第45話 正直忘れてたサンドロのこと

 翌朝――。

「イル様あああああああ!」

「分かった。分かったから泣くな。忘れてたわけじゃないから、な」


 休息を取った九曜の部隊を偵察に向かわせたところ、兵を率いた一団がやってきた、いや、到着したと言った方がいいか。

 その一団の先頭にいたのが、懐かしき朋友アレッサンドロ・ベリサリオその人であった。

 号泣し再会を喜ぶ彼に対し、俺は正直忘れてたごめんと頭の中で苦い顔をする。

 

 覚えているだろうか? ミレニア王国には王都以外に「使える貴族が二人いる」と言ったことを。

 一人は今も森の中で潜伏し、リグリアを明け渡す工作を行ってくれたロレンツィオだ。現在風呂に入りたくて仕方ないらしい。

 もう一人はベリサリオ侯爵である。

 公爵は通常、王族の分家が担う爵位なのだけど、侯爵は異なるのだ。

 アレッサンドロの家はベリサリオを名乗っているが、侯爵とは遠い親戚になる。彼の家は法服貴族だからな。

 

「どうやら、うまくやってくれたようだな」

「侯爵は当初こそ、大胆なイル様の政策を訝しんでおられましたが、王の商隊がベリサリオ領にも来るようになり考えを改められました」

「侯爵領、リグリア、ピケ。この三地域だけは沈む王国にあってまともな運営がされていた地域だったから。物の流通を活性化することの意味なんてすぐ理解しただろうな」

「ベリサリオ侯爵もイル様の政策と同様に貧困層に土地を与え、開墾をさせております。かの領域には獣人が皆無ではありますが」

「よい傾向だ。他の貴族領も変わってくれればいいんだけどな」


 そう。アレッサンドロには政策が決定し、実際に動き始めたところでベリサリオ侯爵の元へ派遣した。

 ベリサリオ侯爵は王族を除くと王国一番の実力者である。今回の王族と有力貴族の脱走も静観し、ヴィスコンティの叛乱に対しても動こうとしなかった。

 動く前に俺が動いたのが正確なところか。

 ヴィスコンティにより、王国が更に荒廃した場合、彼が立たざるを得なくなるかもしれない。いや、侯爵なら自立する可能性の方が高いか。

 ともあれ、ベリサリオ侯爵は王国の歴史に刻まれるほどの目覚ましい活躍を成し遂げ、今尚、その名を他国にまで轟かせている。

 彼は元々辺境伯だったのだが、未開の辺境を開拓し流民を受け入れ、豊かな領地へと変えた。

 モンスターも駆逐され、リグリアとヴィスコンティ領を合わせたほどの領土を持つに至る。

 王国南西部に位置するベリサリオ侯爵領は南でロマーニャ王国と接していた。

 かつてロマーニャ王国は国力で劣るミレニアを侮り戦争を仕掛けたことがあったんだ。

 しかし、モンスターの討伐で精鋭となっていたベリサリオ侯爵の一糸乱れぬ兵に敗れる。

 この戦勝の功績をもって、ベリサリオは辺境伯から侯爵となったのだった。

 ベリサリオ侯爵は自他共に認める王国一の実力者であることは疑いようもない。

 

 で、ベリサリオ侯爵に下手に動かれてはたまらないということは分かってもらえただろうか?

 幸い侯は政治に対しても明るく、これまでのしきたりに拘らない。むしろ、しきたりを嫌う。

 それは、自分の歩んだ道が凡そこれまでの封建貴族らしからぬものだったからだろう、と俺は推測している。

 ヴィスコンティとはまた違った常識に囚われない傑物がベリサリオ侯爵という人物なのだ。

 

 俺はベリサリオ侯爵ならば、俺がやろうとしていることを理解してさえくれれば、必ず王国に協力してくれると踏んでいた。

 一応、俺の臣下である侯爵にこのような表現をするのは本来おかしいのだが、王国の現状と侯爵領の繁栄ぶりを鑑みるに「協力」と表現したまでだ。

 あと数年もしないうちに王領は、侯爵領を軽く凌駕する予定だけどな。人口、領域から考えて当然といえば当然なんだけど、これまでが酷すぎた。

 

