短編 ナゾトキ女と消失した花


「唯乃さん! 見てくださいこれを!」

 未十士早來がちんちくりんな身体を目一杯動かして楽しそうに一枚の写真を見せてきた。

 未十士早來。

 高校生になってからもう半年ほど経つというのに「中学一年生です」と言っても全然通用する身長。肩にかからないくらいの綺麗な黒髪ミディアムヘア。端正な顔立ち。華奢な身体。誰が見ても『可愛い』と判断するであろう容姿を持ちながら、それでいて多種多様な才能を有しており、人々から『史上最強のアマチュア』と呼ばれ畏怖されているこの少女の要求を――

「ちょっと今手が離せないから無理だ」

 僕は一蹴した。

「あれ即答!?」

 未十士は驚いたように僕を二度見する。

「手が離せないとはどういうことですか? 私よりも大事な案件があるとでも?」

「当たり前だろう。てかなんでお前の案件が最上位に位置すると疑ってないんだよ」

 僕はPCの画面を注視したまま、未十士を適当にあしらう。お前の案件なんか後回しだ後回し。それよりも重要な事柄が今目の前にある。

 Web投稿用の原稿執筆だ。

 作家デビューを目論む僕、唯乃壱時は現在、あらゆる方法で作家になる道を模索している。そのうちの一つが、Web小説投稿サイトの定期更新。毎日というわけではないが、あまり日を置かずに投稿するよう心がけている。せっかく掴んだ読者を離れさせないため、そして自身の文章能力を向上させるために、だ。

「いやいや。私より大事なことがあるなんて、そんなこと世界にあるわけ……ああ」

 未十士が笑いながら僕の目の前にあるPCの画面を覗き込み、そして全てを納得したように小さく息を吐いた。

 それもそのはず、僕のPCの画面に映っている原稿様式は――綺麗に真っ白だったのである。

 そう、ネタが思い浮かばないのだ。

 定期更新を課していると、たまにこういう事態が起こる。絶えず小説を書いていると、所謂インプットが間に合わない。

 はあ、と僕はため息を吐きながら未十士に言う。

「お前も見てわかっただろう。僕は今こういう現状なんだ。お前の趣味に付き合っている暇は、残念ながらないんだよ」

 好奇心の塊である未十士早來は、それ故に非常に多趣味である。その上才能の塊でもあるからタチが悪い。どんな趣味もそれなりにこなしてしまうのだ。

 そんな彼女が今ハマっている趣味――『謎解き』。僕はこの趣味に何故か毎度付き合わされるせいで、ネタの供給が追いついていないのだった。

「まあまあそう言わずに。ちゃんと見ましたか? この写真を」

 未十士はひらひらと持ってきた写真を揺らす。

「見ればきっと、唯乃さんもこの謎に興味が湧くはずですよ。……こちらです!」

 もったいぶって未十士が僕の目に入れてきたのは――


 今日の夕方頃に、我が校の玄関前の花壇に咲いている花が一輪残らず、全て消えることを示す写真だった。




 この世には、理を超えた道具――通称『超理具』なるものが存在する。

 何を言っているんだと思われるかも知れないが、本当のことなのだから仕方がない。そういうものなのだ、と理解していただきたい。

 今回、未十士がこの消えた花の写真を手に入れたのも、彼女が持つ超理具――未来を写すカメラ、『運命カメラ』のお陰だ。

「唯乃さんも知ってのとおり、この運命カメラは撮影日から三日以内に撮影場所で起こる『運命の確定点』を写し出します」

 未十士は得意げに説明しながら、

「つまり! 玄関前の花壇に咲いている花は全て、今日の夕方までの間に消失しているということです!」

 ずびし! と僕のことを指差しながら、未十士は自信満々にそう宣言した。

「人を指で差すな」

「これは失敬」

「しかし、なあ。玄関前の花壇の花が全てって、そんなことあるのか? 確か園芸部の管理だったよな」

「そうですそうです」

「きちんと手入れされて、どれも綺麗に咲いていたよな……入学当初、感心したもんだ」

 学校に歓迎されているように感じて、ワクワクが止まらなかったっけか。

「でしょうでしょう! なにを隠そう、当時中学生の私がお力添えをしてますからね! お花初心者だった園芸部顧問に頼まれて、生徒の皆さんに綺麗なお花の育て方をレクチャーしたものです」

