子草 奈那史

第1話 キャンディ

 登場人物

 浩輔こうすけ:27歳、文具メーカー営業

 奈々未ななみ:24歳、輸入雑貨店勤務

 同棲7ヶ月目。


「浩輔ー」

 日曜日の午後、ソファに寝そべってテレビをみていた俺の背後から、奈々未の声がした。

 振り返ると、奈々未は見慣れないニットのワンピースを着ている。

「ネットで見つけて買っちゃったの。どう? 可愛い?」

「うん、可愛いよ。いいんじゃないか」

 再びテレビを見ようとする俺に、奈々未がさらに声を大きくする。

「待って。それだけじゃないよ。こんなのも買っちゃったんだー」

 奈々未がスカートの裾をゆっくりとたくし上げると、すらりとした奈々未の下腹部を、極めて薄く、面積の小さな黒い下着が覆っていた。

「素敵だよ、奈々未」

 俺はソファから跳び起きると、奈々未を抱えてソファに横たえさせた。

 そして、奈々未の下着に手をかけ下ろそうとしたその時――。


 バチンっ!


 奈々未の張り手が俺の顔面にヒットした。

 思いがけないクリーンヒットに、目の前がクラクラする。

 奈々未は身体を起こすと、頬を膨らませてまくし立てた。

「もう、どうしてちゃんと見ないですぐ脱がそうとするの!? せっかく浩輔に喜んで欲しくて買ったのに」

 俺は「降参」のような仕草で奈々未をなだめながら、奈々未の張り手の射程外まで後退する。

「いや、そうじゃないんだ、奈々未。落ちついてくれ」

 そして、姿勢を正して奈々未に向かい合う。

「要するに、それはキャンディのようなものなんだよ」

 俺は、極めて真面目な顔をして語りかける。

「――どういうこと?」

「つまりだな。綺麗で可愛い包み紙で包まれたキャンディがあったら、『美味しそう、食べたい!』って思うだろ?」

「まぁ、そうだけど」

「でもな、食べたいのは中身のキャンディであって、包み紙は、開いて剥がすためにあるものさ」


 ドヤ顔を決める俺の頬が、もう一回「バチンっ」という音をたてた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る