第14話 反撃の狼煙をあげよ

 真っ先に再起動したのは豪胆な感覚派であるアルゴバレーノだった。

 彼女にしては珍しく諭すように優し気な口調で俺に尋ねてくる。

 

「あたしたちが王様を打倒できたとして、その後どうするのさ? 貴族連中も黙っちゃいないんじゃないの?」

「ヴィスコンティの最初の演説を覚えているか? 元王ノヴァーラ・スフォルツァは王族、奴の取り巻きの貴族、騎士団を連れて帝国に逃げた」

「それくらいはあたしも知っているよ。ヴィスコンティを倒した後、あたしらを殺そうとする連中がいなかったとしても、街、ううん、国はどうなるの?」

「俺が何とかする。城内には騎士や下級貴族である文官が残っている」

「一体あんた……ただの小娘じゃないとは分かっていたけど……『やんごとなきお方』のことといい」


 彼らにだけはちゃんと伝えておいた方がいいか。

 まだ大っぴらにするわけにはいかないから、王城に攻め入った後にしようかと思っていた。

 ここに集まった者たちにはヴィスコンティを打倒した後の俺の施策を全て伝えよう。夢物語と笑うかもしれない。

 だけど、俺は必ず、それを実行する。

 

 カツラに手をかけ、引っ張った。

 ぱさりと音を立て、カツラが落ちる。

 

「俺はイル・モーロ・スフォルツァ。元王族スフォルツァ家の四男だ。本来なら入城してきたヴィスコンティに処刑される役目だった」

「あんた、王族なのに。そんなことってあるのかい?」


 獣人であるアルゴバレーノにとって、貴族どころかその上に立つ王族だったら何不自由ない暮らしをしていて当然だという思いがあるのだろう。

 その考えは概ね間違っていない。ただし、俺以外という注釈がつく。

 

「不適格だったってわけかい。俺はお前さんのこと嫌いじゃないぜ」

「ありがとう。俺も君のことは嫌いじゃないよ」


 フォローのつもりか口を挟んできたグリモアに向けニヤリと笑みを浮かべる。

 

「王族ともなれば、相当な能力が求められるのでしょうか?」

「そうでもないみゅ。イルは相当な切れ者みゅ。彼ほど切れる者を王城で見たことがないみゅ」

 

 今度は商人のサンシーロが疑問を投げかけた。

 それに対しネズミが自信満々に応じる。

 ネズミ、過分な評価ありがとう。

 

「俺の能力的な問題は多少の影響しかないだろうな。こと武勇に関しては、兄三人に俺は劣る」

「そんなもの、為政者として問題ないみゅ」

「確かにな。文官たちは俺より武勇に劣る者が殆どだ。俺はこの見た目で疎まれたのさ。王族は王族らしく。俺はそうじゃないってね」


 ネズミの発言に応じ、皮肉たっぷりに肩を竦めてみたものの、みなが絶句する。


「くだらない。本当にくだらない連中だ。俺はさ。数年以内には僻地に飛ばされることを予感していた。だから、その準備をしていたんだよ。それがアルゴバレーノへの支援であり、ネズミとの商売でもあった」

「あたしらをそこへ連れて行ってくれるつもりだったってのかい?」


 訴えかけるようなアルゴバレーノの問いにコクリと頷く。


「希望すれば、のつもりだった。俺は桔梗と九曜の二人とのんびり畑でも耕して暮らそうと、そう思っていた」

「でも、そうならなかったってわけかい」

「そうだ。あいつらはヴィスコンティが攻めてくることを知っていた。ヴィスコンティの溜飲を下げるためだけに王宮に俺を残したのさ。だが、そうはいくものか」


 ぐっと両手を握りしめ、口元を引き締めた。

 このままでは終わらせない。帝国に逃げた奴らの考えそうなことも容易に想像がつく。

 だが、奴らの思惑通りにはさせない。必ずだ。

 