「しみじみと語るな。そして僕の感心を、あの時の感動を返せ」

 どこにでも出没してくるんじゃあない。

 在学生に歓迎されていると思って感動した僕のあの時の気持ちを返せ。当時で言ったら全くの無関係者じゃねえか、お前。

「昔、園芸を趣味にしていたことがありますから。草花に関する知識は大体頭の中に入ってます」

 自慢げにそう語り胸を張る未十士。こいつは逆に一体なんなら知らないのだろう。

 僕は写真に目を戻す。

 何度見ても、そこに映っているのは茶色い土ばかりであり、緑も赤も青も、花を構成する色は全く写っていない。わざわざ移動させるということは、なにか意図はありそうではあるけれど……。

「この写真を撮ったのはいつなんだ?」

『今朝ダ。未十士が登校するときに撮影しタ』

 僕の質問に、運命カメラが機械的な音質でそう答えた。

 未十士の持つ超理具――この運命カメラ、喋るのである。出会った当初はなんだこいつととても驚いたものだが、最近はさすがに慣れてきたのか、カメラが喋ることに違和を感じなくなった。それが良いことなのか悪いことなのかはわからないが。

「知っていますか? 最近玄関前で野良猫ちゃんがうろうろしているらしいんですよ。美少女動物愛好家の私としては、一度はその姿を確認したいところなのですが、どうもまだ遭遇できていなくて」

「……おい、もしかして未来の写真に猫が写ることを期待して写真を撮ったのか?」

「……まさかまさか。そんなわけないでしょう! 謎を追いたいというただその一心で写真を撮っていますよ私は。ええ、そうですとも!」

 白々しいにも程があった。目の泳ぎ方が半端じゃない。

「超理具の謎を解き明かしたいんじゃあなかったのか?」

「勿論ですよ。ただ私は超理具の謎と猫ちゃん、そのどちらともを追っているというだけのことです」

 別にどちらか一方しか追ってはいけないというわけでもないでしょう、と未十士は言う。……まあ、そのとおりではある。元々未十士は好奇心が旺盛だ。一つを追い続けるのではなく、多方を見渡しながら進む。だからこそ、多趣味で何事にも精通している。

 超理具の謎と野良猫。横に並べるには、規模は全然違うけれども。

「ちなみに、先程ここに来る前ちらっと花壇を確認してきたのですが、まだ普通に咲いていましたね。怪しい人もいませんでした。……まあ、本当にちらっとでしたが。私も多忙な身ですからね、ここに来る前に色々と用事を済ませてきていたので」

「多忙なやつが高頻度で放課後ここに来るかよ。毎日のように写真を見せに来ているじゃあないか」

「今の私の人生において、この『謎解き』という趣味以上に優先すべきものはないですからね。むしろ、放課後この趣味に時間を費やすために、色々な用事を済ませてきたと言っても過言ではありません」

「そこまでかけるものか……?」

 僕が顔を引きつらせながら未十士の発言を聞いていると、

『まあ、あまりそう言ってやるナ。今日の謎が気になりすぎて、コンクールの助っ人として参加予定だった合唱部の練習だったり、大会の助っ人として参加予定だった女子ソフトボール部の練習だったり、家庭科部の臨時講師に関する打ち合わせだったり。そういった諸々を全て断ってきているんだかラ』

「いや、一日の放課後でどれだけの用事を抱えているんだよ」

 到底放課後の数時間じゃ終わらない内容だったぞ今の!

