第34話 ラインハルト

「美少女だ! ようやく俺様の時代が来たようだな」


 嬉々として前に出てきたピンク色のむちむちぷるるんお肌のオークが、そんなことを呟いていた。

 日本語で。

 黄土色の埃っぽいベストの下は何も着ておらず、でっぱったお腹がバッチリ見えている。

 これで半ズボンだったら帰っていたところだが、幸いゆったりとした長ズボンを履いていた。

 おしゃれなのか首には骨で作っただろう素敵なネックレスをはめていて、豚頭とよく似合っていない。


「君がオークの代表か? 俺はイル。隣の国の使者だ」

「こほん。美しいお嬢さん。吾輩はラインハルトです。大オーク一族の首長をしております」


 気障ったらしく人差し指と中指をくっつけ、額にやるオーク。

 今度は公国語だった。だけど、小さく呟いている日本語の言葉も聞こえているからな。

 余りの低俗な言葉に脱力してしまいそうになる。

 ひくひくとこめかみに青筋を立てつつ、ウラドの耳元に顔を寄せた。

 

「おい、佐枝子」

「な、何かごめん……」

「お前のこともさりげない風を装って見てるぞ。その短いスカートと膨らんでいない胸元を」

「一言余計よ!」

「っし。声が大きい」


 ウラドの口を塞ぐと、もがーと抵抗するので彼女を後ろから羽交い絞めにした。

 すると、オークが目を輝かせ低俗な言葉を日本語で呟く。

 

「あの様子だと、お前の言う事なら何でも聞くんじゃないか?」

「いやよ。生理的に受け付けないわ。だけど、あのオーク。実力は確かよ。ウラド領で支配的な種族はオークじゃなかった。だけど、今はもう」

「部隊を五軍に編成し、統制している。昔のモンゴルみたいだな。あちらはもっと軍が多かったが」

「わたしの領地が何か一つの種族が支配する地域になると、外と軋轢が起こる可能性があるわ。せっかくの平穏が台無しになっちゃうでしょ」


 こ、こいつ。何も考えていないと思ったら、ちゃんと正論を言ってくるじゃないか。

 ウラド公国は「未開の地」「化外の地」であることが肝要なのだ。

 誰も支配せず、自然のまま手入れがされていないことで、緩衝地帯となっている。

 それが、何らかの種族が支配する国となれば、俺がいる間のミレニア王国はともかく他の国が何等かの行動を起こしても不思議じゃない。

 オークたちから行動を起こす可能性もあるし。

 いや、このオークなら「世界征服だー」なんて馬鹿なことはしないか。

 やはり、俺が交渉するしかない……かもしれん。

 いや、一つ確認しておくことがある。

 

「佐枝子。オークの寿命って知ってる?」

「わたしに分かるわけないじゃない。でも、50年以上は生きるんじゃないの?」

「そうか。なら仕方ない」


 佐枝子ことウラドから体を離し、頬を桜色に染めているオークへ顔を向ける。


「待たせた」

「いえ、ご褒美タイム……。少したりとも待っていませんとも」


 心の声駄々洩れだぞ。それも公国語で。

 ま、まあいい。


「君たちは腰布などの服を着ているが、自作しているのか?」

「茎を編み、石器を使い、あとは動物の毛皮を利用しておりますぞ」

「狩猟で生業を? 武器は棍棒か石器か」

「そうですな。何を隠そう、吾輩が他のオークに技術を伝え、今では干し肉もありますし、獲物が得られない日でも飢えることはありません。ははは」

「便利な暮らしを提供することで、オークをまとめあげ、オークの数も増えたのかな?」

「ですぞ。オークは人間より、子供から大人になるのが早いのです。寿命も人間とそう変わりません」


 こいつは厄介な種族だな。

 しかし、聞いたことを全て喋ってくれるとは、このオークまるで警戒心がない。

 ……弱ったな。

 こういう愚直なタイプは苦手だ。

 一時的に騙すことは容易いだろうけど、いずれ大きな障害となって跳ね返ってくる。

 こちらを引っかけようとしている者や腹芸が得意な者の方が余程やりやすい。策士は策を講じて叩き潰すことが出来れば、二度と抵抗しなくなるからな。

 このタイプは違う。目的がある限り、愚直に愚鈍に確実に迫ってくる。

 何より、俺は相手を騙そうなんて露ほどにも思ってない者に対して、自分も同じように振舞いたいと願う。

 きれいごとかもしれないけど、俺の気持ち的にもその方がすっきりするし、結果的にうまくいくことの方が多い。

 駄目なら、駄目な理由をちゃんと伝えれば、真剣に悩んだ上で答えを出してくれるしな。アレッサンドロとか。

 

「ラインハルト」

「……あ。俺様のことか」

「さっき自分で名乗っていただろうに」

「すまない。レディ。仲間からはボスとしか呼ばれていないから、久しく自分の名を呼ばれることがなかったのだよ」


 あからさまに動揺するオークであった。

 こいつ、絶対に嘘がつけないタイプだ。

 分かりやす過ぎる。

 

「ボスでもいいけど」

いつきくんと呼んでいただけないか?」

「イツキね。分かった。それで、イツキよ。一つ相談があるのだけど、いいか」

「ハーレム来たか」


 日本語になってないって! 樹くん、もういろいろダメな感じだけど、実力は確かなんだよなあ。

 仕事モードになったらシャキッとするのかね。

 

「オークの数が急速に増えているのは良い事なのだが、狩猟生活を続けていてはいずれ飢えるだろう?」

「そうですな。オークの数が5000を超えてくると厳しいかもしれません」

「そこで、農耕に移行しないかという相談だ」

「長い時を要すると見ておりますぞ。いえ、決してできないとは言いません。ですが、農耕には道具も種も必要なのですぞ。オーク社会はまだ石器時代ですので、技術的な飛躍が成されなければ」

「ふむ。道具と土地を提供すると言ったらどうだ? 代わりと言っては何だが、多少の税を頂く。税率はこれだ」


 イツキに一枚の紙を手渡す。

 ふむむと紙面に目を通す彼だったが、俺に紙を突き返してきた。

 

「読み上げてもらえるかな? レディ」

「あ、そうだよな。言葉が同じだったとしても、文字文化はないか」


 日本語で書けば読めるのだろうけど、改めて書き直すのもあれだし、何より俺が転生者だとわざわざ告げる必要もない。

 このまま読み上げてしまおう。

 税率を読み上げると、イツキは「マジか。領主って搾取するもんじゃないのか」なんて日本語でつぶやいていたが、気を取り直し気障な仕草で顎に指をあてる。

 

「悪くないですな。仲間と考えさせてください」

「じっくりと吟味してくれ。エルフは難しいかもしれないけど、獣人の女の子ならオークでも、という者はいるかもな」

「な、何故それを。いや、詳しく!」

「獣人はさ、猫耳や犬耳のような人間そっくりの者もいるし、虎頭とかネズミ頭のような者もいる。だけど、恋愛が成立しているんだ」

「豚頭でもチャンスが。ぐ、っぐうう。今すぐ行きたい。夢の土地へ。だが、オークたちにちゃんと相談せねば……」

「じゃ、ま。伝えたいことは伝えた。後は、じっくり考えて答えを出してくれ。公国は君たちを受け入れる用意はある」


 あ、恋愛の部分は創作だ。

 ライオン頭のダンダロスが犬耳の美女と一緒にいるところを見たことがあるし、無い話じゃないだろ。うん。

 オークが恋愛対象になるのかは、知らんがね。

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