ノア・プラネット
仲仁へび(旧:離久)
本編
第1話 星屑と姉妹
星屑を売って、お客様に喜んでもらう。
それが、私の大事な仕事。
たくさんの人を幸せにする事はできないけれど。
世界中の誰かが、一人一人幸せにしていけたら、きっと多くの人を笑顔にできるよね?
だからこの広い世界のどこかにいる貴方が、どうか少しでも幸せになれますように。
私もここで祈ってます。
空を見上げて、目をとじると私の視界を暗闇が覆ってくる。
だけど不思議と怖くはないんだ。
だって私の周りには、たくさんの大切な人達がいるから。
「姉ちゃん姉ちゃん、大丈夫か?」
ほっぺを何か柔らかいもので叩かれた。
目を開けると、ねこのミィ太がこちらの肩上にのって、顔を覗き込んでいるのが分かった。
つやつやとした黒い毛並みの猫。
真ん丸の、黄金の月の様な瞳をした猫だ。
その猫が肉球で私が私の頬を叩いた……というよりは押していたらしい。
確か、子供の頃に拾った私の猫。
ミィ太と名付けて世話をしているのだった。
人間に例えればもう成人しててもおかしくないのに、子供のような声を発して、私を心配しながらミィ太は声をかけてくれた。
「なぁ、本当に大丈夫? ちょっと座って休んだら?」
その声に、無用に心配をかけてしまった事に気づいて、私はミィ太に急いで詫びた。
……大丈夫だよ。
「ほんとか? ほんとのほんとかぁ? 姉ちゃんってやせ我慢するところがあるからな、少しは兄ちゃんを見習ってほしいよ。いや、全体的に似るのはちょっと勘弁してほしい所だけど。だって、いっつも営業中にやってきて邪魔だし」
……そんなに、心配しないで。本当に大丈夫だから。
周囲を見回している。
大都市の大通りの真ん中。
人の流れがあって、賑やかな生活音と声がする。
私はその音を聞いてほっとしてしまった。
けれど、どうしてほっとしたのか理解できない。
……ミィ太、私何をするんだっけ。
そもそも自分が何をする途中だったのか思い出せなくて、首をかしげてしまう。
何か大事な事を考えていた気がするのだが、その一端を掴もうとすると指の間からすり抜けて幻のように消えていってしまう。
「姉ちゃんその年でもうボケちゃったのか……?」
ミィ太が何とも言えない視線を向けてきた。
居たたまれなくなった私は誤魔化す様に、その場から歩き出す。
通りを歩く人をよけながら、道を進んで行くと自然とこれからの予定を思い出してきた。
私の手を見ると、林檎の入った籠がある。
そうだ。これから、お昼休みの時間が終わるまでに店に戻って、休業中の看板を戻して、その後営業を再開しなければいけない。
私の勤めている小さなお店。
ノア・プラネットは星屑を売る変わったところだ。
願いを叶えてくれる小さな星屑。
果ての空から落ちて来た流れ星を加工して作った商品。この星屑を、お客様に売って喜んでもらうのが私の仕事だ。
……お店、お昼からも頑張ろうねミィ太。
「あ、やっと思い出した。姉ちゃん、ほんとのほんとのほんとのほんとに、大丈夫か? ぼけたりしてないか?」
ミィ太と共に店に戻った私は、さっそく休憩中の札を元に戻して、営業を再開。
買って来た林檎を、お店の奥にある冷蔵室に保管しておくのも忘れない。
手早く身支度を整えてから、お店のカウンターに立った。
ほどなくして、お店が開くのを待っていたかのように小さなお客さんがやってきた。
私は元気よく挨拶をして、出迎える。
「いらっしゃいませ、ノア・プラネットへようこそ」
「にゃーご」
ミィ太もそんな風にお出迎えをした。
店にやって来た小さなお客様は女の子だった。
長い栗色の髪の毛の女の子で、猫のようなまんまるな瞳で興味深そうに店内を見回している。
「ふわー」
女の子は、感嘆の感情をこめて、幼い声をあげる。
ノア・プラネットの店内には、大小様々、色とりどりの星屑がショーケースの中に飾られている。
星屑はよくある隕石とは違い、透明度の高い宝石の様な物質だ。
一見しただけでは、高価な品にしか見えない。
それらを見る時に、店内におとずれたお客様が戸惑う事はよくあるのだった。
「きれー……。ほーせき?」
「宝石じゃないよ。ここにあるのは星屑っていうの」