 ……未十士らしいと言えば、未十士らしいが。自分の力を必要としている他人よりも、自分を優先する。

「というわけで唯乃さん。これから私達と一緒に、この花壇まで行ってみましょう! 現場検証というやつです!」

「おい待て。なんで僕が既に行くことに了承したみたいな形になっているんだ」

「あれ? 今そういう話の流れになっていませんでした? 『未十士が大事な約束全てにわざわざ断りを入れて、僕と一緒に謎を解くことを優先してくれたのか……。これは僕も行かざるを得ない。こんな美少女が、他の用事よりも僕と謎を解くことを優先してくれたのだから』みたいな空気になってませんでした?」

「一ミリもなってない。というか、なんだその不愉快な一人称モノローグは。なんで僕が謎解きを未十士に頼み込んだみたいな感じになっているんだよ。全てお前の独断による行動じゃあないか」

 僕の冷たい返答にぶーぶーと駄々をこねる未十士。癇癪を起こすな癇癪を。

 そんな塩対応の僕に対し、

『今回の謎がお前の書く小説のネタに繋がりそうな気がするけどナ……』

 ぼそり、と。

 カメラがそんなことを呟いた。

 呟いてきた。

「というと?」

『ほら、考えてみろよ未十士。あいつは小説のネタの為に普通の人は味わえないような『特別な経験』ってのをとても大事にしていル』

 カメラの言葉に未十士が首肯し、

「ああ、確かに。いつも言ってますよね唯乃さん。『特別な経験が、作品の幅を広げ、面白さの質を高める』とかなんとか」

『そうダ。今回の謎だって、きちんと向き合えば他の人があまり経験することのない『特別な経験』になりそうなものなんだがナ。こういった日常的な謎っていうのは、普通の人間は割とスルーしがちなことだかラ』

「でも唯乃さんは、参加する気が無いようです……」

『そう残念がるな未十士。仕方が無い、あいつは結局口だけの人間だったと、それだけのことダ。せっかくの特別な経験で、しかも小説のネタにもなりそうなこの機会を逃すなんて、ボクがあいつの立場だったら考えもしないんだがナ……』

 おい、やめろ。

 ちらちらとこっちを見るな未十士。

 性格の悪さが隠し切れていないぞ運命カメラ。

 くそ、そんなこと言われたって、僕は――!



「こちらが例の花壇となります!」

 未十士に連れられて、僕は玄関前の花壇にやってきていた。

 ……皆まで言うな。仕方が無いだろう、ネタが思い浮かばないんだから。あそこでうだうだ一人で悩んでいるよりかは、こっちについてって気分をリフレッシュさせた方が良いネタが湧いてくるかもしれないじゃあないか。