「正統な王族であるイル様が叛乱し勝手に王を名乗ったヴィスコンティを打倒し、王権を取り戻す、という構図ですね?」

「その通りだ。ヴィスコンティの失政があったからこそ、俺が受け入れられる素地ができた」

 

 確認するように尋ねてくるサンシーロに応じる。

 少なくとも街の王国民には受け入れられるだろう。税を含め、元通りになるのだと期待できるのだから。

 ヴィスコンティよりはマシという受け入れ方だろうけどね。

 

「俺が王になれば、これまで通りの政策を行うつもりはない。ここにいるみんなに聞いて欲しい。俺のやりたいことを。王国を繁栄させる道を」


 全員が深く頷きを返す。

 彼ら一人一人を見やった後、俺は自分のやろうとしていることを語った。

 彼らは俺の意見に賛成してくれたものの、本当に実行できるのか半信半疑といった様子。

 

「イル様。あなた様の崇高な想いに感服いたしました。ですが、騎士様や残された貴族様はあなた様のお言葉に耳を傾けるのでしょうか?」

「少なくとも、彼らは俺の言葉を聞いてはくれる。受け入れてくれるかは別問題だけど」


 そのために俺は王城で演説を行ってから脱出したのだ。

 騎士たちがどう出るのかは未知数。だけど、文官連中は理屈を理解してくれるはず。納得できるかは別問題だが。

 俺の見立てでは五分五分……いや六・四で受け入れてくれると思っている。


「しかし、全ては王城を制圧しヴィスコンティを打倒してからの話だ。捕らぬ狸を心配するにはまだ早い」


 俺の言葉に耳をピクリと動かし、鼻をひくひくさせたネズミが指を立てた。


「アルゴバレーノとサンシーロの集めてくれた戦士たちは全部で350くらいみゅ」

「心強い。俺も出る。ネズミとサンシーロは待機」

「みゅとサンシーロは足手まといみゅ。バックアップに専念するみゅ」


 サンシーロとネズミが顔を見合わせ頷き合う。

 彼らは商人だ。商人には商人なりの戦いってのがある。彼らの戦いは既に佳境に入っているけどな。

 ここまで準備に尽力してくれた。後は任せてくれ。


「グリモアは戦士として参加してくれる、でいいんだよな?」

「おうよ。これでもなかなかの腕っぷしなんだぜ」

「頼りにしているよ」


 豪快に笑うグリモアに向けぐっと拳を突き出す。

 彼と拳を打ち付けあい、不敵に微笑む。


「アルゴバレーノはどちらでもいいが、命の保障はできない」

「何水臭いこといってんだい。行くに決まってるだろ。イルマ……じゃないイルだったね」

「分かった。旧市街の獣人の戦士たちのことも頼んだよ」

「任せておきな」


 三本ローズが街の警備に人数を割かれているこの時が最大のチャンスだ。

 といっても、城内には五百以上の三本ローズがいるだろう。正面から攻めれば、確実にこちらが潰される。


「作戦は明日の夜。それまでに戦士たちは集合できそうか?」

「今からでも大丈夫だよ」

「俺の方も問題ない」


 アルゴバレーノとグリモアの言葉が重なった。

 よっし。


「じゃあ、集合場所を伝える。少人数でグループを作り、目立たぬよう移動してくれ」


 続いて、集合予定場所を口にすると二人とも呆気にとられたように口が開きっぱなしになる。

 大丈夫だよ。九曜がバッチリ下調べしてくれているから。

 道案内も彼に任せる予定だ。

 

「では、この場はこれで解散。また後で現地で会おう。場所は大丈夫かな?」

「問題ないさ」

「俺もだ」


 いよいよ、決行だ。必ず勝てるとはとてもじゃないけど言えない。

 だけど……待っていろ。ヴィスコンティ。

 二人の返答を確認し、ガタリと椅子から腰を浮かせる俺であった。

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