第21話 イルの分析と対策
いろんな人がひっきりなしに激励してくれて、食事をとるのにそれなりに時間がかかってしまった。
トリスタンとアレッサンドロに城の大広間へ文官と王国騎士を集めるように伝達する。
ここではあえて、獣人や商人が集めてくれた戦士たちを招集しないことにした。
彼らがいると場の雰囲気ができあがってしまうから、文官らの判断を鈍らせるかもと懸念したんだ。
そんなわけで、二人に交通整理をしてもらっている間を利用して汚れた体を綺麗にすることにした。
着替えも見繕って、できれば袖の無い金属鎧があるといいのだけど……。自室に置きっぱなしだった記憶があるようなないような。
さっきまで自室にいたから目に入っていたはずなのに、覚えていねえ。
ちょっと自分でもどうかと思う……。
「イル様。お湯です」
「ありがとう。そこに置いておいて」
桶にお湯を入れて持ってきてくれた桔梗にお礼を述べる。
自室でやってもよかったのだけど、あえて湯あみ用の部屋を選んだ。
ここなら、汚れても床がタイルだから洗い流すだけで綺麗になるので。
タオルをお湯につけ、ぎゅーっと絞る。
ん。桔梗が立ったままずっとこちらの様子を窺っている。
目が合うと、彼女は無表情のままだったものの一度口を開き、また閉じる。
その後ようやく、俺に向け声を出す。
「お手伝いさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「いや……背中だけお願いできるかな」
「はい」
断ろうと思ったのだけど、はたとなり考えを改める。
ここで断ると彼女にいらぬ勘違いをさせてしまうかもしれない。
俺は自分のことだし、血糊や汗の汚れが酷いから自分で体を清めるつもりだった。誰かに手伝ってもらうなんて、悪いしと考えた。
しかし、彼女は自分が猫耳の獣人だから、忌避されたのだと思うかもしれない。
彼女と俺の仲だから、俺の考えすぎな気もするけど万が一もある。
腕と肩回りから首筋を拭っただけでも汚れが酷い。一応、乾いた布で多少は拭いたのだけどなあ……。
「桔梗。頼む」
「はい、美しい銀髪も桔梗にやらせていただいてもよろしいでしょうか?」
「髪は一段と汚れが酷いのだけど、いいのか?」
「もちろんです。お背中の後、お湯もかえて参ります」
ごしごしと背中を綺麗にしてもらい。
今度は桶を二つ持ってきた桔梗に頭も洗ってもらう。
さっぱりしたところで、乾いたタオルで全身を拭いて、髪の毛もわしゃわしゃとふきふきする。
すっかり汚れが落ち清々しい気持ちで自室に戻り、白銀の鎧があることを確認。
この鎧は、小柄な俺用の特別性なのである。肩当もなく、臍の上くらいまでしか長さもないのでとても軽い。
中央にはスフォルツァ家の紋章である四つ葉のクローバーが描かれている。
アンダーウェアには黒の長袖を着て、下は黒のズボン。膝下あたりまでの丈がある白のマントを羽織った。
マントは縁が金糸の刺繍が施されていて、こちらにも四つ葉のクローバーが描かれていた。このマントのデザインと色は王族であることを示している。
一応俺も王族の端くれだったからな……だけど、長いマントを装着することは認められなかった。王族に相応しくないお前には、と謎の差別を受けていたのだ。
だけど俺は、この短いサイズのマントが気に入っている。動きやすいし、小柄な俺が長いマントを羽織ると、マントに着られているようになって見栄えがよろしくない。
「お待たせいたしました! イル様」
「すまん、呼びだてして」
「いえ!」
桔梗に呼びに行ってもらったら、すぐにディアナがやってきた。
彼女はウキウキした様子で、櫛を手にしている。
メイク道具が入った箱まで持ってきているけど、そっちは必要ないぞ。あえて言わずとも大丈夫か。
タオルでごしごししたまま、放っておくわけにはいかないからな。一応これでも王を宣言し、文官らの前で初披露するのだから……多少はさ。
