白色クレヨンは真っ白なキャンパスに絵を描けるのか?

2138善

白色クレヨンは真っ白なキャンパスに絵を描けるのか?

クレヨンの白色ちゃんはお絵かきがとっても大好き。


 さあ今日も素敵な絵を描くぞ!と意気込んで真っ白な画用紙の上に立ちました。

 するとそこに黒色くんがやって来ました。


「白色ちゃん、何してるの?」

「今からお絵かきするのよ」

「何言ってるのさ」


 黒色くんが目を丸くしました。


「白色ちゃんだけじゃあ、何にも絵が描けないじゃないか」


 今度は白色ちゃんが目をまんまるにする番です。


「そんなことないもん」

「あるよ」

「ないもん」

「描けないよ」

「描けるもん」

「無理だよ、だってさぁ」


 フフン、と黒色くんが鼻で笑い飛ばしました。黒色くんは意地悪です。


「白色ちゃんは画用紙と同じ色をしているじゃないか。だから真っ白な画用紙に絵を描いたって分からない。白色ちゃんが画用紙の上にいたって、誰も気付かないよ」


 これには白色ちゃんも怒ってね。頬っぺたを膨らませて顰めっ面をした。


「黒色くんったらひどい!」

「だって本当のことじゃないか。絵を描くのに白色ちゃんは必要ないんだよ。画用紙の上にキミの居場所はないんじゃないの?」

「そんなに言うなら、白色わたしだって絵が描けることを証明してやるんだから!」


 そう言うと白色ちゃんは勢いよく駆け出しました。






「白色は他の色と混ぜ合わせれば、何色にだってなれるんだから。いろんな絵画ばしょを探せば、きっと私の居場所があるはずだわ」



 最初に白色ちゃんが見つけたのは炎の絵でした。めらめらと燃える赤い炎は近くにいるだけで熱くって、溶けてしまいそう。


「あれ?白色ちゃん、何してるの?」


 気付いたクレヨンの赤色くんが絵を描く手を止めて、白色ちゃんに声を掛けました。


「私もお絵かきしたくって」

「そうなんだ」

「白色はどんな色にもなれるから、私だってひとりで絵を描けるのよ」

「それじゃあ、思いっきり描くといいよ」「うん!」


 さぁやるぞ!と、大きく頷いた白色ちゃん。だけど白色ちゃんが絵を描くと、めらめらと燃える炎の色はピンクになってしまい、あっという間に赤い炎に呑み込まれてしまいました。完成した絵を見た白色ちゃんはしょぼくれちゃってね。


「これじゃあダメだ、私はダメだ。黒色くんの言うとおりだわ」






 次に白色ちゃんが見つけたのは海の絵でした。どこまでも広がる大海原。ざあざあと押しては寄せる波の音が聞こえてきます。


「あれ?白色ちゃん、何してるの?」


 気付いたクレヨンの青色くんが絵を描く手を止めて、白色ちゃんに声を掛けました。


「私もお絵かきしたくって」

「そうなんだ」

「白色はどんな色にもなれるから、私だって絵を描けるのよ」

「それじゃあ、思いっきり描くといいよ」

「うん!」


 さぁやるぞ!と、大きく頷いた白色ちゃん。だけど白色ちゃんが絵を描くと、揺蕩う海の色は水色になってしまい、これでは海というより水溜まりだ。完成した絵を見た白色ちゃんはしょぼくれちゃってね。


「これじゃあダメだ、私はダメだ。黒色くんの言うとおりだわ」






 次に白色ちゃんが見つけたのは草原の絵でした。青々とした草花が繁り、そよそよと優しい風が吹き抜ける緑の絨毯は心を穏やかにしてくれました。


「あれ?白色ちゃん、何してるの?」


 気付いたクレヨンの緑色くんが絵を描く手を止めて、白色ちゃんに声を掛けました。


「私もお絵かきしたくって」

「そうなんだ」

「白色はどんな色にもなれるから、私だって絵を描けるのよ」

「それじゃあ、思いっきり描くといいよ」

「うん!」


 さぁやるぞ!と、大きく頷いた白色ちゃん。だけど白色ちゃんが絵を描くと、生い茂る草花は黄緑色になってしまい、まるでキャベツ畑のようだと思いました。完成した絵を見た白色ちゃんはしょぼくれちゃってね。


