第Ⅷ話:「Angry Woman’s Punch」
「……俺の何が気に食わないの?俺は人に迷惑かけずにただ一生懸命に生きているだけなのに」
あの“糞屑”とは違ってと小さく付け加える。
「全部だよ!」
カイの問いにイスルギが叫ぶ。
「その目付きが!行動が!成績が!全てが気に食わないんだよ!」
「そ」
その言葉に言葉少なく納得し理解する。
やはり生きていればどうしても気に食わない人間が出るもの。全ての人間と分かり合える等それは幻想に過ぎない。
イスルギという男にとってそれが自分だったと言う話だろう。
ならば――
「答えてくれてありがとう。お礼にチャンスをあげる」
「……チャンス?」
「ああ」
カイはイスルギにゆっくりと近づいていく。そして二メートル程近づき立ち止まり両手を広げる。
「一発だけそちらに譲ろう。何してm」
「オラァ!」
カイが喋っている途中にすぐさま突っ込むイスルギ。
そのまま魔導による強化を施した
彼の戦闘スタイルは自身と武器を強化しての近接戦闘。スピードが遅い代わり一撃の威力が大きいパワーファイター。
身体強化と武器強化を施したうえの攻撃。並の魔導士でもまともに喰らったらただでは済まない。だが――
(今までの礼だ。少しだけ見せてやる)
そのまま受け止めるのも一興。だがカイは正面から叩き潰す事を選択。
理を歪める親友の力を載せ
「チェストォ!」
激突する
そして――
パリィーーッ!
カイの拳は
(ば、馬鹿な……。強化した一撃だぞ!?)
驚きで意識に空白ができる中……
「軽いね」
まだ
「じゃあ次はこっちの番ね」
今度は左腕を引く。
「なあ知っているか?パンチって腕の力だけで撃つんじゃない」
力を溜める。
「全身で撃つんだ」
再び鉄拳炸裂。勿論先程の一撃よりは手加減した。
拳はイスルギの顔面に直撃し、そのまま吹っ飛ぶ。
彼は暫し宙に浮いた後、地面にぶつかり滑っていった。
そして、動かなくなった。
因みに盟友の力で本気で殴っていたら今頃イスルギは顔面が弾け飛ぶどころか肉体が消滅している。
「死んだか?」
そう言いながら近づいてみるがイスルギは生きていた。
……顔面は少し潰れているうえ、気絶しているがそこまでの外傷はない。
そんな様を見てカイはほっと息を吐く。
(良かった。生きていた。死んでいたら面倒だし)
そんなことを思う。
一応手加減したが死んでいたり、重度の後遺症が残ったら面倒な事になる。
そして審判役の教師に目を移す。
その顔は口をぽかんと開けて唖然としている。
どうやら今起こったことが信じられないらしい。
因みに観客の生徒や教師ほとんどが同じような阿保面を晒している。
取り敢えずカイは審判役の教師に声を掛ける。
「先生、先生!」
「あ、ああ」
「これ……俺の勝ちでいいですよね」
その言葉に周り見て戦闘不能な生徒を見渡し――
「勝者、シンゲツ=カイ」
教師の声が響いた。
だがその声に反応する音はなく静寂のみがあった。
誰もがこの結果を受け入れられないためであった。
そんな中でカイは――
「上手くいって良かった……」
小声でそう呟いた。
☆☆☆
時間はカイが異世界から帰って来たところまで巻き戻る。
取り敢えず今まであったことが夢ではないとわかり安心した彼は現状把握をすることにした。
その結果わかったことは四つ。
一.今日は夏休み最終日一日前。
二.体に異常はなし。
三.あちらで手に入れた力はほとんど万全状態で使用可能。
四.持っていた物品は全部こちらに持ち込めている。
一つ目。異世界で何年も過ごしたのにこちらではまだ数十日しか経っていない。有り難い事である。……ただ欲を言えばもっと前に戻して欲しかった。夏休みが丸々無くなってしまったのは悲しい。
二つ目。全身を隈なく見渡したが特に異常はない。それどころか体調は万全。しかも幼い頃に気合を入れて弾け飛んだ
三つ目。あちらで手に入れた力は万全。……それどころか元の状態より強化されたほとんど最終決戦使用状態で使用可能となっている。
四つ目。手に入れた力を利用して収納していた旅の道具や金目の物、貴重な品まで取り敢えず収納していた物まで全部あった。……金目の物を売ればかなりの金額になるだろう。
「相棒……」
それをやってくれた大切な少女の事を思い出す。
『幸せになってね』
相棒はそう言った。
そのために必要な物を残してくれた。
ならば――
「幸せになるしかないな」
そう思う。
友も色々言葉を残してくれた。
ならば頑張ろう。
とりあえず今出来る事は――
「寝よう。明日に備えて」
ぐっすり寝る事にした。
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