小首を傾げて疑問を呟くように言ったその少女に説明。
彼女は真面目な顔をして頷いて見せた。
「知ってます」
「そ、そうなんだ」
でも、先ほどはしっかり驚いていたように見えたのだが……。
そんな風に思えば、少女はその「知ってます」のわけを話してくれた。
「宝石じゃないキラキラは星屑だって、お姉ちゃんが言ってました」
「あ、そういう意味なんだ」
つまり宝石と星屑の見分けがついている事をこちらに示したかったというわけだろう。
小さな見た目に似合わず、意外と負けず嫌いで意地のある性格なのかもしれない。
私はカウンターから移動して、少女の前にしゃがんで尋ねた。
「今日はどんな御用で来たのかな」
「んーと、あのね。えーと。お姉ちゃん!」
「うん」
私はとりあえず、首を縦に振って相槌を打つ。
頷く以外に応答のできない台詞だ。
それはどっちのお姉ちゃんなのだろう。
女の子のお姉ちゃんの事なのか、私の事なのか。
判断がつかないでいると、少女は拳をぐっと握って店員である私に力説してきた。
「お姉ちゃんが病気になっちゃったから、星屑にお願いしにきたの!」
私のお店で売っている星屑は、何でも願いが叶えられる。
だから、その病気を治したいと思って来たのだろうか。
「それで、ケンカしちゃったから仲直りしたいです」
「それだけ? ここに売ってる星屑さんは病気も治せるんだよ」
「ほんとにー?」
「本当だよ」
けれど、目の前の少女はひとしきり悩んだうえで、再び同じ結論にたどりついた。
「やっぱり仲直りに使いたいです。だって、お姉ちゃん病気を治す為に一生けんめー頑張ってるから。なんとかなる!」
「そっか」
それが目の前の少女の判断だというのなら、私はそれを尊重しようと思った。
当店の方針は、お客様の意向が第一……だ。
「ちょっと待っててね、星屑さんを加工したり包装したり色々準備しなくちゃいけないから」
「分かりました、良い子してる!」
商品を用意するまでに待たせてしまう事を伝えた後、私はその女の子に店の隅にあるテーブルを示した。
「あそこで座って待ってて良いからね」
「んー、もうちょっとお店の中、よく見たい」
「うん、いいよ。でも走り回ったりしちゃだめだからね」
「だいじょぶ!」
舌足らずに答えた少女は拳をつくってぐっと力説。
私は少女を信じて頷いた。
ショーケースの中から、女の子にぴったりの翡翠色の星屑を見つけ、抱える。
カウンターの目立たないところで居眠りしていたミィ太に声をかけてから奥へと引っ込んだ。
……ミィ太。後をお願いね。
ミィ太は小さく「にゃあ」と鳴いて返してくれた。
私は販売区画を出て、作業場へと向かう。
作業場は壁の一部が特殊なガラスになっていて、小窓のようなそこから販売区画が窺えるようになっていた。
万が一の事態。お客様であるあの女の子に何があっても、これならすぐに事態を把握して駆け付ける事ができる。
ちょこっと覗いてみると、女の子はショーケースに並べられている星屑達を感心しながら一心に眺めているところだった。
その様子を微笑ましく思いながらも作業を開始。
私は、販売区画の中にあったショーケースから選んだ、最適な星屑を作業台へと乗せる。
金平糖みたいなトゲトゲした形で、手のひらに乗る大きさ。
これを加工してあの女の子の願いにふさわしい形にしなくてはいけない。
整形用のナイフを取り出して、とげとげしている所をガリガリと削っていく。
星屑自体はそんなに固くないので、機械の力を借りなくても、こうして人の手で加工する事が出来るのだ。
半時ほどかけて丁寧に整形し終えると、今度は近くにあった作業棚から粉末や液体を引き出して持ってくる。
別の色……桃色の星屑を砕いて作った粉末をふりかけて、作業台の端に置いてあった小型のバーナーの火であぶり温める。
そうすると、溶けた星屑の粉末が表面から流れ出していき、流線型の模様が付着していく。
わずかなその粉末は、星屑の内部にも色が若干沁み込む。なので、表面近くは緑と桃のグラデーションになった。
あとは、熱さましだ。作業台に備えていた水の容器に入れて冷やし、取り出して綺麗に拭いてから、最後につや出し用の液体をかけて、ドライヤーを持ってきて乾かす。
