第32話 だが断る
「その動揺……わたしに舐められたからってことじゃないわね」
「舐められて恥ずかしかったんだよ」
「へえ。照れより驚きに見えたんだけど。正直にあなたのこと、言いなさいな」
「……だが、断る」
「あはははは!」
むっちゃうけてるんだけど。
ウラドが腹を抱えて大笑いしている。
ほぼ確信したのだが、更に続けてみようか。
「このイル・モーロ・スフォルツァが最も好きなことの一つは……」
ここで言葉を切り、息を吸い込む。
「「自分で強いと思っているやつにNOと断ってやることだ」」
彼女と俺の言葉が重なった。
久しぶりの感覚に俺も何だか嬉しくなってくる。
「君も、転生者か」
「あなたも、なのね。元日本人だったなら、この国の支配者層の発想に凝り固まることもないわね。まさかまさかよ。わたしは天涯孤独と思っていたわ」
「俺は君で二人目だ。存外、まだ他にも転生者がいるのかもしれないな」
「え、そうなの? 会いたい会いたい」
「折を見て、な。それで、君の本当の目的は何だったんだ?」
まさか、転生者かどうか確かめるために来たってわけじゃないだろ。
彼女にとって俺が転生者だったことは予想外の出来事だったようだし。
「可愛くない人ねえ。顔はこんなに可愛らしいのに。男の娘ってやつ? この世界でも流行りなのかしら」
「……これは生まれつきだ」
「ナチュラルボーン・男の娘。なかなか高度ね……」
「俺の見た目のことはほうっておけ! 早く本題に入ろう」
俺の頬へ指先をあて、ふふふと微笑むウラドの手を握り元の位置に戻るようキッと睨む。
対する彼女は「はいはい」と動じた様子もなく、向かいのカウチに腰かけた。
「ウラド公の領地が結構広いってのは知っているよね?」
「うん。ミレニア王国より広いはずだ。深い山が半分ほどを占めるから、使える領土としては王国と変わらないくらいか」
ミレニア王国の南東部には大きな川があって、ウラド公国との境界線になっている。
川を越え、更に南東に進むと大山脈にぶち当たり、そこを含む領域がウラド公国の領土となっていた。
「わたしは別に領域とか領地なんて必要なかったのだけど、やれ『討伐だー』なんて相手といちいち戦うのも面倒だし、静かに暮らしたかったのね」
「まあ、理解はできる。前世があると、今世は田舎でノンビリと暮らしたいってのは」
前世で働き詰めだったりすると、今世ではもう働きたくないとなっても不思議じゃあない。
王族が逃げ出す前の俺だって、別に出世しなくてもいいや、辺境でひっそりと暮らそうなんて素直に思えたのも、前世の記憶があるから。
なんかこう、一度人生をまっとうすると、ある種達観した仙人のようになってもおかしくない。
「わたしは人間じゃなかったけど……。別に今更だから、もう気にしていないわ。それでね、領地といっても何も管理なんてしていないわ」
「ウラド公国は国とは名ばかりの大自然そのまんまで、人の手が入っていない場所だからな」
「そう。そうなんだけど、ちょっと頑張っているモンスターがいてね。他のモンスターにも迷惑だから引き取ってくれないかなあって」
「……待て待て」
「ほら、獣人に対する方向性を真逆にしたイル・モーロ・スフォルツァなら、あの子たちも受け入れてくれるかなあって。一応、言葉も喋るし?」
和を乱さずちゃんと働いてくれるのなら、別に獣人だろうがエルフだろうが何でも構わない。
だけど、モンスターとなるとそうもいかないんじゃないか……?
言葉が通じるというから、言えば分かるってんならいいけど。
「領内に入れて荒らし回られたりしたら、たまらん。ウラドのところで押さえておいて……は無理か。君は見守る者。強大な力を持つ故に、誰に対しても手出しをしない」
「よくわかっているじゃない。領内が豚さんたちだけになっちゃっても寂しいじゃない?」
「モンスターって豚かよ……」
「うん。有名なやつよ。あなたもゲームくらいやったことあるでしょ? オークってやつだと思うわ」
「う、うーん……」
オーク、オークか。
豚頭の獣人として、王国に受け入れ……もできなくはない。
ウラドの領地で元気よく過ごしているのだったら、わざわざ王国に導かなくてもよくないか?
「会うだけ会ってみてよ」
「下手に恨まれでもして、攻め込まれる事態になったら事だぞ……」
「心配しないで。その時は自分に律した決め事より優先するから」
ウラドの目が赤く光る。
巨大な力を持つ彼女が世に影響を与えれば、必ず彼女を中心とした闘争が起こる。
特に世界制覇なんかに興味がない彼女からしてみれば、静かな暮らしの弊害になってしまう。
だからこそ、彼女は誰にもちょっかいをかけない。振りかかる火の粉を払うのは、仕方ないにしても。
「そこまで悩んでいるのか?」
「そこまでじゃないんだけど。会わせてみたくて。変わらなかった王国を変えたあなたに興味があったの。どんな変化を見せるのかってね」
「ある種の暇つぶし、か」
「そう言われちゃ身も蓋も無いわ。わたし、バンパイアになって。ずっと世の中を見て来たわ。どの種族も闘争ばかり。誰が上で誰が下かってずっと争っている。偉そうに言ってしまうけど、なるべくならみんな仲良く暮らして欲しいのね」
彼女の理想は高く、険しい。人が人である限り、争いを無くすなんてことは不可能だ。
だけど、無駄な争いを減らすことならできるかもしれない。
モンスターと呼ばれていた種族と人間が手を取り合う未来だってあるかもしれないんだ。
「究極的にはそうだが。……分かったよ。同郷のよしみだ。会うよ。セッティングは任せていいか?」
「ありがとうー。大好き! お礼にチューしてあげる」
「要らん。バンパイアに血を吸われたら俺もバンパイアになるんじゃないのか?」
「ならないわよお。それだったらどれほど嬉しかったか。血は吸うけどね。でもちょこっとだけ。命に別状はないし、献血みたいなものよ」
「会うだけだからな。その先はどうなるか約束できない」
「うんうん。うまくいったら、あなたの血を少しだけちょうだいね」
「ちゃっかりしているな」
やれやれと大げさに肩を竦める俺に対し、片目をつぶり、てへへと舌を出す彼女は見た目だけなら愛らしい少女そのものだった。
「うまくいったら、おまけにカッコいい男の子を紹介するから」
「それ、どういう意味だ……」
「あれ、女の子の方がいいの?」
「そういうのは要らないから!」
「そう、もう侍らせているのね。ねね、どっちなの? 男の子? 女の子? まさか自分と同じ男の娘ばっかり集めているとか?」
「どれも違うわ。用が済んだなら、とっとと準備に向かえよ」
「えー。だってさ。転生して王子になったんでしょ? だったら、ハーレムじゃない?」
「数百年生きてきてそれかよ!」
「さあ行った行った」と彼女の腕を掴み、無理やり立たせようとする。
むうと抵抗した彼女であったが、自分から立ち上がって俺を見上げてくる。
ふわり。
彼女が背伸びして俺に抱き着き、俺の首元で囁く。
「……ちょっと嬉しかった。お話しができる人がいて……正直、ずっと寂しかったの……」
「ウラド……」
弱々しい声に、彼女のこれまでの苦労がにじみ出ていて、どれだけの孤独を味わったのだろうといたたまれない気持ちになる。
「なあんてね。じゃあ、またくるからー!」
ぱっと俺から離れた彼女は、窓から外へ出て行った。
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