「……もう花は移動済みみたいだな」

 花壇には、一輪も花は存在していなかった。いつもよりも大分殺風景だ。

「どうやら遅かったみたいですね。色々と捕まっている間に運命が確定してしまったようです」

「主にお前のせいでな」

 時間が差し迫っていたのもあって、僕と未十士は急いで現場に向かっていたのだが――少し歩く度に未十士が誰かに捕まってしまい、大幅に時間を食われてしまった。

 先生生徒売店や掃除のおばちゃん――老若男女誰もが未十士に話しかけていた。どうやら、多忙というのはあながち間違いでもないらしい。

「しかし、ものがないならどうしようもないな」

『どうすル? このまま収穫無しで終わらせるカ?』

 カメラの言葉に未十士は、

「いえ、そんなことするはずないでしょう! むしろ犯行現場を目撃しなくて良かったですよ。お陰で『謎解き』をより楽しめるのですから!」

 と即座に力強く否定した。うん、まあお前の気持ちはわからないでもないけれど。

「だからってどうするんだ? これ以上ここでやることなんてないだろう」

「いえいえ、ありますとも。ちょっと待っていてください」

 そういうと未十士はどこかに向かって走って行き、ものの数分で帰ってきた。

 スコップを持って。

「ちょっと掘り起こしてみましょう!」

 意気揚々と未十士はスコップを掲げながら言う。

「なんでまた、そんな面倒くさいことを」

「もしかしたら何者かが花を移動させてなにかをここに埋めたのかもしれません」

「なにかってなんだよ」

「埋蔵金とか、秘密の書類とか。我が校の不正に関するなんらかの機密情報かもしれませんよ!?」

「一人で盛り上がるな。あとうちの学校がなんらかの不正をしている前提で話すな」

 他二つの場合も嫌だけれど。玄関前に埋蔵金が埋められるって、どんな学校だよ。

「いいじゃあないですか。そっちの方が夢があるんですから」

 未十士は腕まくりをし、穴掘りの準備を整える。

「では、今から掘り始めますので、三分経ったら唯乃さんの懐旧時計で時を戻してください」

「ああ、まあいいけど。戻す必要あるか? 埋め戻せば良いだろう」

「深くまで掘り進めるつもりですので。埋め戻すの面倒くさいし、時間もかかるじゃあないですか。時を戻せば穴を掘ったことも無かったことになるので、そういうこと考えなくて良いでしょう」

『効率重視ってやつだナ』

 未十士の言葉にカメラが納得する。まあ、僕も別にその考えを否定しないし、別に良いけれど……まさかこんなことのために懐旧時計を使うことになるとはな。手に入れた時には想像もしていなかった。

 話の流れからわかるとおり、僕も超理具を所有している。

 三分だけ時間を巻き戻す懐中時計――その名も『懐旧時計』(未十士命名)。 ボタンを押して懐中時計の蓋が開くと同時に時間が三分巻き戻り、その後三分掛けてじっくりと蓋が閉まる。そして、三分後から再度使用可能となる、という効果を持つ超理具だ。

 その仕様上連続使用ができなかったり、三分以上前には時を戻せなかったりと、制約はいくつかあるものの、使い勝手のいい超理具ではあるだろう。

 その使い勝手の良さを買われて、僕は毎回未十士の趣味に付き合わされているわけだが。

「もし仮になにかが埋められていたら、僕はどうしたらいい。それでも時を戻した方がいいか?」

「いえ、その時は戻さなくて大丈夫です。その埋められていたものを丁重に発掘したのちに、土だけ埋め戻しましょう」

「わかった」

 僕が頷くと、未十士はぐるぐると肩を回して、再度念入りに準備運動を行って、

「よーし、じゃあ掘って掘って掘りまくりますよー!」



「よーし、じゃあ掘って掘って掘りまくりますよー!」

「未十士ストップ」

 僕はやる気満々になっている未十士にそう告げた。

「…………」

「やめろ、悲しそうな顔をするな。僕が悪者みたいじゃあないか」

「でも、止めるってことはそういうことじゃあないですか!」

「ああ、そういうことだよ。残念だったな」

 僕のその言葉を聞いて、未十士はその場にがくりと崩れ落ちる。

「埋蔵金……機密文書……学校の不祥事……!」

「どれも無かったよ。掘っても掘っても土だった」

 それはそれはもう土しか無かった。

 やる気満々だった未十士は、勢いを止めることなくずっと深くまで穴を掘ってはいたが……結果は一切伴ってはこなかった。

 土の山ができただけだった。

「さて、どうする? ここにはなにもないことが証明されたけれど」

「……本当ですか!? 唯乃さんが面倒くさがって嘘をついたりしているんじゃあないですか!?」

「おい、僕に八つ当たりするな。そしてこんなことでいちいち嘘なんか吐くはずないだろう。むしろもしなにか埋まっていたら滅茶苦茶興味を示していたわ」

 そんな『特別な経験』、無かったことにするはずないだろう。

「……それもそうですね。はあ……しかしということは、本当に何も無かったということですか」

 未十士は小さくため息を吐いた後、「ふうむ」と言って今後のことを考え始める。

「よし、では消えた花の行方を調べましょうか」

『消えた花の行方、カ。確かに、ここにないということは、逆を返せばどこかにある、ということになるカ』

「そうですそうです。そりゃあ花をその場で焼いたりしていたらもうこの場にはないでしょうが、そんな跡はどこにもありませんし。刈り取ったにせよ移動したにせよ、まだモノはどこかにあるはずです」

