第20話 眠る暇もなく……

 兵舎にいた三本ローズの騎士たちを全て拘束し、城の城壁の内側にいる残りの三本ローズも同じく捉える。

 城内を掌握した後は、グリモア隊を街中に走らせた。

 今か今かと成功の報を待ち構えていたネズミとサンシーロには九曜から報告。

 その後、街の商人たちとグリモア隊が連携し、ヴィスコンティの息がかかった者達――多くは街で警備にあたっていた三本ローズの騎士たちを拘束することに成功。

 更にはヴィスコンティが王になる前から勤めている文官や警備兵らに静観するよう商人らを通じて説得し、これも上手くいった。

 このうち凡そ半数程度が即俺の陣営に加わってくれたことが嬉しい。

 その中には騎士団長の姿もあった。

 城内で味方についてくれた王国騎士たちは、そのまま俺の指揮下に入ってくれている。

 権力の掌握は順調に進み、最低限の戦後処理が終わる頃には朝日がとっくに昇った後だった。

 

「ふう……粗方済んだか」


 久々の自室の椅子へ腰かけ、んーっと両手をあげて伸びをする。

 俺がいない間もアレッサンドロが陣取ってくれていたおかげで、俺の部屋は元の状態のままだった。

 一通りの政務に必要な道具がここに揃っていたから、ここで指示を出していたんだ。

 サラサラと羊皮紙に羽ペンを走らせ、赤い蝋で印を押す。

 

「イル様。少しお休みになられては?」


 九曜が街に出て行っているので、桔梗が俺の傍についていてくれていた。

 彼女は黒装束姿のまま、後ろから俺の様子を見守っており、休みなしで動く俺を慮ってくれる。

 

「そうだな。みんなに交代で食事をとるように伝えてもらえるか。俺も食べる」

「承知いたしました」

「中庭で食べよう。アルゴバレーノたちも一緒に」

「糧食は豊富にございます。既にアルゴバレーノ様たちが大鍋で調理してくださっています」

「そうか。そいつは気が利く」

「彼女らは交代で拘束した騎士たちの様子を見ているだけだから、とおっしゃっておりました」


 戦いからそのままずっとだものな。

 腹が減っては思考も鈍る。食べられる時には食べておかないと、というのが俺の持論だ。

 

「それじゃあ、この書類をあげたら中庭に行こうか」

「では、そのように伝達いたします」


 すっと姿を消す桔梗。彼女のこの動き、なんだか王宮にいる頃のようで思わず頬が緩んだ。

 戻ってきたんだな。俺。

 絶対にヴィスコンティを打倒し王についてやると誓い、ギリ一杯ではあるがうまくいった。

 ここから先も綱渡りだけど、きっとうまく行く。そう信じることで、突き進む。


 ◇◇◇

 

「うおおお。姉御! 姉御万歳!」

「何を言うか、このお方こそイル王子であるぞ! イル様万歳!」

「王子? 王女じゃないの?」

「どっちでもいいから、万歳しようぜ」


 中庭に顔を出すとウオオオオオオと大歓声に迎えられる。

 獣人たちと王国騎士たちが入り混じり、ぽつぽつと文官たちの姿も見えた。

 皆、立場が違えど俺に協力し、盛り立ててくれた者たちだ。

 しかし、姉御姉御って騒いでいる獣人の戦士達にそろそろちゃんと俺は男だと言った方がいいんだろうか。

 一応、ヴィスコンティ打倒時に彼らにも俺の名を叫ばせているんだけどなあ……。

 今は女装もしていないってのに、ほんとにもう。どこからどう見ても男だろ、俺。

 

「イル様!」


 ぱああっと顔を輝かせメイド姿の少女がパタパタとこちらに走ってくる。


「ディアナ。ずっと会えなくてすまなかったな」

「イル様がご無事でしたら、私はそれで。イル様、お帰りなさいませ」

「今日からまたよろしく頼む」


 メイド姿のディアナの手を両手で握り、ギュッと力を込めた。

 目を潤ませた彼女はうんうんと何度も頷く。

 こういう場面では「心配させたな」なんてカッコよく呟いて、抱きしめたりするものだけど、生憎それはできない。

 別に男女が抱きしめ合うことは、王国だと普通に行われている。一般の王国民なら特段親密な関係じゃなくてもハグをするのは挨拶みたいなもんだ。

 貴族となるとそうでもないこともあるけど、ね。

 実は手を握るのも少し戸惑った。というのは、ヴィスコンティ打倒から休みなしで動いているからだ。

 返り血もたくさん体に付着しているし、着替えはしたものの軽く血糊を拭っただけである。

 なので、血の匂いが体に染みついていると思う。

 俺の我がままなのだけど、彼女には戦場を感じて欲しくない。旧知の者の中で、彼女だけが俺にとって日常を感じさせてくれる人なのだから。

 

 これからも俺は血で血を洗う戦いに身を投じることになるかもしれない。

 だけど、自分が自分であるために彼女のような人がいてくれることが、どれほど心強いか。

 彼女がいれば、元の笑顔に戻ることができる。

 もちろん、桔梗、九曜、アレッサンドロも俺にとってかけがえのない親友であることは変わらない。

 

「イル様」

「イル王子」

「サンドロ、先生まで」


 デスタと入れ替わるようにして、アレッサンドロと騎士団長トリスタンが顔を出す。

 アレッサンドロはどうぞとばかりに骨付き肉をそのまま手渡してくる。

 ありがたく受け取ったけど、座って食べたいのでこのまま持っておくことにしよう。

 

「先生。市中の王国騎士だけでなく文官にまで気を回してくださりありがとうございます」

「王子。いえ、王。私はあなた様こそ、王に相応しいと信じております。あなたはおっしゃった。ヴィスコンティの治世をよく見ろと。そして、自分で判断しろと」

「過分な評価です」

「それだけじゃありません。あなた様はこの困難な状況の中、約束通り王城に戻っていらっしゃった。兵力差が明らかな中、鮮やかな手をもって。あなた様の智謀は王国にとってどのような宝石よりも価値があると愚行する次第です」

「先生。いえ、トリスタン。私はあなたをまた騎士団長に任命するつもりです。ですが、私はあなただけでなく王国騎士、文官、そして王国民全てに同じことを問うつもりです。私の治世を見よ、と。そして判断せよ、と。私の治世がヴィスコンティや前王と変わらぬと判断するならば、我を打倒せよ、と」

「王よ。なんと気高い精神をお持ちか。しかとあなた様の治世を見させていただきます。そして、あなた様の剣となり盾となり、尽力させていただく所存です!」


 トリスタンが地面に片膝をつき、頭を垂れる。

 アレッサンドロも彼の動きに合わせるようにかしずいた。

  

 しかと見ていてくれよ。絶対に後悔させたりなんかしない。期待外れだと思わせることなんてしないから。

 これから先も一本の糸の上を歩くがごとく、細く困難な道が待っていることだろう。だが、俺は一人ではない。

 頭の中に構想もある。協力してくれる友もいる。

 ならば、何を恐れることなどあろうか。


「食事はとられましたか? 私はもうお腹が減って。サンドロもまだなら食べておけよ」


 膝を落とし二人の肩に手を乗せ、笑いかける。

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