緊急時なので、彼らも正装までは求めていないのは分かっている。
俺が髪の毛を整えるよりは、ディアナにやってもらった方が見栄えがよくなるからな。時間内でやれることはやっておこうという魂胆である。
「ディアナ」
「イル様の毛はサラサラで癖もなく、いつもながらお美しいです」
「メイクは必要ないからな」
「も、もちろんです。ですが、顔色を華やかに見せるために、頬にこれだけでも」
「必要ない。髪だけ頼む」
チークなんてしてみろ。
口紅をひいていないと、顔色がよくなるどころか却って不気味になるぞ。
◇◇◇
王城の大広間にある演壇の上にゆっくりと登る。
集まった王国騎士、文官らを見やり、右手をすっと上げた。
それだけで、ざわついていた室内がシーンと静まり返る。
王宮から脱出する前に演説した時にいた人数と同じくらい集まっているように見える。
あの布石が俺の言葉に耳を傾けてくれるようになったのだろう。
だが、ここからが一つの正念場である。彼らが自ら考え、自分の意思で、賛同してくれるかどうか。
ちゃんとしたグランドデザインを示せば、彼らとて分かってくれると信じている。
すうっと大きく息を吸いこみ、語りかけるように口を開く。
「諸君、まずは諸君らに感謝を。よくぞ再びここに集まってくれた。ヴィスコンティを打倒したのはこの私、イル・モーロ・スフォルツァである。集まってもらった目的は、諸君に私が王に相応しいか、私が政権を担うに値するかを問いたい。先に、これを見せよう」
高々と羊皮紙を掲げる。
「これこそ、私が正統に王位を引き継いだ証だ。前王であり父でもあるノヴァーラ・スフォルツァは、イル・モーロ・スフォルツァに王位を託した。このことから、私が次の王であることに相応しいことが示されている。だが、私は正統性だけで王であると示すつもりはない。これは、他国に対し、イル・モーロ・スフォルツァこそ次代の王であると示すためのものに過ぎない」
パチパチと拍手を始めた者たちをきっかけに他の者も手を合わせようとした。
それを右手を上げて制し、更に言葉を続ける。
「農村の困窮は私も把握するところだ。これに対し、私は人間以外の種族。すなわち獣人をはじめとした種族へ土地の所有を認め、更に無償で土地を与えようと思っている」
この言葉に半数以上の者が眉をひそめ、残り半数は絶句したように固まっていた。
まあそうだろう。突然、獣人に権利をなんて言いだしたのだからな。
本心としては、種族平等を謳いたいということがある。
だけど、本心を語っては彼らを納得させることなんて不可能だろう。
だから、利を示す。
「いいか。農村は天候と環境に恵まれれば豊作の年もあった。だが、ここ十年のうち六年が不作だ。天候が良好な年にも収穫高が少ない年もある。気候以外の原因としては主にモンスターや猛獣の襲撃にある。討伐隊を向かわせようにも村と村の距離が離れすぎていて、非効率となっていた。もし、獣人に土地を与え、職業の自由も与えたとしよう」
ここで言葉を切り、間髪入れずに続ける。
「ミレニア王国における獣人の人口比率をを知っているか?」
「二割強といったところです」
若い文官の青年が代表して応じる。
「そう。それも獣人は都市部だけに集中している。中には商人として成功した者もいるにはいるが、多くは『旧市街』のような場所で何ら生産することなく、赤貧生活を送っているのだ。路上生活者も多い。これは、王国の制度がもたらしたものなのだ。彼らに農地を持つか、警備隊として働くか選んでもらう。また、農地は主だった都市の外側か廃村にまず配置していくつもりだ」
「な、なんと……」
王国騎士はともかく、文官たちは俺の言葉の意味を即座に理解した様子だった。
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