「よし、これで完成」
これで、あの女の子の為の星屑が完成した。
販売区画に行くと、ミィ太が女の子の腕にかかえられてくすぐられていた。
「わはは、やめっ、助け……ひぃ、はぁ、ふぅ……」
「おりゃー、構ってくれないばつだよー。くすぐり攻撃ー、こしょこしょこしょ……」
「ひゃははは……」
私以外にはミィ太の声は基本的には聞こえないのだが、抱えられている猫は明らかに参っていた。
可哀想なので、私は女の子に声をかけた。
「猫ちゃんをイジメちゃ駄目だよ」
「イジメてたんじゃないよー。遊んでたの!」
「でも、嫌がってるよね」
「うぅ……」
「ごめんなさいしよっか」
腕の中にある猫をみた女の子は、うなだれながら謝ってその場に開放した。
「ごめんなさい」
「ひぃ、はぁ、助かったよ姉ちゃん」
私の背後に隠れる様にさっと移動したミィ太は子供のお客様が苦手だ。
だから、小さな子が店にやって来た時は、目立たないようにしているのだが、今回は見つかってしまった様だ。
様子を見ててくれたお礼に後で美味しいミルクをご馳走することにしよう。
反省していた女の子だが、私の手に抱えらてた物に気づくと見て目を丸くして驚いた。
「えー、なにそれー。ねー、それなにー。なにがなにー?」
どうやら形が変わってしまった事で、自分が今まで見つめていた星屑とは同じ物だと思えなかたようだ。
私はその場にしゃがみこんで、星屑をよく見せながら説明する。
「これはね、貴方にあげる星屑さんだよ」
「ほんとにー?」
「加工したから形が変わっちゃったの。これは世界で一つしかない貴方だけの星屑さん」
「あたしだけの? えへへー。そっかそっかー。ういやつめー」
自分だけのものだと聞いて、嬉しくなったらしい女の子はふにゃりと顔を緩めて。
誰に教えられたのか分からないセリフをつぶやきながら、笑いを零した。
「こんなにきれーだと、ほーせきみたいで使うのもったいなってあたし思います。ありがとう、お姉ちゃん」
「どういたしまして」
素直なお礼の言葉にこちらの言い返すと、女の子は少しだけ不安そうになった。
「でも、ほうしゅー足りるかな。すっごくきれーでピカピカになっちゃったけど、あたしのほうしゅー足りる?」
「きっと大丈夫だと思うよ。もし足りなくても大丈夫、後でまた持ってくれればいいから」
「ほんとー?」
「うん」
安心したような表情になる女の子は、星屑の対価に持ってきたそれをこちらに見せた。
ノア・プラネットでは、願いを叶える宝石を必要な人へと販売する代わりに、お客様から相応の価値のある品物を受け取る事になっている。
お金のやり取りではなく、品物を、だ。
物々交換というと分かりやすいだろうか。
その品物は然るべきところに売られて、また必要とされている者達の所に渡っていく。
そこらへんのルールは、普通の店の営業とは少し違う所だった。
「これで、足りる?」
女の子が私に向かって差し出してきたのは、小さなリボンの髪留めだった。
「可愛い髪留めだね、これならきっと大丈夫だと思うよ」
「ほんと? 良かったー」
私はカウンターに置かれていたプラネタリア球儀を手にして戻って来る。
丸い球体が開く様になっているそれには内部に物が収納できるようになっていた。
「この中に入れてくれれば、ちゃんと査定してくれるからね」
「入れればいいのー? とやっ!」
大事な品物の割には威勢の良い掛け声を発して、女の子は持っていた髪留めをプラネタリア球技の中にしまい込んだ。
球技をしっかり閉めてスイッチを入れ、稼働させる。
……ミィ太、部屋の電気お願い。
「分かった」
そして、販売区画の電気を落とせば、室内に満天の星空が映し出された。
途端に、部屋に映し出される満点の星空の映像。
目にした少女は、頭上を見上げて歓声を上げた。
「ふわーっ!」
大気によってまたたく星や、距離による光の大きさ、強さなども全て再現されている。
この映像は限りなく実物に近いものだった。
そんな星空の中に映し出されるのは、女の子の思いだった。
正確に言うと、髪留めに込められた「願い」への重い。
『ねー、つまんない。あそんで』
