第4話 逆転への布石
「私は諸君らに無血開城を望む。ヴィスコンティ伯を受け入れ、彼を支えて欲しいと思っている」
言い切った瞬間、怒号のような声が鼓膜を揺らす。
血気盛んな騎士だけじゃなく、普段は大人しい文官たちまで真っ赤になって腕を振り上げていた。
「トリスタン先生。あなたは先ほど玉砕するとおっしゃいました。あなたのことです自分のためではありませんよね?」
「是。吾輩は王国を愛しております。故に反逆者の元に降るなどもってのほか」
「あなたは無責任にも逃亡したスフォルツァ王家に義を通すのですか?」
「いえ。王国の民のため、この身を捧げる所存であります」
「民とは。あなたが望むのは民が平穏に安寧に暮らせること、であると」
「然り」
「なら、あなたが玉砕したところでどうなりますか? 騎士団の攻撃を受けたヴィスコンティ伯の軍は、兵を差し向けた王都を、民を、そのままにしておくでしょうか?」
ハッとしたようにトリスタンが顔をあげる。
俺の事はともかく、民のことを考えるのならばヴィスコンティ伯の軍を刺激するべきではない。
騎士団の玉砕によって多くの死者が出てみろ、そのはけ口は王都に住む民に向かう事は想像に難くない。
騎士団は自分の義なるものを通し、満足して玉砕していくのかもしれないけど、王都にとっては不幸をばら撒くことでしかないのだ。
「トリスタン先生。私はあなたに残酷な未来を望んでいます。どうか、ヴィスコンティ伯と交渉してくださいませんか?」
「吾輩に何を?」
「街の治安維持を申し出、王城を伯に明け渡し、残された文官、騎士団は伯に従いこれまで通り政務を行いたい、と」
「それは……」
「王がすげ替わるだけです。ここに残った皆さんは王とその一派に何も告げられずここに残されたのです。そんな王たちに義理を通す必要など微塵もありますまい」
よし、旗色が変わってきたぞ。
怒号が溢れていた広場がシーンと静まり返り、誰もが俺とトリスタンに注目し次の言葉を聞き逃さないとしている。
「トリスタン・トリニダート。私はあなたに死んで欲しくはない。ここに集まった王に裏切られた者達全ても。王都に住む領民たちも、全て」
「では、あなた様はどうされるのですか、王子」
「ヴィスコンティ伯にとって私は討つべき相手です。捕えられ処刑されることでしょう」
「生きよと申された王子が、自ら犠牲になると?」
「いいえ。私は姿を消すつもりです」
にこりと微笑み、トリスタンから目線を離し前を向く。
右から左へ視線を動かし、集まった騎士と文官一人一人に目を移す。
俺が演壇に登っていた時に見せた「何故お前が」といった態度はもはや誰からも感じられない。
皆が俺に注目し、俺をまるで君主であるかのように見守っている。
「諸君らにもう一つ願いたい。ヴィスコンティ伯の治世をしかと見て欲しい」
君たちの命も王国の民の命も失われたくない、というのは本心からだ。
だけど、それはヴィスコンティ伯のためではない。
「彼もまた前王と同じく悪政を敷き、領民に苦難を強いるのなら、その時、私は再びここへ登ることを約束しよう。その時が来れば力をかして欲しい。もちろん、伯が目を見張る善政を敷くならば、それはそれでいい。私がここに来ることはないだろう」
そもそもこんな下らない内乱劇で民の命が失われるなど論外だ。
これ以上、国力を減じるわけにはいかない。
もし、ヴィスコンティ伯が賢王と呼ばれるほどの活躍をするなら、それはそれで受け入れる。
その時は元から準備していた「俺が追放された時のプラン」を実行すればいい。
だけど、分かっているか? 見えているか? ヴィスコンティ伯。真の敵が誰かってのを。
この言葉を最後に演壇を降りる。
バラバラと解散していくのかと思いきや、この場から動く者はいなかった。
楔は打った。後は彼らの判断次第だ。
アレッサンドロを連れて広場から立ち去ろうとした時、トリニダートが俺を呼び止める。
「お待ちを。王子」
「先生。使いの者をヴィスコンティ伯に出してくださるよう、どうか」
「お任せを。王子の国を憂う崇高なお考えに感服いたしました! このトリスタン。残された正当な王族である王子にこそ仕えたく」
片膝をつき傅くトリニダートの耳元にそっと顔を寄せ囁く。
「……その時がくれば、お願いします」
「王子……」
「先生。ありがとうございました。先生がワザと前に出てくださったのですよね」
「そこまで私の心を理解されていたのですな。王子には敵いません。不埒にも王子に具申することをお許しくださいますか?」
「先生、遠慮することなんて何もないです。どうぞおっしゃってください」
「稽古をつけさせて頂きましたが、正直……。ですが、何も武器を取るだけが強さではありません。王子にはその頭脳とお人柄という強力な武器がございます。ご自身の身体を憂いておりましたが、何も憂うことなど無いのです。吾輩やそこにいるアレッサンドロがあなた様を御守りすればよいだけのこと」
「ありがとうございます。先生。しばしのお別れです」
すっと顔をあげ、トリニダートから距離を取る。
ペコリとお辞儀をして未だ泣き止まぬアレッサンドロの腕を引き、今度こそ広場を後にした。
◇◇◇
自室に戻り、椅子に腰かけた途端にどっと汗が噴き出てくる。
大丈夫だ。潜伏するところまでは問題ない。その後の逆撃が未知数であるところは仕方ないじゃないか。
伯はどれだけの軍を引き連れているのか不明。伯が王国を乗っ取った後にどのように行動するかも不明。
予測できない事象に対し、必ずうまく行く策などあろうはずもない。
「こんな時は紅茶でも飲めば落ち着くのだろうけど」
生憎ディアナは俺の食事を準備してくれている最中である。すっかり遅くなってしまったけど、遅い昼食をとろうと思って。
いついかなる時も食事を欠かしてはならないことを信条にしているんだ。
腹が減っては戦ができぬ、とね。
俺なら絶対にうまく行く。そう信じて、突き進む。
俺には多くのアドバンテージがあるじゃないか。
追放された時のために地道に準備を行ってきたこと。四人の信頼できる仲間たち。
俺自身にしたって、体が細く華奢だけどこれだって活かすことができる。
凡そ王族らしくない見た目であることはヴィスコンティ伯の知るところではあるが、変装すると絶対に発見されない自信があるんだ。
王都の街中を堂々と歩いてやるさ。
そして、誰にも打ち明けていないけど俺には大きな秘密がある。それは、俺にとって大きなアドバンテージになることは間違いない。
俺には――前世の記憶がある。
日本で社会人二年目の時、事故に遭い気が付いたら第四王子に生まれ変わっていた。
現代知識で易々とチートができるなんて思ってはいない。日本での記憶の一番のメリットは何だと思う?
それは、価値観の違いだ。
俺はミレニア王国の王族である常識、価値観と日本人だった頃の考え方を併せ持つ。
この点が他の王族やヴィスコンティ伯には思いもつかない動きを行わせる原動力となる。
コツコツ。
カラスが窓を嘴で叩く。
「九曜。戻ったか」
「……了」
音も立てず天井からすとんと降りてきた九曜が、片膝をつき頭を下げた。
「外の状況を聞かせてくれ。軍は迫ってきているのか、規模は、位置は」
「……是……」
さてと。ヴィスコンティ伯は後何日でここまで到達する?
九曜の戻ってきた時間を鑑みるに、トリニダートが使者を出す時間は残されていると推測できるが……。
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