「それはいいが、アテはあるのか? むやみに学校の敷地内を歩き回ったりとかはさすがに遠慮するぞ」

 僕の言葉に、未十士はにやりと笑い、

「その点は大丈夫です。私つい最近、猫ちゃんを探すために学校内をくまなく歩いたんですよ。お陰で、最近の学校の状況は知っています」

「お前やっぱり暇だろ」

 しかも結構暇だろ。

『しかも見つからなかったからナ……。あんだけくまなく探し歩いたっていうのニ……』

「そうなんですよ! まさかこの私が猫ちゃんを見つけられないとは!」

 一生の不覚! と未十士は拳を握りしめながら言う。いやそんなにか?

 僕は別に動物が好きでも嫌いでもないからな……そこら辺の感覚はわからん。

「で、アテは?」

「ああ、そうでしたそうでした。アテと言いますか――まずは別の場所に移動したと仮定して、校内の花が植えられる箇所を回ってみようかと」

「グラウンド付近とかか」

「ですね。まあ、花が植えられる場所はどれも校舎の横なので、もっと簡単に言うと校舎周りをぐるっと一周しましょうって感じです」

 なるほど、それならあんまり時間はかからなさそうだな。

「わかった。あんまりぐだぐだしていると日も落ちてくるし、さっさと行こうぜ」

「唯乃さんは座って作業してばっかりでしょうし、良い運動にもなりそうですね」

 余計なお世話だ。



「唯乃さん! 見てください!」

 歩き始めて十数分。本当に良い運動になりそうなくらい歩いたところで、僕達はついに玄関前から移動させられた花々を発見した。

「……こんなところに花壇があるんだな。全く知らなかった」

 僕は辺りを見渡しながら言う。移動させられた花が植えられている花壇を発見したのは、部室棟――野球部やサッカー部が行き来する出入り口横の花壇だった。

 ちなみにここに来るまでにも花壇自体はいくつか発見したが、今は使われていなかったり、別の花が植えられていたりでお目当てのものはなかった。

「唯乃さん、いつも教室から部室へと校舎内移動していますしね。一階と二階が運動部の部室、三階と四階が文化部の部室となります。文芸部は四階ですよね」

「ああ。休みの日は家で作業をしているし、平日は未十士の言うとおり中で移動しているからな。わざわざこの入口から部室に行く理由がない」

 僕は未十士と違い学校を探検したこともないし、ここは本当に初めて見る場所だった。

「まあでも、聞こえる音は文芸部室にいるときと変わらないな。野球部のノック音に、サッカー部や陸上部のかけ声。吹奏楽部の音色、合唱部の歌声」

「まさしく『青春の音』というやつですね」

「上手いこと言ったみたいな顔をするな」

 言いたいことはわからんでもないが。僕もこの部が混じり合った音は結構好きだ。

『未十士もここ最近はその青春の音の一部と化していたナ』

「ですね。合唱部の練習に参加していたので」

「ああ、確かに聞こえてたな、お前の歌声」

「聞こえていたな……!? まさか唯乃さん、歌声だけで私だと判断できたんですか!? いやもう……そんなに私のことが好きならそう言ってくださいよぉ!」

「一人で盛り上がるな」

 一人で変な妄想をして一人で勝手に盛り上がるな。

 人生楽しそうだな、お前……。

「多分、僕以外の人間も歌声だけでお前だと判断していると思うぞ。それくらいわかりやすかったからな」

「まあ、美少女の歌声ですからね。当然といえば当然です」

「そこは絶対に関係ない」

 美少女と歌声がわかることに因果関係はない。

 一人だけ明らかにレベルが違ったからな。発声が特に良かったのだろう、声が通っていて自然と耳まで届いていた。綺麗な歌声、とはまさにあの歌声のことを指すのだろう。

 調子に乗らせたくないので本人の前では決して褒めないが。