『だめだよ、みーちゃん。お姉ちゃんはね、いまお医者さんになる為のお勉強をしてるから、いくら可愛いみーちゃんでも、相手をしてあげられません』
『えー、やぁだー』
『わがまま言わないの。その代わりお姉ちゃんの髪留めあげるから』
どこかの部屋、ベッドの上で身を起こして本に目を通している少女がいる。
その少女にみーちゃんと呼ばれている少女は、不満そうに頬を膨らましている。
映像の中の
『おり姉ちゃんのばかー。いいもん、ひとりであそぶもん。ふーんだ。つーん』
『やだ、みーちゃん可愛い。お姉ちゃんそれ好き! もっと拗ねて! はっ、いけないいけない。勉強しなくちゃ、お医者さんになって早く病気を治して、みーちゃんと遊べるようにならなきゃなんだから』
『べんきょーなんて無理だと思います! だっており姉ちゃん、ゲームばっかりいっつもしてたもん。それなのに、なれるわけないと思います、べーっ、きらいっ』
舌を出して病室から出て行く少女のみーちゃん。
おり姉ちゃんと呼ばれた少女は、病気のせいかベッドの上から見送る事しか出来なかったようだ。
そこでプラネタリウムの再生が終わる。
プラネタリウム球儀の隅にある画面を見て、私はもらった髪留めがちゃんと星屑のお代になる事を知った。
渡された品物には、ちゃんと夢を叶えるだけの価値のある思いが宿っているようだった。
「あのね……」
私はその事を目の前にいる少女みーちゃんに告げようとするのだが、
「やぁ、久しぶりだね! 今日も君はとても美しい、まるで芸術さ!」
その前に、お店に変なお客様がやってきた。
金色の髪に赤い瞳。
整った顔つきは誰もが見とれる様なもので、身に纏っている服装は控えめながらも上品なものだった。
二十代前半の若者で、最近よくこの店に入り浸って来るお客さんだった。
ミィ太がそのお客様の顔をみて、げんなりとした声を出す。
「げ、兄ちゃんが来た……」
……ミィ太、お客様にそういう事言っちゃだめだよ。
「そうだけどさぁ」
唐突に現れた新たなお客様アルフォンスさんは、なおも表情を変えないミィ太や、店内にいる少女に目もくれずに、私の前までやってきた。
そして、どこからともなく一輪の薔薇を出して、こちらに差し出した。
「貴方は、この可憐な花だ。この胸に沸き立つ情熱の感情を、この花と共に君に捧げよう」
「はぁ、ありがとうございます」
言っていることはよく分からなかったが、一輪だけならば特に高価な物でもないだろうと思い、ありがたく受け取っておく事にした。
……ミィ太花瓶にお願いね。
「はいはい」
この店のもう一人の従業員に渡して向き直ると、少女が頬を膨らませてアルフォンスさんを睨んでいた。
「あたし、このお姉さんと、喋って、ました!」
むうっ、と肩を怒らせて高い身長にある男性の顔を睨みつけ、その脛を蹴っている。けれど、その相手であるアルフォンスさんは、先ほどと変わらずにこちらに話しかけ続ける。
「ああ、今日も女神のようだ、神々しい。貴方はなぜそんなにも神秘的かつ魅惑的であり……それでいて清楚で情熱的で」
陶酔したような表情で虚空を見つめながら語り続ける二人目のお客様だが、そのままにしておくわけにもいかないので、私は話の腰を折らせてもらった。
「あの、アルフォンスさん。今は営業中なので!」
「おっと、これはすまない」
そう述べれば、アルフォンスさんははっとした様子でこちらに謝ってくれる。
「仕事で近くを通ったものだから、つい顔を見にね。また、何か良い品があったらよろしくお願いするよ。では」
「あ、はい。今後ともよろしくお願いします」
そして、事の次第を説明した後は、周れ右して店を去っていこうとした。
「あの兄ちゃん、わざわざ姉ちゃんの顔を見る為だけに今日も店に来たんだな」
花を飾り終えたらしいミィ太が戻って来て、私の隣でそんな事を呟いた。
……友達思いの人だね。
「そうかなぁ? でもそれなら、仕事の邪魔はするなって言いたいとこだけど」
……あはは、それはそうかも。
アルフォンスさんは最後に出入り口の前で名残惜し気にこちらに視線を向けて、ウィンクして微笑んだ後に店を出ていった。
だけど、ミィ太の感想は辛辣だ。
「邪魔したって意識があるなら、お客さんにも謝ってほしいよ」
……あれ?
