壱章
EPISODE13:「挨拶」
☆☆☆
それはある時の会話――
「凄いよな……お前は」
「何がですか?」
この時カイは朋友と二人で歩いていた。両者の手には荷物があり買い物帰りである。……因みに朋友の方が手荷物が多い。この時のカイはかなり非力である一方、朋友のパワーは友人達でもトップだったので順当と言えば順当である。
「いやさ……誰とでも仲良くしてるなって思って」
朋友は街を歩けば色々な人に声を掛けられ時に商品をおまけして貰っていた。そんな様子を見たからこそ出た言葉だった。
「俺には無理だし……」
「諦めるのはよくありません。きっとわたくしのようにできますよ」
「……そうかねえ?」
どちらかと言うと嫌われやすいけどと付け加えると、朋友は左手の荷物を頭に乗せ空いた手でカイの手を握って続ける。
「諦めるのは駄目です。試合終了なのでしょう?」
「……まあね」
偉大なり安〇先生。
「そうですね……。だったら挨拶から始めるのはどうでしょう?」
「挨拶?」
「はい。全ては挨拶から。わたくしはそうしました。そこから会話が繋がる物なのです」
「そうか?」
「はい。■■も戻れたら挨拶から始めてみると良いですよ」
「……」
この時点でカイは元の世界に戻る気は――半々と言った所だった。だが人生どうなるかわからないので。
「……戻れたらやってみる」
そう言った。それに朋友はフフっと笑っていた。
……
☆★☆
そう言う訳で――
「おはよう」
追試の翌日から挨拶から始めてみたのだが……
「おはよー」
「おはようございます」
一応クラスメイト数名からは挨拶は返って来るが……。
「「「……」」」
会話が続かなかった。
しかもクラスメイトに前よりも避けられている気がした。理由は簡単。あの模擬戦のせいだった。誰もが予想出来ない結果から違法な手段に手を出した、夏休みに人を殺しただの酷い噂が飛び交っていった。まだ一日も経っていないのに噂が飛び交っている。……実際嘘でもないのが実に困る。
「やれやれ……」
自分の席に座りながら溜息を吐く。
(……皆はどうだったっけ?)
ふと友人達はどうだったか思い返す。
人間関係を完全に斬り捨てた
それに比べて……
(皆、俺駄目かもしれない……)
そんな事を思っていると……
「シンゲツくん」
「?」
声を掛けられたので振り向くとそこには一人の女子生徒がいた。少し癖のある長い亜麻色の髪をしており眼は青。背丈は小柄(150cmあるかないか位)だがスタイルは良い。彼女はクオン=マリカ。清楚な外見と穏やかな性格という非の打ちどころがない優等生であり男女問わず人気がある。余談だが、カイとは真逆で誰とでも仲良くしておりクラスメイト全員に気兼ねなく話しかけている。
「そこはわたしの席だよ?」
「うん?」
「昨日席替えしたから」
「あ、そうなんだ」
「……知らなかったの?」
当然と言えば当然である。カイが昨日学校に来たのは放課後だったうえ、そう言う事を伝えてくれる人もいない。
「うん。それで俺の席ってどこ?」
「そこだよ。隣」
マリカの細い指が指したのはその隣。……あまり変わっていない。なので席を移動するカイ。
「ありがとう。そしてすまんね」
「ううん、別にいいよ」
そう言ってマリカはカイが座っていた場所に座る。それで会話終了かと思いきや――
「昨日の試合――凄かったね」
「おう?」
「勝てて良かったね」
会話が続いた。微笑むマリカにカイも釣られて笑う。
「ありがとう」
「?」
「そう言ってくれて嬉しい」
変な噂が飛び交っているせいで勝った事を祝福してくれる人はいなかった。前よりも避けられる始末である。
「……他の人は何か言ってくれなかったの?」
「ああ。むしろ噂のせいで……な」
「噂?」
知らないらしい。何でも昨日は所用があったらしくすぐに帰ったので模擬戦自体は見ていないとの事。友人が結果を教えてくれたそうな。
なのでカイは飛び交っている噂を話すと―――
「なにそれ酷い!」
「……そう言ってくれるのは嬉しい」
「シンゲツくんはそれでいいの?」
「別に」
一人でいるのは慣れている。
「人の噂も七十五日。そのうち無くなる」
「……」
痛ましそうな表情のマリカにカイは苦笑する。人に悪意を向けられるのは慣れているが善意を向けられるのはどうにも慣れない。
そんなマリカにカイは――
「まあありがとう。心配してくれて」
「……うん」
「あ、そうそう」
カイは何かを思いついた顔になった。
「おはよう」
「え?」
「朝の挨拶。まだしていなかったなって」
カイのその言葉にマリカは少しだけ微笑み――
「うん。おはよう、シンゲツくん」
朝の挨拶を返した。
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