「しかし、なんでまたこんなところまで花を移動させたんだ……?」

『しかもよく見ると玄関前以外の花も植えられているナ。元から植えられていたところに、わざわざ追加で持ってきて花を植えたりするカ?』

 カメラの疑問に、

「カメラさん。元から植えられているのは部活用の花ですよ」

 と未十士が答えた。

「部活用の花? 華道部とかか?」

「そうですね。後は家庭科部と茶道部が共同で生育しているお茶用の花――ローズマリーとかハーブとかですね。自分達で育てて飲んでいるほか、生徒会とか職員室とかにプレゼントもしているはずです」

「へえ……結構色んな部活が使用しているんだな」

『日当たりも良いしナ。そういうことをするにはうってつけなんだろウ。素人目だが、花はどれも綺麗に咲いているみたいだシ。生育状況がいいんだろウ』

「華道部にも最近お邪魔しましたが、その時使わせていただいたお花は確かに綺麗でしたね。私も美しくお花を生けられました」

 ただただ感心する僕とカメラ。

「さて。どうだ未十士。なんか思いついたか?」

 少しお待ちください、と言い未十士は目を閉じて数秒ほど考え込んだ後、

「――うん。お待たせしました。この謎が解けました」

 にやりと嬉しそうに笑ってそう言った。

『よし、じゃあ聞かせて欲しイ。なぜ花はわざわざこちらに移動させられたんダ?』

「根本的な原因は――『野良猫』でしょう」

「野良猫? お前がさっき言っていた、ここ最近玄関前によく出没しているっていうその野良猫か?」

「はい、私がまだ出会えていないその野良猫です」

 未十士は花壇に植えられた花の近くまで寄りながら、話を続ける。

「お花関係に疎いお二人はあまり知らないでしょうが、野良猫というのは花壇を荒らされる要因の一つとしてよく上げられるんですよ。メジャーなんです。お庭の花壇がトイレにされて糞尿被害に遭った、ということがよくあるんです」

 ああ、聞いたことはあるな。確かに言われるまで結び付かなかったが。

「そして、例に漏れず玄関前の花壇も野良猫の被害に遭ってしまった。園芸部の皆さんはその被害を防ぐために、ここまで花を移動させたんです。結構大変だったでしょうが、それをやる価値はあったから」

「環境が良いからか? さっきカメラが言っていたように、ここは生育状況がいいし。……でも」

「唯乃さんもお気づきのとおり。それは別に根本的な解決策ではない、ですよね。移動させる理由にはなっても、野良猫の被害を避ける理由にはならない」

 そうだ。ここに移動したとて、野良猫がこちらに来てしまっては意味がない。移動のさせ損、労力だけを無駄に使ってしまったことになる。

「歩いたときに見たように、校舎周りには花を植えられる箇所がいくつかあったじゃないですか。でも、園芸部員はわざわざここ――部室棟前に花を移動させたんです。それはなぜか」

 未十士は得意げに人差し指を回し、

「簡単です。ここには猫避け、猫被害を避けるためのものが存在していたからです」

「いやでも、そんなものどこにも――」

「あるじゃあないですか。すぐそこに」

 その人差し指で、そのままある一点を指差した。

 指の指し示した先に存在したのは――家庭科部と茶道部が共同で生育している花々。


「あそこで育てられているローズマリーやハーブ。猫はその香りを嫌がるんですよ」


「……なるほど」

 確かに、あれらが植えられているのはこの部室棟前だけだった。

「つまり偶然にもここには既に、猫被害対策が講じられていたのです。見ると、華道部の花も害を被っていないようですしね。それに、先程唯乃さんが仰ったように、生育条件も良い。移動させることに対して、メリットしかありません。だから、園芸部の皆さんはここに移動させたのでしょう」