 そして、ベリサリオ侯爵に理解を求めるために派遣したのがアレッサンドロだったというわけ。

 何も遠い血縁にあるから彼を選んだわけじゃない。

 それは……まあいいじゃないか。言わせんな恥ずかしい。

 

「王国の苦難にベリサリオ侯爵は騎士を派遣してくださいました」

「そいつは心強い。それでサンドロはお払い箱になったというわけだ」

「イル様ああああああ!」

「冗談だ、冗談。よくぞ侯爵の信頼を掴んでくれた。心強い」


 熱き抱擁をかわしたくて仕方ない様子のアレッサンドロに向け、コクリと頷きを返す。

 ガバーッと不遜にも両手を広げ肉迫してくる彼をふんと躱し、彼の手が空を切る。


「……不遜に過ぎました」

「そんなことないさ」


 背伸びして彼の肩をポンと叩き、背中をバシバシとやった。


「……失礼いたしました。ベリサリオ騎士団のご紹介を」

「だな」


 下馬し整列するかの騎士団を見やり、敬礼する。

 すると彼らは恐縮したように両足を揃え、返礼した。


「ベリサリオ騎士団副長のモローと申します! 此度は王国の危機に王自らご出陣されていると聞き、馳せ参じた次第であります!」

「国王のイルだ。参じてくれて感謝する。諸君らにさっそくお願いしたいことがあるのだがよいか?」

「もちろんです。お申しつけください!」

「騎士団の数は百名くらいかな」

「はい。おっしゃる通り、102名でございます!」


 ふむふむ。ベリサリオ侯爵の騎士たちのうち四分の一近くきたのかな? 三分の一くらいかもしれない。

 侯爵領は騎士以外にも辺境警備兵もいるのだけど、隣国のこともある。兵を減らすことは大きな決断がいったことだろう。

 それをポーンと派遣してくれたのだから、この102名は数が多い少ないが問題じゃない。この騎士たちは彼の信頼の証なんだ。


「捕虜をミレニアまで護送してもらえないか? 数が多く、ミレニアから残った警備兵たちに連れて行ってもらおうと思ったのだけど、ミレニアを空にするのも問題だから」

「承知いたしました! 護送の任務、謹んでお受けさせていただきます」


 よい兵たちだな。一切の迷いなく命を受けた。

 戦いに馳せ参じて、いきなり後方とは何事だなんてことなどまるで考えていない。

 ベリサリオ騎士団はどのような任務であれ、迷わず忠実にこなすってことか。

 そら、手強いわ。ベリサリオ侯爵の兵は。

 

「あ、サンドロはここで待機な。俺は侯爵の騎士に命じた」

「イル様あああ! やっと共に歩めるのですね!」

「寄るな。暑苦しい。そうだ。サンドロ。血の気が多すぎる君に一つ提案がある」

「また飛ばすのは勘弁してください……どうか」

「そんなことをするものか。これから戦場は本番だ。間に合ってよかったな。俺の命、預けたぞ」

「イル様!」


 感涙しぶるぶると体を震わせるアレッサンドロの額をピンと弾……ぐ、ぐう。届きそうで届かん。顔を上にあげるんじゃない、こいつ。

 ま、まあいいや。

 

「そこにカボチャの馬車があるだろ。そこで血の気を抜いてもらってこい。スッキリするかもしれん」

「承知いたしました!」


 そろそろ佐枝子がうるさくなりそうだから、先にお土産でも渡して静かになってもらおう。

 彼の血は真っ直ぐで純粋、ちょっと熱いかもしれんが、まあ悪くないだろうさ。

 カボチャの馬車にアレッサンドロが入ったところを見ていたら、子虫の声が俺を呼ぶ。

 

「イル! お前、この僕を何だと思っているんだ! 僕はお前より上位なんだぞ!」

「気にせず連れていけ」

「イル! 僕にこのような真似をしてただですむと思うなよ」

「よく吠える。おい、グラッソ。殺されなかっただけ有難いと思え。俺は今すぐ、お前を亡き者にしてもいいんだぞ」

「ひ、ひいい」


 少し睨んだだけで、このざまだ。

 こいつはもうダメだな。まあ、こんな奴でも使いようはある。せいぜいその日まで待っていろ。

 

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