「これじゃあダメだ、私はダメだ。黒色くんの言うとおりだわ」






 次に白色ちゃんが見つけたのはひよ子の絵でした。ぴよぴよと鳴きながらよちよち歩く小鳥の姿に白色ちゃんはほっこりしました。


「あれ?白色ちゃん、何してるの?」


 気付いたクレヨンの黄色くんが絵を描く手を止めて、白色ちゃんに声を掛けました。


「私もお絵かきしたくって」

「そうなんだ」

「白色はどんな色にもなれるから、私だって絵を描けるのよ」

「それじゃあ、思いっきり描くといいよ」

「うん!」


 さぁやるぞ!と、大きく頷いた白色ちゃん。だけど白色ちゃんが絵を描くと、愛らしいひよ子の色はアイボリーになってしまい、象の牙がのそのそと歩き回っているように見えました。完成した絵を見た白色ちゃんはしょぼくれちゃってね。


「これじゃあダメだ、私はダメだ。黒色くんの言うとおりだわ」






 次に白色ちゃんが見つけたのは葡萄の絵でした。たわわに実った果実はどれも美味しそうで、口のなかいっぱいにヨダレが溜まりました。


「あれ?白色ちゃん、何してるの?」


 気付いたクレヨンの紫色くんが絵を描く手を止めて、白色ちゃんに声を掛けました。


「私もお絵かきしたくって」

「そうなんだ」

「白色はどんな色にもなれるから、私だって絵を描けるのよ」

「それじゃあ、思いっきり描くといいよ」

「うん!」


 さぁやるぞ!と、大きく頷いた白色ちゃん。だけど白色ちゃんが絵を描くと、鮮やかな紫色は薄紫色になってしまい、色素の薄い果実はなんだかちっとも美味しそうじゃない。完成した絵を見た白色ちゃんはしょぼくれちゃってね。


「これじゃあダメだ、私はダメだ。黒色くんの言うとおりだわ」






 次に白色ちゃんが見つけたのは夜の絵でした。真っ黒に塗り潰された闇夜はすべてを呑み込みます。自分も描き消されてしまいそうだと、白色ちゃんは小さく身震いしました。


「やあ白色ちゃん、絵は描けたのかい?」


 気付いたクレヨンの黒色くんが絵を描く手を止めて、白色ちゃんに声を掛けました。


「………私だってお絵かき出来たわ」

「本当に?」

「白色はどんな色にもなれるから、私だって絵を描けるのよ!」

「それじゃあ、描いてごらんよ」

「いいわよ!」


 さぁ見返してやるぞ!と、大きく頷いた白色ちゃん。だけど白色ちゃんが絵を描くと、夜の漆黒は灰色になってしまい、どんよりとした曇り空のよう。見ていると心まで暗くなりそうだ。完成した絵を見た白色ちゃんはしょぼくれちゃってね。


「これじゃあダメだ、私はダメだ。黒色くんの言うとおりだわ」






 真っ白な画用紙の上に戻ってきたクレヨンの白色ちゃん。試しにひと描きしてみたけれど、白色ちゃんの描いた線は画用紙の色と同化してしまい、目を凝らしたって見つけることは難しい。


「黒色くんの言うとおりだったわ。白色の私じゃあ何にも描けない。画用紙ここにいても、誰にも気付いてもらえないわ。もういっそのこと白色を辞めて、私も別の色になりたい。赤色でも、青色でも、緑色でも、黄色でも、紫色でも、黒色でもいい。白色なんて要らない、白色なんてだいきらい」