 未十士の推理に、ただただ感心してしまう。

 筋が通っている。普通に納得できた。

「だから追い求めていた猫ちゃんも発見できなかったんでしょうね……異臭がするところにわざわざ近づこうとは思いませんし」

 がっくりと、項垂れながら未十士は言う。いや、そっちはどうでもいいが。

『言われてみたら確かにって感じだナ。しっくりきタ』

 カメラも僕と同じ感想を抱いたようで、感心した声色を未十士に向ける。

「私としてはむしろここに来た時点でこの結論に至らなかったのが恥ずかしいくらいですけどね」

「変に意識高いな……。ま、時間をかけてここまで来た甲斐はあったってことだな。僕的にも短編に落とし込むには丁度いいくらいの尺で感謝している」

「お、ネタになりそうですか、今回の謎は」

「ああ。助かった、ありがとうな」

 今回ばかりは心からお礼を言う。あのまま煮詰まっていたら今頃結構ヤバかっただろうし。

「それは良かったです。私は趣味を楽しみ、唯乃さんはネタを得る。これぞWIN―WINの関係というやつですね!」

 嬉しそうに笑って言う未十士。たまにネタを得られないまま時間を浪費して、勝者と敗者が決定的に作られたりもするんだけれど……まあ、今日はどっちも勝者だったわけだし、いらんところで水を差す必要も無いだろう。

 僕だって、今回に関しては割と本気で感謝してはいるのだし。

「よし、じゃあそろそろ帰るか。日も傾いてきたし、僕は今回のネタを早く書き起こしたいし」

「絶対後者の理由しかないですよね……。まあ、私も持ち合わせている謎はとりあえずないですし、猫ちゃんがどこかへ逃げていったのもわかりましたし。そうですね、帰りましょうか」

 言いながら、未十士は僕の方を見て、

「勿論、家まで送ってくれるんですよね?」

「一人で帰れ」

「紳士さのかけらもない返答!? なぜですか、唯乃さんが言ったんでしょう『日も傾いてきた』って! 暗い中にか弱い美少女一人とか、なにが起きるかわかりませんよ!?」

「どこにか弱い美少女がいるんだよ。今僕の目に映っているのは成人男性を左ストレートで一発KOした経験を持つ怪物女しかいないぞ」

 僕の発言に、未十士はごくり、と生唾を飲みながら言葉を続ける。

「美しい薔薇には棘があるとはまさにこのことですね……真に猫避けとして機能していたのは、もしかしたら私だったのかもしれません」

「なに上手いこと言ったみたいな顔してんだ。やめろその顔」

 ごくりじゃねえよ。棘なんて可愛いもんじゃあないだろ。釘とか、ヘタすりゃドリルまでいくよ。同じ突起でも殺傷能力桁違いだよ。

 猫なんか即死だよ即死。

 僕はふてくされる未十士をその場に残したまま、玄関前へと歩き出す。

「ほら、帰るぞ未十士。ネタをくれた礼に、コンビニでなんか奢ってやるから」

「……仕方がありませんね! 私はあんまんが良いです! 唯乃さんもなんか買って、半分こしましょう、半分こ!」

 モノに釣られて、未十士も尻尾を振りながら僕に着いてきた。ここで別れたとして、このままこいつが別の謎を発見して、間も置かずにまた謎解きに巻き込まれたりでもしたら堪らないからな。たかだか百円+税でそれが回避できるなら安いもんだ。

 そのまま僕達は他愛もないことを話ながら、校舎の外側を回って校門へと向かう。

 すると――校舎内、つまり一階の廊下から、とある話声が聞こえてきた。


「いやあ、綺麗に咲くといいな、花」

「せっかく玄関前の好立地から急いで移動したんだしな……でもあの噂、本当なのか?」

「なんだよ、疑ってんのか?」

「いや、『未十士早來の歌声を聴かせると、綺麗な花が育つ』なんて……さすがに突拍子がなさ過ぎるだろ。最近流行っている人体消失とおんなじくらいの胡散臭さだぞ」

「ばっかお前、植物は綺麗な音色を聴かせたら育ちが良いって言うだろう。実際そういう実験も行われていて、結果も出ている。その上あの『未十士早來』だぞ!? 結果が出ない理由がないだろ!」

