第13話 行動開始
残された文官が粘ったのか、予想以上に税改革の布告がなされるのが遅かった。
もしかしたら考えを改めるのかなんて、少しだけ期待していたが……ヴィスコンティの意思は固かったようだ。
文官がいくら街へ課す税率をあげるなと進言しても、彼の考えを覆すのは難しいと見ていた。
彼は辺境の出身故に、街への税というものを身をもって体験していない。逆に農村のことについては詳しいはず。
確かに農村に課す税率は異常に高い。これは間違いないんだ。
ここ二年で格段に税率があがっているから、元に戻すだけでも効果はある。だけど、むしり取られすぎた農村にはもはや余裕がないんだ。
元に戻されたからといって飢えを凌ぐことはできない。
ヴィスコンティを説得するには、街の税率を維持しつつ彼の求める農村への支援を実行する方法を示さねばならないのだ。
……今ある材料をどれだけこねくりまわしたところで、文官たちに妙案などあるはずがない。
その結果、時間はかかったものの税改革の布告がなされたというわけだ。
ここまでで一ヶ月経過している。更に一週間が過ぎ、いよいよ税の取り立てが始まった。
こうなると今まで楽観的に静観を決め込んでいた街にいる王国民たちも戦々恐々となる。
「旧市街へ向かうぞ」
「……了」
「はい」
九曜と桔梗がいつもの感じで返事をした。
一ヶ月以上も暮らすと幽霊屋敷であっても、名残り惜しく思ってくるから不思議なものだ。
もう少しだけお世話になるよ。幽霊屋敷さん。
なんて心の中で呟いているだけでも我ながら気持ち悪いと思いつつも、屋敷の外へ出る。
九曜は潜み、桔梗は俺の隣で手を繋ぎ歩く。
別にわざわざ手を繋がなくともと思わなくもないが、人通りも多いし何かあった時に手に力を込めることでお互いの意思を伝えあうことができる。
これまでもそうしてきたから、今更変えるつもりはない。
街は税金のことで不穏な空気が漂っているし、いつも以上に注意しつつ向かうとしよう。
大通りに出ると、警備兵の数の多さが目に付く。まあ、当然と言えば当然か。
彼らとは別にやはり出てきているな。
数は少ないが、三本ローズの全身鎧を纏った騎士が街道に睨みを利かせていた。
全体でどれほどの三本ローズが外で警備にあたっているのか……件の三本ローズの騎士の前を通り抜けつつ、チラリと彼に目をやりすぐに目線を前に戻す。
「お嬢さん、従者を連れているところからして、どこかの令嬢様でしょうか」
「は、はい」
見るんじゃなかった。三本ローズに呼び止められてしまった。
ドキリとする自分の胸の鼓動を落ち着けるように桔梗の手をギュッと握りしめる。
「お買い物はお早めに。嘆かわしいことに、民は殺気立っております」
「お気遣いありがとうございます。早々に用を済まし、屋敷に戻りますわ」
「お気をつけて」
ビシッと敬礼する三本ローズにホッと胸を撫でおろし、街道を進む。
この後、警備兵の目に留まらぬようにするために大回りとなってしまったが、ようやく旧市街に入ることができた。
◇◇◇
旧市街に入るとあれだけ見かけた警備兵も三本ローズの姿も全く見なくなる。
「急に手薄になりましたね」
「そんなもんさ。税を支払える者が騒ぐのであって、ここはそうじゃないから」
俺の言葉にはっとなり、無表情のままうつむく桔梗に向け苦笑いする。
彼女と握った手を離し、親指を立てふんわりとした微笑みを向けた。
「想定通りだよ。力の無い『旧市街』と侮っている方が都合がいいだろ」
「イルマ様……はい」
手を握り直し、無言で細く曲がりくねった道を並んでてくてくと歩いて行く。
間もなく瓦礫が転がる広場に出た。
犬耳のぼろぼろの服を着た男二人が瓦礫の上に座ってぼーっとしている姿が目に映る。
彼らは俺の姿に気が付くと、子犬のように尻尾を振って二人揃って大きく両手を振った。
「姉御! お待ちしておりやした」
「みんなもう揃っているのか?」
