破壊された常識の破片が眼球を傷つけひん曲がった世界が醜く歪み粉砕された砂時計が宙を舞うと足元から全てが崩れた。

きゃのんたむ

第1話。折れ曲がって朽ち果てた螺旋階段を下りる子豚は歳を取ったコオロギと水牛のソテーを喰らう。

 轢死体というものを、僕は初めて見た。

 もちろん、かわいいはずの幼なじみの顔が、こんなにも激痛に歪み、血へどを吐き出しながら死んでいるのも、初めて見た。このときが初めてだった。

 彼女が楽しげなステップで僕を追い越した瞬間、車が飛び出した。

 もちろんそれに気づいたのは、彼女が汚い声で、短い音で、発した、断末魔の後になるのだが。

 とにかく、汚かった。人間の喉からこんな音が出るのかと疑うほどに、彼女の最後の言葉は、汚かった。

 そのまま全身がぐしゃぐしゃになって、動かなくなって。死んでいた。

 僕の幼なじみは、死んでいた。

*

 死体は見れなかった。

 親族はわからないが、所詮は幼なじみの僕には、見せてくれなかった。

 あの顔が――あの苦痛に歪んだ顔が、僕の瞼に張り付いていて。

 傷だらけで良いから、せめて、眠っている顔を、最後に見たかったけれど。

 それも……叶わないことだ。

 お通夜に行く気はなくて、僕は歩いていた。

 ひたすら、彼女と歩いた道を、たどっていた。

 一心不乱にゆっくりと。なぞっていた。

 いつか忘れるのだろうか。彼女のことを。この日のことを。

 彼女のことが好きだったという気持ちも。

 忘れるのだろうか。

 都会の夜空に星はなくて。車の音は止まらない。

 昔、雨宿りをしていた高架線の下。柱を支えるコンクリートの塊に、座る。

 眠くなかった。もう遅い時間だというのに。

 母親も父親も、気を使ってくれているのか、連絡をよこさない。

 いわゆる『一人になりたい』という状況が、僕に訪れるとは思わなかった。

 こんな気持ちに、なることがあるのか。

 誰かがいると、それだけで発狂してしまいそうな、最悪な気分。

 でもそんな僕の心境を汲むこともなく、その男は現れた。

 サルエルパンツにジージャン、目の位置に穴を開けた紙袋を被った人間。身長からして、男だろうか。

「手を貸そうか?」

 男は、そんなことを言った。

「悲しそうだよ、きみ」

「誰ですか」

「それは教えられない。大丈夫。きみが言うまでここから動かないさ。そんなに怯えないでよ」

 その男は両手を降参のポーズにして上げる。

「手を貸すって……なんのことですか」

「悲しそうだからさ。なにがあったかはわからないけれど、悲しみの原因を、もしかしたら消せるかもしれない」

「……宗教ですか。帰ってください」

「いまのきみなら、過去を変えられると聞けば、宗教でも飛びつきそうな気がするけれど?」

 過去を、変えられる……?

「きみの悲しみが過去に関係ないなら、僕は退散するけどね」

「どういうことですか、過去を変えられるって」

「ほら食いついた。タイムマシンは過去に行くけど、タイムリープは過去に戻る。僕は後者の能力なら、きみに与えることができるよ」

「ふざけないでくださいよ」

「試してみないか? 僕が怖いなら人混みに行ってからでもいい。なんなら警察署の前でもいいよ。ただ握手をするだけで、きみはその能力を手に入れる。いや、まあ、正直言ってこの能力を使うことで、この世に何が起きるかはわからない。だからこう思ってくれ。きみは過去を変えたい。僕は実験を行いたい。これで利害の一致さ。どうだい?」


 このときもしも断っていれば。

 あるいはあんなことにはならなかったかもしれない。

 時間逆行系の映画の大半のエンディングがハッピーとはいかなくとも、後味の良い結末だから。

 少なくとも、僕のように、崩壊することはない。そんなタイムスリップもののストーリーを、僕は知らなかった。

 だから受け入れてしまったのかもしれない。

 まさか僕の行為が、この世にあり得てはならないことに発展するなんて。

 考えられるか? 今まで僕が見てきた映画が、どれだけご都合主義にまみれていたのか。

 そんなの、僕は知らなかった。

 知らなかったんだ。

 ただ、彼女を、幼なじみを……あいつを、助けたかっただけなんだ。

 なにかに、すがりたかっただけなんだ……

「タイムリープ……試しにやらせてください」

 最初に言っておこう。

 この物語は、滅茶苦茶だ。

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