「うーん……確かに華道部は『綺麗な花が生けられた』って言ってたし、家庭科部も『美味しい茶葉ができた』って言ってたな」

「だろ!? 未十士早來が合唱部に出入りしている今しかチャンスが無いんだ。受けられる恩恵は早めに受けておくべきだって!」

「そうだな。疑って悪かったよ」


 そう言って二人、笑い合う男子生徒と――話題の中心人物、未十士早來の、目が合った。


「…………」

「…………」

 気まずい沈黙が場を支配する。

 話から察するに、男子生徒は恐らくどちらとも園芸部員なのだろう。これはタイミングが悪い。まさか未十士がここにいるとは思ってはいまい。

 彼らからすれば――未十士は今、合唱練習の真っ最中なのだから。

 未十士の方を見る。こいつはこいつで、あんだけ自信満々に言っていた推理が間違っていたことからくる恥ずかしさ、そんな噂が出回っていることに対する驚きと嬉しさ、そしてこの場面に立ち会ってしまったというばつの悪さと、色々な感情が入り交じってよくわからない表情をしていた。

 さすがの未十士早來でも、この状況は堪えるらしい。

 ……仕方がない。ネタを貰った礼だ。未十士と、この名も知らない園芸部員の二人に対しての。

 僕は懐旧時計を取り出し――時を三分、巻き戻した。

 彼女達が出会う、その前へ。



「おい、未十士」

 僕は急に立ち止まり、会話の流れをぶった切る。唐突な僕の行動に、さすがの未十士も少し面食らったようで、

「は、はい? どうかしましたか? ……はっ! まさか、私の内なる可愛さを急に感じ取ったり……!?」

「それはない」

「完全なる否定!? もう、なんなんですか? 早くコンビニ行きましょうよ」

「いや、悪いがもう少しだけ待ってくれ。その――」

 とりあえず、このまままっすぐ進むと彼らと鉢合わせてしまう。つまり、今来た道を引き返せば良いわけだ。

「文芸部室に忘れ物をしたみたいでな。部室棟の玄関から入って取りに戻りたいんだが」

「はあ……」

 未十士は少しだけ僕の行動を訝しんだけれども、

「わかりました。では、早速部室に行きましょう!」

「悪いな、付き合わせてしまって」

「何を言っているんですか! あんまんのためなら、半分このためならえんやこらですよ! いやあ、一度やってみたかったんですよね!」

「ほう、良かったな。やってやるから、とりあえず部室に行こうぜ」

 未十士がなんかよくわからんことを言っているが、よく考えたらいつもよくわからんことを言っているので、いつものように適当に相づちを打って流す。

 僕に付いてきて、先程の気まずい空間を避けられるのならそれでいい。

 こうして僕は、良くも悪くも予想を超えた真実を、闇に葬ったのであった。

 まあ、たまにはこういう行動も悪くない――そう思いつつ未十士の話を聞き流しながら僕は部室棟入口に置いてあったスリッパを履く。

 上靴は正面玄関にしかないからな……。今後こっちを使うことも考えて、使い古した靴でも持ってくるかな。

 そんなことを考えつつ、未十士の止まることのないトークを軽く聴きながら部室へと続く階段を上っていると――上の方から話声が聞こえてきた。


「そうそう、こんな噂知ってる? 未十士さんの歌声を聴かせると、植物が綺麗な花を咲かすんだって!」


 僕はゆっくりと横を見る。そこには、無かったことにした未来と同じような表情を浮かべる未十士早來の姿。

 懐旧時計は……まだ閉まっていない。

 どうやら野良猫と違い――僕達はこの運命を避けられないらしかった。

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ナゾトキ女とモノカキ男。 辻室翔 @tsujimurosho

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