「みんなが誰かは分かりやせんが、新市街の奴らも来てますぜ」
「分かった。案内してくれ」
彼らに先導してもらい、瓦礫の広間を右に入り、スカートが擦りそうなほど細い道を抜ける。
ほう。こんなところにも「ある」のか。
建物の脇にぽっかりと開いた穴に縄梯子がかけてあった。
その穴は大柄な男だと窮屈に感じるくらいの大きさで、一人ずつしか入ることができない。
何やら犬耳の男らがどっちが先に入るかで揉めている。
「この下なんだろ?」
「へい」
男の返答を確認し、桔梗の手を引き穴の前でしゃがみ込む。
「私が先に参ります」
「了解。一応警戒で」
コクリと頷き、ひらりと穴の中に入る桔梗。
続いて俺が縄梯子に手をかけ、慎重に降りる。
「そ、そんなあ。先にあっしが」
「サービスシーンチャンスがあ」
上で犬耳二人が嘆いているが、無視して伸ばした桔梗の手を取り穴の底に足をつけた。
中は苔むした石壁でできた小部屋といった感じ。
ランタンが三つ吊るしてあって、あかあかと室内を照らしている。
壁に触れてみたところ、外の建物より頑丈にできているように思えた。やはり、ここもか。
ミレニアの街は廃棄された街に残された城壁を利用する形で建設された。元からあった古代の都市の跡が残るのは城壁だけじゃあない。
大理石の柱とか、今俺がいるこの地下室なんかもそうだ。
さて、部屋に置かれた机を取り囲むのはネズミ、アルゴバレーノ、人間の商人、いかつい顔をした人間の男の四人だった。
「イルマ。待っていたよ」
「みんな知り合いなのか?」
アルゴバレーノの挨拶に頷きつつ、彼女に質問を投げかける。
対する彼女はおどけた仕草で首を横に振った。
「人間の二人は知らないねえ。ネズミが連れてきたからネズミに聞くといいよ」
「分かった。ネズミ。この二人を紹介してくれ」
ネズミに目を向けると、彼は鼻をひくひくさせ立ち上がった。
「フードを被った人間はサンシーロ。みゅの同業者みゅ。もう一人は傭兵と聞いているみゅ」
「サンシーロです。以後お見知りおきを」
「グリモアだ。辛気臭い場所でどんな秘密会議をするのかと思いきや。こんな可愛らしい嬢ちゃんを待っていたなんてな」
「こら、グリモア!」
商人の男サンシーロが傭兵らしい男グリモアを窘める。
「あはは。可愛らしい、ねえ。可愛い何とかには棘があるっていうわよ。あんたもせいぜい気を付けることね」
アルゴバレーノよ。そんなに笑わなくていいだろうに。
全くもう。頬に指先を当て眉をひそめながらも、サンシーロとグリモアに目を向ける。
「イルマだ。こっちは相棒の桔梗。こそこそいろんなところに声をかけていたのが俺みたいなのですまないな」
「ほう。相棒かい」
「そうだ。桔梗は俺の相棒だ」
「何だ。文句あるのか」といった感じに胸を張った。桔梗の手に力が籠るが、力強く彼女の手を握り返す。
心配しないでと彼女に伝われと思いを込めて。
「分かった。すまなかったな。横柄な態度をとって。イルマに桔梗だな。よろしく頼む」
「うん」
急に態度が柔らかくなるグリモアに彼の気質を見れた気がした。
なるほど。彼ならば、今回の作戦を共にするに値する。
サンシーロが彼を引っ張ってきたのだろうから、彼もまた同じか。
ならば単刀直入に伝えよう。ここにいる同志たちに。
俺の想いを聞いて尚、彼らはついてきてくれるだろうか? いや、彼らが否となるのなら俺の準備が悪かった。
俺は俺の最善と思える行動を取ったつもりだ。ここで早々に空中分解するのならば、俺はそれまでの男だったに過ぎない。
「これまで各方面にコンタクトを取っていたのは、ヴィスコンティを打倒するためだ。クーデターにはクーデターで返す」
事情を知るネズミ以外は顎が落ちそうなほど驚愕し、言葉を失った様子だった。
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