【女性向け】優しそうに見える彼。でも、わたしは。

とろにか

短編


ーーーその人が行為に及ぶ時は、いつもそうだった。


自信無さげな顔。男にしては睫毛が長く、顎のラインが細い。すぐに顔に肉がついてしまう私が嫉妬してしまうくらいに、綺麗な顔を覗かせてくる。パーマのかかった黒髪から、時折合う瞳に、私は息を呑む。


耳にキスをされる。私が声を出すことを期待して、わざと耳たぶを口に含んで、舌を動かしてくる。


「ねぇ、ピアス穴からバイ菌入るから、あんまり耳は止めてね?」


そう私が忠告しても、彼は止まってくれない。焦っている様子でもない。唾液をしっかり含んで忠実に耳の外側を攻めてくる。


可愛い声でも出せば許してくれるのだろうか?生憎、今日は無言を貫くことにしている。降参するにはまだ早い。わたしはまだ何かされているわけじゃない。そう自分に言い聞かせた。


「彼女に、振られたの?」


わかりやすくぶるっと口が震えた。へぇー、だから寂しくてこっちに来たんだ、と私は納得する。言いたいなら、悲しいって言えばいいのに。寂しいから相手してって言えばいいのに。


言わないから、こんな犬の愛着表現みたいな行為だけで終わるのだ。私を選ばないというのは、そういうことだ。今からでも選んでくれれば、応えてもいいのに。


感情を伴わなければ、それ以上の行為に及ぶことはない。いつものことだからわかってはいるのだが、どうしても調子が狂う。


彼は手を使わない。私に触ることも無ければ、歯を立てるようなこともしない。

これを優しいと言うかどうかはわからない。私を決して傷つけてくれないやつのことなんか、知らない。


息遣いだけが、荒く聞こえてくる。興奮しているわけではなく、泣く一歩手前、というところだろうか。


でも、私には彼を抱きしめてあげる理由は無いし、また違う彼女を探してどこかへ行くのだろう。私はただの一本の止まり木に過ぎない。


今日の耳攻めは随分と長い。まるで、こちらから彼に何かするのを期待しているかのようだった。だけど、わたしは彼にとってお人形らしい。これで大事にしてくれているつもりらしい。少なくとも、数ヶ月で別れる他の彼女達よりは。


それがわかってて、私も彼に提案することができない。男は自分のモノにした瞬間に相手に飽きる。彼もそういう人だ。わかっていて、地雷は踏まない。決して私から求めて彼の思う壺にはならない。


ただ、私も疲れてくる。相手に好意を示さずに今の状況に耐えるのが厳しい。いや、好意なんてとっくにわかってるとは思うんだけど。


それを言葉にするかしないかで、違うから。ゲームをしてるわけでも、何でもない。彼の奇妙な愛情表現には慣れたのだが、先の見えない戦いは、こちらの精神を削る。


だから、表面だけ優しく見えても、私は全然安心できない。


耳舐めが内側に、舌が鼓膜まで届くか、というくらいに動いてくる。私は声を我慢するために口を堅く閉じた。


ほんとは早く言って欲しい癖に。彼は私からの白旗を待っている。


でも、私はーーー


「ほら、もういいでしょう?さっさと別な女のとこに行きなさい?」


そこで初めて行為が中断された。パーマで隠れた瞳がまた私を見てくる。


その瞳に見つめられると、思わず笑いかけたくなる。緊張が緩んでしまう。中途半端な視線逸らしの後、彼は言った。


「別れてきた。全ての女と。おまえと、付き合うために」


ん?振られたの間違いでは無いかな?タイミング良く、全ての女が彼の周りからいない状態らしい。


付き合うなら今だって、言いたいの?冗談じゃない。わたしはそんなあやふやな、こちらからわざわざ考えてあげないと結論に辿り着けないような、そんな状態を求めてはいない。


あなたがどうしたいか、でしょう?


「だから、寂しそうなのね。今日でお人形は卒業かしら?」


「いや、ただ寂しいだけだ。そんな気がする」


ほら、また理由をつけて、手を出してはくれない。なぜ、他の人とはすぐしてしまうのに、わたしにはしないの?


「君は、待っているのか?俺のこと」


「さぁ?でもそろそろ、と付き合おうと思ってるの」


彼が黙る。少し驚いている様子だった。


「俺も、そんな風に考えてた」


あらら、丁度潮時かもね。


彼の手が伸びてくる。もう二年も触られていないから、手が大きく、怖く感じる。


頬に触れられた。彼の瞳が、わたしを捉えている。もう、逃げられない。


でも、わたしは言った。


「結婚はして、くれないんでしょう?」


「俺は、だ。君の幸せを奪うつもりはない」


「ダメよ。ちゃんと奪ってね。あなたを幸せにするから」


彼の瞳から一筋の光が見えた。それで十分だった。


重なり合う体。とっても熱い。


子供はできない。でも、わたしは、幸せだ。




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