4-6
「よう、遅かったな」
宿に着くと、バルドイはベッドに寝転んだまま僕たちを迎えた。彼の方はとっくに用事を終えて、ずっと部屋でダラダラと過ごしていたらしい。
「今日は色々あったんだよ」
僕は今日あったことを掻い摘んで彼に話した。
「そうか。ロベルトの奴も元気にやってるんだな」
「ちょっと元気すぎるくらいね」
バルドイもロベルトとはずいぶん長く会っていないようで、しきりに彼の様子を尋ねてきた。あんまり彼のことを気にしているので、時間があれば明日帰り際に三人で会いに行こうということになった。
「……なあ、一つだけ聞いていいか?」
一通り今日のことを話し終えると、彼は急に真面目な顔をしてそんな質問を投げかけてきた。普段のおちゃらけた雰囲気は一切消え、どこか鬼気迫るようにすら感じる。
「どうしたのさ。そんな怖い顔をして」
「いや……」
今度は気まずそうに顔を背け、僕の方から目を逸らす。
「少し、昔のことを思い出したんだ。あそこにいたときのことを」
まるで自らの罪を独白するような口ぶりで語る。あるいは彼にとって、それはずっと抱えてきた罪だったのかもしれない。
「ユリル。お前は云壜屋になったことを後悔してはいないか?」
彼の声はひどく苦しげで、絞り出すような必死さがあった。
「俺はお前を助けたようでいて、単に選択肢を奪っただけなのかもしれない。他の可能性を排除して、云壜屋として生きるように仕向けた。お前はそれを受け入れざるを得なかっただけで、本当なら他の道もあって、その中から自分で選び取るべきだったんじゃないかって思うんだよ」
確かに僕はほとんど自分で考えることもないままあの『箱庭』に入って、云壜屋になるよう育てられた。最後に云壜屋になる決心をしたのは自分だけれど、それだって他の道がもう残っていなかったからだった。
たまに外で走り回る子どもを見ると、もしあんな風に生きていたなら、と考えることもある。普通の家に生まれて、普通に学校へ行って、普通に友達と遊んで、普通に大人になっていく。そんな生き方があったなら、と。
でもそうやってないものねだりをするのは、誰だって同じじゃないだろうか。どんなに今の自分に満足していたって、隣の芝生が青く見えることはある。見慣れてしまった景色に飽きてしまうことだってある。
だから大切なのは、そういうことを感じたときに、自分のいる場所をもう一度振り返ってみること。その場所に価値を問うてみることだ。
「僕はね、バルドイ。この仕事が好きだ」
この道が正しかったのかはわからない。あのときバルドイに拾われていなかったら、僕はその場でのたれ死んでいたかもしれないし、別の人に拾われて全く別の道を進んでいたかもしれない。僕が言えることは、今がどうかということだけだ。
「だから後悔なんてしてないし、君には感謝してる」
これは嘘偽りない僕の気持ちだった。今までは気恥ずかしくて面と向かって言ったことはなかったけれど、彼には本当に言葉にしきれないほどの感謝でいっぱいだった。
「……そうか」
彼はそれ以上何も言わず、僕に背を向けて寝転んでしまった。微かに鼻をすするような音が聞こえる。何だか僕も目頭が熱くなるのを感じた。
何か言葉をかけるのは野暮だと思って、僕ももう眠ってしまおうと目を瞑る。その日はとても幸せな夢を見た気がするけれど、起きたときにはもうすっかり忘れてしまっていた。
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