ため息交じりに発せられたそんな言葉を聞いて、私は思った疑問を言おうとしたのだが、その前にお客様が話しかけてきた。
「ねー、お店のお姉さん。あたし、ほんとに星屑もらって良い?」
放置される形となった女の子がそんな風に聞いてきたので、私はすぐに接客へと意識を引き戻した。
「うん、大丈夫だよ、ちゃんと星屑の代金分は貴方の髪留めでもらったから、今からそれは貴方の物だからね」
「ほんとっ? ありがとうございます」
「ううん、こちらこそお買い上げありがとうございます」
嬉しそうにする少女は、笑みを顔に浮かべながらもらった星屑を大事に大事にしまい込んだ。
「じゃあ、お姉さん、いろいろお世話になりました。あたし、頑張ってお姉ちゃんと仲直りしてみせる!」
「うん、うまくいくと良いね」
「えへへ……」
拳を握りしめて宣言した少女ははにかみながら笑って、店の出入り口まで行って扉を開いた。
そのまま扉の外にでて、閉める前に一度お辞儀をする。
元気よく手をふって「ばいばい」と挨拶されたのを見て、私も振り返した。
そして扉がしまって、小さな足音が遠ざかっていくのを聞き届けてから、私は一つの仕事を終わらせたことを改めて確認した。
「ふぅ」
「……お疲れ様ねーちゃん」
……うん、ミィ太もお疲れ様。
緊張から解き放たれたせいか、少しだけ力が抜けてしまった。
「休憩時間になったら、林檎切るね。がんばったミィ太にはご褒美、ミルクも出すよ」
「やった」
お店の仕事はもう、何度もやっているのだ。
けれど、どんなにやっても緊張してしまう。
ミィ太の方は、お客様に追いかけられたせいで疲れたのか、カウンターの上で丸くなってしまった。
眠たげな様子で瞼をおろすミィ太だが、疑問に思った事があったらしくふと首を巡らせてこちらに尋ねて来た。
「それにしても子供が一人で店にくるのは珍しかったよな」
……うん、そうだね。最近はなかったもんね。
「家の人とか心配してないといいけどな。ほら、この店ってちょっと特別な場所に立ってるし」
ミィ太は言いずらそうにしながらも、そんな風に言葉を濁した。
そう、このお店ノア・プラネットは少しばかり奥まった路地の奥にある場所に立っている。
だから、始めてくる人は不安を覚える事が多いようなのだ。
表通りに店を出す理由もないので、路地裏でひっそりと営業しているが、治安の面では若干の不安があったのだ。
……でも、あの子なら大丈夫だよ。
だが、それにしてもあの少女ならばそんな問題が起こったとしても、関係などないのだろう。
「そうかなぁ。確かに結構足は速かったし、すばしっこかったけど」
……そうじゃなくて。
私が思っているのとは違う納得の仕方をしているミィ太を見て、私はやはり「あの事」に気づいていなかったのだと確信した。
……亡くなられてるみたいだったから。
「えっ?」
体がないから、どんなに危ない目に遭っても平気だと私はそういう意味で先程の言葉を言ったのだ。
こちらの言葉を聞いたミィ太は、信じられないとでもいわんばかりの顔で見つめて来た。
「死んでた?」
……うん。
「えーっ! あ、だから兄ちゃんあんな風に……。普段だったらもうちょっとお客がいる時は大人しかったのに、変だなって思ってたんだよなぁ」
アルフォンスさんの行動をよく見ていれば、彼が自分勝手な人間ではない事はよく分かるはずだ。
そんな彼が、店の中にいるお客さんにまったく反応せず、私にだけに話しかけていたと言うのは、つまりそういう事だった。
「姉ちゃんも俺も、そういうの見えるもんなぁ」
普通の人間ではない、ノアの一族の末裔である私なら、亡くなった人の事も見える。
ミィ太も同じくだ。
だから会話もできたし、普通に営業もできたのだった。
「幽霊相手に商売とか……、マニアックすぎる体験しちゃったよ」
……幽霊さんだってお客さんである事には代わらないよ。
「そうだけど……」
先程の出来事のどこが引っ掛かるのか分からないが、ミィ太にとっては簡単に消化できるような事ではなかったらしい。
私はしばらくそっとしておいてあげる事にした。
カウンターにふせるミィ太を目にしながら、私は空いた時間で店内のお掃除。
ショーケースのガラスなども触っていたかもしれないので、次のお客様の為に、指紋や汚れがついてないか目立つところだけでもチェックしておかなければならない。
掃除道具を取りに行く為に店の奥へと向かおうとすると、ミィ太が声をかけてきた。
「なあ、姉ちゃん」
……なあに?
「なんで病気を治す事にしなかったのかな」
……それは私達には分からないよ。
他人でしかない私達には推測は出来ても、真実は分からない。
あの少女の姉が本当に病気を乗り越えられると思っていたからか、それとも病気を治す事よりも仲直りする事の方が大切な事だと思ったからなのか。またはどちらでもなく、全く違う理由なのか。
それらの事は、ほんの少しの時間を関わっただけの私達では、どうやっても分かる事ができないものだった。
私達は、売り出した星屑がどんな風に使われるのかをこの目で確かめる事は出来ないからだ。
それでも――。
「願い叶うかな」
……きっとね。
私達はこの世界で誰かの大切な願いが叶えられていると信じて、今日も働き続けるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます