最強の最弱四天王 ―うっかり勇者を撃退したら、魔界から追放されました―

藍墨兄

000

 薄暗く冷たい謁見室に、魔界兵の声が響き渡る。


「魔界王麾下魔界四天王第四席、タモン様ご出廷ー!」

「……来たか」


 謁見室の一番奥の玉座に座る、魔界王アジュラの呟きが低く響いた。


――――


「困ったことをしてくれたな、タモン」


 開口一番、そう言い放ったアジュラの前で、タモンはひざまづいている。

 彼の両側には、残りの四天王が、剥き出しの殺意を隠そうともせずに控えていた。


「なんの話でしょう、アジュラ様」

「貴様、とぼけるか!」

「不敬であろう!」

「元人間の分際で! 控えよ!」


 並の魔族なら消し飛ぶほどの殺意を浴びせられるも、タモンは眉一つ動かすことはなかった。


「よい。……タモンよ、貴様、知らぬわけではないだろう」


 魔界王は脚を組み、尊大な佇まいを崩さず告げる。


「魔界唯一の掟。……予定調和おやくそくを」

「勇者が現れた時、四天王は最弱とされる土属性の者から順に立ちはだかり、充分弱らせたところで、最強最悪の存在である魔界王がトドメをさす」

「そうだ。そしてタモン、貴様はなんだ」

「魔界四天王第四席、土のタモン」

「そうだ!」


 魔界王の気が音を立てて膨れ上がる。

 その様子に、タモン以外の四天王は恐れをなしたかのように震え上がった。


「それを貴様は! 貴様は、一体何をした!」

「そ、そうだ、タモン! お前は我々、上位の四天王を差し置いて!」

勇者一行を・・・・・一人で・・・全滅に・・・追い込む・・・・とは!」

「元人間の分際で! 家族を亡くし、独りになった所を、魔界王様に拾っていただいた恩を忘れたか!」


 謁見室の空気が、怒気で充満する。

 その様子に、タモンは小さくため息をついた。


「はぁ……」

「貴様っ! 不敬だと言っておろう!」

「生意気な!」

「お言葉ですが、俺は勇者を殺した訳ではありません」


 タモンは、そう言いつつ、顔を上げた。

 その顔には薄い笑いが張り付いている。王の前で不遜極まりない態度ではあるが、本人は全く悪びれた様子はない。


「俺が殺ったのは、魔界に紛れ込んだ人間のクズだけです。そいつがたまたま勇者だろうが、俺の知った話ではありません」

「クズ、だと?」

「奴のことは城下町を出たところから、監視蟲を使いずっと見ておりました。」


 相変わらず殺意を向ける他の四天王には目もくれず、タモンは魔界王に目線を送り続けている。


「道中拾った女冒険者共を片っぱしから襲い、魔法で精神を汚染し、無理やり仲間にした挙句、戦闘で不利になると平気で女を盾にして逃げようとする。それをクズ以外のなんと申しましょう」


 そう一気に捲し立てると、タモンは苦々しい表情になる。どうやら件の勇者の顔が頭に浮かんでいるようだ。


「俺が人間の時はもちろん、あそこまでのクズは魔界でも見たことはありませんよ。……おっと、そう言えば一人だけ、あのパーティの生き残りがいますな」


 いかにもどうでもいい、という風にタモンは続けた。


「女戦士。唯一最初から仲間になっていた冒険者です。クズ勇者の幼馴染で、やつもあの女にだけは手を出しておりませんでした。あの女、クズを諌めては罵倒され、それでも健気に付き従ってました。ですが……」


 ここで初めて、タモンは他の四天王を見回した。

 その目は冷め切っていて、何の感情も見られない。少なくとも同僚に向ける類の視線ではなかった。


「あの勇者、クズとはいえ、お前らよりはちょこっと強かったわ」

「なにぃっ!?」

「貴様、誰に向かって……!」

「てめぇらだよ馬鹿野郎共。予定調和だかなんだか知らねえが、そんな誰が作ったんだか分かんねえような掟に縛られやがって。火だ水だ風だと、偉そうに幅を利かせちゃいるが、一度でも勇者と戦ったことのあるやつぁいるのかよ」

「ぐぅ……っ」


 ぐうの音も出せない三人を見て、タモンは大袈裟にため息をついた。


「はぁ……。ま、どうでもいいか。で、アジュラ様、俺を呼び出したのは結局、どんな用向きで?」

「……残念だ。どうやら貴様には、魔界王の恐ろしさを身をもって知らしめる必要がありそうだな」

「……へぇ」


 言い放つアジュラに、タモンは不敵な笑顔を見せた。

 それまでのわざとらしい程の慇懃無礼さは微塵もない。


「まるで、俺に勝てるような言い草ですな」

「ようなではない。貴様など余の足元にも及ばぬ」

「おお……」

「魔界王様がお立ちになられた……」

「元人間如きになんと勿体無い……」

「アホか」


 他の四天王が恐れ慄く中、タモンは何一つ動揺した様子はない。

 むしろ彼らの茶番に付き合ってなどいられぬとばかりに、踵を返して扉の方へと歩き出した。


「待てタモン、貴様どこへ行く!」

「残った女戦士を探す。あれは鍛えれば強くなる。てめえらイジメるよりは楽しそうだ」

「この裏切り者がっ!」

「タダで済むと思うな!」

「魔界王様! ご指示を!!」

「タモンを捕らえよ!」


 魔界王の号令で、三人が動く。


「業火陣!」

 遥か上の天井にまで届くほどの業火が。


「剛水剣!」

 鋼鉄をも断ち切る程の水の刃が。


「豪風撃!」

 巨大な岩石も巻き上げ、粉々に砕くほどの竜巻が。


 それらが同時にタモン目掛けて襲いかかった。


――だが。


「壁」


 それら全ては、瞬時にタモンの周りに現れた岩の壁に遮られていた。


「なにぃっ!?」

「ただの岩如きに、私の剛水剣が……」

「元人間風情が……っ!」

「ご大層な技出しといてダセェなおい。普段の下っ端扱いはどうしたよ、えぇセンパイ?」

「貴様……そんな力を……」

「いつ手に入れたってか。最初からだよ魔界王。属性序列で土が一番下なのは、俺みたいな人間モドキばかりだからだ。予定調和なんかじゃねえ、ただの差別だろ」


 タモンは今や、完全に魔界王を見下していた。


「そうやって虐げておいて、一方で属性最強だった俺を四天王に入れる。で、自分達もいつかは……なんて夢を見させて不満が出ないようにするわけだ」


 壁の向こうからは、意味をなさない唸り声しか聞こえない。仮に意味をなしたからといって、タモンには全く興味がなかった。


「唯一の掟が聞いて呆れる。それさえ唱えておけばどんな無茶でも通るもんなぁ。魔族ってな卑怯で姑息で小狡いことを考えるのが得意だなぁおい?」

「きっさまぁ……っ! そこまで愚弄するとは、覚悟は出来ているんだろうな!!」

「おいおい、魔界王様ともあろうお方が、顔真っ赤で地団駄踏んでるんじゃねえよ。……さて、そろそろ疲れてきてるっぽいな、センパイ方?」


 そういって壁を消したタモンの前には、魔力を使い果たした四天王三人が揃って肩を荒く上下させていた。


「く……そが……」

「なぜ……通じない……」

「元……人間…………が……」

「地位と血筋にあぐらかいて、ふんぞり返ってるからに決まってんだろうが。ま、反省する時間は沢山くれてやるからよ。次はもうちょっと楽しませろよ、な?」


 そう言ったタモンが、右脚を振り上げ、床を踏み下ろす。


 ドンッ!!


 次の瞬間、タモンと魔界王の間、ちょうど三人の立っている場所に、部屋の幅ギリギリの巨大な岩の塊が現れていた。


「センパイ方、一応死んじゃいねえだろ?」

「……!」

「……、……!」

「……………………!!」

「タモン、貴様何をした!」

「ああ、魔界王様には届かなかったんですね、予定通りだ。センパイ方はその、通常の三千倍程の圧力をかけた岩の中ですよ。サービスで樹液もコーティングしてあるんで、琥珀になる前に出した方がいいんじゃないですか? ……出せるならね」

「ぬおおおおっ!!」


 岩の向こう側でアジュラの咆哮が鳴り響く。同時に爆発音がタモンの耳に聞こえてきた。


「じゃ、そういうことで。ここで俺があんたを殺ることは出来ねえ。魔界王は掟の力で魔族には倒せないからな。だから、少しばかり待ってろよ」

「貴様っ! 何を企んでいる!!」

「企むとは人聞き悪いな。さっき言ったじゃないですか」


 タモンは、子供のように無邪気で凶悪な笑みを浮かべている。


「生き残った女戦士を鍛えて、てめえを殺しに来てやるよ」

「貴様っ……なぜそこまで余に歯向かうっ」

「俺の家族を殺したのがてめえだからだよ、アジュラ」


 そう言った瞬間、タモンの全身から、黄金に輝く魔力が噴き出した。

 それはまるで、彼の内に秘めた怒りを形にしたように、美しくも禍々しかった。


「俺……が?」

「なんだ、気付いてなかったのか。てめえが俺を拾う前、人間の村を遊び半分に壊滅させただろう」

「……あの村の生き残りだったか」

「気付いてなかったってのも笑えるな。まあ、そんな訳で、俺にはあんたをブチ殺す理由があるんだよ。例のクズ勇者も、倒せるくらい強いなら生かしておいても良かったんだが、魔界も人間界も、クズってなぁどうやってもクズだな」


 そう言うと、タモンは外への扉を開く。


「楽しみにしとけよ魔界王。――俺がそのくだらねえ掟予定調和をぶち壊し、てめぇに引導渡してやるよ」


 扉が閉じた時、そこには呆然と立ち尽くす魔界王の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最強の最弱四天王 ―うっかり勇者を撃退したら、魔界から追放されました― 藍墨兄 @Reacto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