 とうとう白色ちゃんは泣き出してしまいました。


 するとそこに、どこか気まずそうな様子の黒色くんがやって来ました。その後ろから赤色くん、青色くん、緑色くん、黄色くん、紫色くんもぞろぞろと続きます。


「話は聞いたよ、白色ちゃん。色んな絵画を渡り歩いて、ひとりで絵を描こうとしていたんだってね」


 と赤色くん。一歩前に出ると、泣きじゃくる白色ちゃんの背中を撫でながら、チラリと後ろを振り返りました。黒色くんはばつが悪そうに視線をそらしてね。


「だけど、できなかった」


 鼻を啜りながら白色ちゃんがポツリとこぼしました。


「白色は他の色と混ぜ合わせれば何色にもなれるのに、どの絵画にも馴染めなかった。炎の赤色はピンクになっちゃうし、

 海の青色は水色になっちゃうし、草原の緑色は黄緑色になっちゃうし、ひよ子の黄色はアイボリーになっちゃうし、葡萄の紫色は薄紫色になっちゃうし、夜の黒色は灰色なっちゃった。私ひとりだと絵は描けなかったもん」


 白色ちゃんは足元に引いた線を見下ろした。真っ白な画用紙の上の、真っ白なクレヨンの線は、やっぱり目を凝らしても見えやしない。


「白色なんて要らないのよ。私もみんなのような色つきクレヨンになりたかった」

「ふむふむ、なるほど」


 赤色くんが頷いてね。


「確かに白色は何色にでもなれるね」


「でも他の色にならなくてもいい。無理に自分を変えなくていいんだよ」


 白色ちゃんが顔をあげると、赤色くんがにっこりと笑いました。青色くんも、緑色くんも、黄色くんも、紫色くんも、同じように微笑んでいます。


「青空をふわふわと流れるわた雲だって、」

「空からこんこんと降り注ぐ雪だって、」

「絵に描くときはまっさらな白色だ」

「そもそも白いキャンパスがなかったら絵を描くことすら出来ないんだ。白色だって必要なんだよ」

 みんなの言葉に赤色くんは相槌を打ちます。

「白色ちゃんが白色であることには意味がある。それがキミの色で、愛すべき個性なんだ。キミはキミでいいんだよ、白色ちゃん」


 すると、どうしたことか、沈んでいた白色ちゃんの心はふわふわとしちゃってね。あれだけ自分はダメだと思っていたのに、白色がみんなに必要とされているとわかっただけで、とっても気持ちが軽くなりました。日だまりのように胸がポカポカとしてきてね。自分を認めてくれるひとがいるだけで、こんなにも心強いなんて。白色ちゃんがすっかり泣き止むと、


「そうだ白色ちゃん、黒色くんが言いたいことがあるんだって」


 他の色のクレヨンに促されて、黒色くんが一歩前に出ました。居心地悪そうに視線をさ迷わせていた黒色は、申し訳なさそうに口を開いた。


「さっきは意地悪言ってごめんね、白色ちゃん」

「え?」


 今度は何を言われるやら、と身構えていた白色ちゃんは拍子抜けしました。


「僕は真っ黒だから、他の色と混ぜ合わせても黒色以外にはなれない。何色でもなれる白色ちゃんが羨ましかったんだ。だからひどい事を言っちゃった、本当にごめんよ」


 いつもは意地悪ばかりの黒色くん。どうやら泣きじゃくる白色ちゃんを見て反省したようです。しょんぼりする黒色くんの手を白色ちゃんはぎゅうっと握りしめました。ひとりでは何にもできないと自分を責めるつらさも、他の色になりたいと悩み羨む気持ちも、白色ちゃんはよく知っています。


「いいよ黒色くん、仲直りしよう」

「ありがとう、白色ちゃん」

「私も、ありがとう」

「?なんのこと」

「黒色くんに言われたから、私、色んな絵画を探索して、知ることが出来たから」


 自分が白色であることはかなしみの種だったけれど、白色じぶんもみんなにとって必要な色なのだと、白色ちゃんはようやく気付きました。最初から白色ちゃんの居場所は、真っ白な画用紙の上にあったのです。


「それじゃあ、みんなでお絵かきしましょ!」

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