第44話 ぶふぃぃいいい

「俺様最強、ヒャッハー。汚物は消毒だー!」

「ぶっふぃいいいい!」

「……」


 強い、オークたちは確かに強い。だけど、このノリについていけねえ。

 サーベルを振るい、敵兵の首を切り裂く。その横でイツキが大上段から丸太を振り下ろし兜ごと敵兵の頭を砕く。

 あ、いかん。丸太じゃなくて棍棒だったな。

 

 ドオンドオンドオン。

 来た。銅鑼の音だ。グリモアの用意が整った。

 平地の戦いならこうまで上手くいかないが、森の中だと話は別。

 滑る雑草の中でも傾斜があり木の根っこに足を引っかけそうになる藪の中でも、俺たちにとっては慣れた場所である。

 

「イル様」


 馬上から手を伸ばす桔梗の手を握り、引っ張り上げてもらう。

 

「ここが勝負時だ! あと一歩で敵は総崩れになる! 行くぞ! 諸君!」


 手綱を握る桔梗の肩に手を置き、力一杯叫んだ。

 

「応!」

「ミレニア王国に栄光あれ!」

「帝国に鉄槌を!」

「ぶっふぃいいいい!」

「ぶぶぶぶううううひいいいいい!」


 やべえ、オークの声に他がかき消されてしまった。

 ぶひぶひの大音量の中、左右に回り込んだグリモア隊が一斉に突撃する。

 ジョルジュらも樹上から降り、グリモア隊に続く。

 ぶひいは前からそのままぶひぶひ突進する。

 

 倒れる味方もいるが、それ以上に敵兵が沈んで行く。

 指揮官はどこだ。

 桔梗が馬を駆り、九曜を含む他の騎兵も俺に続く。

 敵兵を斬り捨てながら、敵陣を突破して突破して……いた!

 金色のマントに赤色のトサカ兜を身につけた四つ葉のクローバーを纏った者が。

 あの装束は見覚えがある。

 ミレニア国王のみが身に着けることが許される四つ葉のクローバーを刺繍した黄金に輝くマントだ。

 

 顔が確認できないから、誰なのか特定はできずにいる。

 しかし、馬上の黄金マントを護ろうと彼を取り囲むように帝国歩兵が十数人こちらに向け剣を構えていた。

 

「見つけたぞ! ここが年貢の納め時だ!」

「王国を盗んだ、賊軍め! 王子は渡さんぞ!」


 主を守護しているうちの一人がそう叫ぶ。

 王子だって? なんだ、ノヴァーラじゃないのか。

 しかし、王にしか纏うことを許されない黄金のマントを身につけさせるとは……ノヴァーラも姑息な真似をする。

 武功をあげれば、自分の手柄にできるし、万が一、命を落とすような事態になったとしても自分は助かるからな。

 甘い。

 甘すぎる。

 ここで来なかったからといって、お前がゆっくりと胡坐をかいていることなどできようもない。


「九曜、みんな!」


 言うと共に、投げナイフで一人仕留める。

 俺と同じようにナイフを投擲した九曜と桔梗が二人。

 馬で体当たりせんばかりに肉薄し、短槍で串刺しにする歴戦の部下たち。

 あっという間に黄金マントを護る者全てが倒れ伏す。

 帝国兵は弱くはない。だけど、馬上と平地だと力の差が多少あっても、ねじ伏せることができるものだ。

 

「ひ、ひいい」

「ふむ。グラッソか。ルドヴィーゴだと思ったんだけどな」

「あ、あう。こ、殺さないで……」

「俺が誰だかも分からんのか」

「……イル。イル! お、お前が、お前が、王国を盗み取ったために、僕達がどれだけ肩身が狭くなったか。王国に凱旋するためだと父上は言った。それが、なんだよお。これは」

「降伏か死か、選べ」

「わ、分かった。降伏する。殺さないでくれ」

「なら、兵に降伏を伝えろ。その場で武器を捨て、両手をあげよ、とな」

「わ、分かった」


 黄金マントの主――三男のグラッソは、俺に言われた通りに従い、全軍に停戦の命令を出す。

 こちらはこちらで、停戦するようグリモア隊に銅鑼を鳴らさせる。

 味方ごと踏みつぶす絵図を描いたのは、グラッソなのだろうか? こいつに戦場経験はなかったはず。

 長男と異なり、対峙した途端に委縮しきり戦意を完全に喪失していた。

 これがヴィスコンティのような歴戦の武官だったとしたら、たとえ自分が倒れようが副官に引継ぎ徹底抗戦を行うなんてことも有り得たかもしれん。

 そうなると、こちらの被害も拡大する。

 帝国と異なり、王国軍は数が少ない。今回の戦いで兵力差は縮まったとはいえ、五倍以上の差があるんだ。

 

 イツキらの活躍もあり、この戦いで失った兵は四十名ほどとなった。

 敵兵の死亡率は五割。王国軍の完全勝利である。

 イツキらオークにも十五名の死者が出ており、合流したオークは二百名に少し足らないくらいとなった。

 

 捕虜となった帝国兵、元王国騎士は怪我人も含め四百名ほど。どさくさに紛れて逃げ出した者も百名以上はいる。

 掃討するかグリモアに聞かれたが、捨て置くことにした。

 捕虜を抱えていることから、先に捕虜をトリスタンらが待つ拠点まで引き連れた方がよいと判断したからだ。

 

 ◇◇◇

 

「うめえええ。うめえぞ、な、お前ら」

「ぶっふぃいいいい!」

「ぶぶぶうふぃいいい!」

「静かに食べろ!」


 拠点までオークらを連れ帰ったら、捕虜よりも彼らに対し驚かれた。

 騎士団長も守備隊長も情報として、オークが新たな王国民となっている事は知っている。

 まあ、気持ちは分からんでもない。見た目、完全にモンスターだものな。

 獣人というにはちと苦しい。

 いや、ま。獣人だって豹頭とかの獣人だと、全身フサフサで顔も完全に人とは異なる。

 だけど何て言うか、うーん。

 文化的? いや違うな。

 ブヒブヒとか言う事はなく、普通に喋る。

 ああああ。これも違う。何となくで俺の言いたいことを察してくれると嬉しい。

 

「よくぞお戻りになられました。この捕虜の数を見るに大勝利だったご様子。さすがイル様です」

「騎士団長。留守中の守護、変わったことはなかったか? 戦況については後程、伝える」

「特段これと言っては。先に捕虜のことを。早馬を飛ばし、王都に連絡。ジャンらが護送でいかがでしょうか?」

「それで頼む。この場に留まらせておいてもどうにもできないからな。グラッソはこの後尋問する」

「グラッソ殿下を拘束したのですか!」

「うん。バティスタは戦場の露と消えた。グラッソは降伏したため、連れてきた。でもま、大した情報は持っていないだろうな」

「左様でございますか。では、先に捕虜のことを指示して参ります」

「よろしく頼む」


 ふうう。立っているのも辛くなってきた。

 その場でへたり込むと桔梗が水の入ったコップを手渡してくれる。

 

「桔梗、あと九曜も。しっかり休んでくれ。偵察もしたいところだけど、今日のところは周辺警戒のみだ。ヴィスコンティに任せようと思っている」

「……了」

「承知いたしました」


 二人にも座ってもらい、三人で食事をとることにした。

 初戦はうまく乗り切れたな……。次が決戦となるのか、それとも……。

 いや、今は考えるのをよそう。

 干し肉を噛み、ゴクリと水を飲む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る