第29話:引っ越し
翌日、迷宮の十階まで魔法陣で移動し、今回はしっかり地図を買って十四階まではサクっと進んだ。
水場まで行くと、昨日より若干水の色が済んでいるように見える。
「おーい、マッシュマン。好きなだけ庭いじり出来る場所作ったぞぉ」
『うぽぽ? うっぽぉー♪』
穴の向こうでマッシュマンの嬉しそうな声がした。
ルーシェに水を凍結して貰い、穴の向こうに移動してからマスターキーを差すための壁を探す。
「どこでもいいのかな?」
「他の冒険者に見つかる訳じゃないし、いいんじゃないかしら?」
「鍵を挿す場所は上書きできるにゃから、ここが気に入らないなら別にまた挿し直せばいいにゃよ」
「それもそうだな。よし、じゃあこの辺の壁に」
鍵穴なんてどこにもない土の壁に向かって、黒いマスターキーを向ける。
特に何も起きないけれど、鍵が壁に触れた瞬間に光った。
一本の光る線が、壁に扉の絵を描いて行く。長方形のではなく、アーチ状のそれが線で繋がると、とたんに色が生まれて鉄か、それとも銀のような扉が出現した。
「はぁ……本当に扉だ」
「この奥があのダンジョンに繋がっているのね」
『うぽ!?』
扉を押すと、ギギギギギとゆっくり開いた。
薄暗いダンジョンから、青空の広がるダンジョンへと続く扉。
こっちもダンジョン。
あっちもダンジョン。
ただしあっちはフィールドタイプなので、一見すれば突然外の世界に繋がったようにも見える。
「マッシュマン。今はまだ何もないが、お前の希望を聞きつつ、出来る限り住みやすい庭を作ってやるよ」
『うっぽぽぽぽぽぉ~!』
高さ140センチほどもある巨大キノコが扉を潜って駆け出す。
まぁ駆けるというか、びよんびよん跳ねる?
その後を追って俺たちも生成ダンジョンへと移動。
すぐに「おかえりなさいませー」とトーカが現れる。
「トーカ。この扉は閉めていいのか?」
「はいー。閉めなければあちらと繋がったままですよぉ」
まぁ十四階で見る冒険者は皆無だったけれど、突然誰かに侵入されたくはない。モンスターが入って来る可能性もあるしな。
扉を閉じはしたけれど、そこに残ったままだ。
なんていうか、狸型ロボットのあの扉みたいにちょこんとあるんだよね。
もちろん、後ろに回り込んでも何もない。
「扉?」
「はい。マスターキーを使用しますと、こちら側には扉が形として残りますぅ。この扉、任意の場所に動かせますので、移動させたいときは仰ってくださいねぇ」
「ん。扉の上に文字みたいなのが見えるけれど……」
「どこに繋がっているのかが書かれていますぅ。あれ? マスターはこちらの世界の文字が?」
読めない。
うぅん。これは近いうちに文字の読み書きを習ったほうがいいなぁ。
『うぽぽ』
「ここか? トーカ」
「はーい、どーん!」
どーんの声に合わせてよく分からない木がどーんっと出現する。
「同じ木なのに、形が微妙に違ってるんだな」
「はいー。その方がより自然に見えますからぁ。まぁぶっちゃけるとぉ、一種類で20パターンの形がありましてぇ、それが順番に出てくるだけなんですよぉ」
だから並べ方によっては、まったく同じ形のものが揃ってしまうことも。
それを聞いてマッシュマンが少し考えてから、うぽうぽと木の配置を指示する。
「マッシュマンは木の種類とかも、全部把握しているのか?」
『うぽぽ』
まるで『違う』と言うように頭というか、体全体を捻るようにして振った。
「じゃあどういう基準で選んでいるんだろうな?」
「先ほどマッシュマンさんに、どういう木がいいのか聞いておきましですぅ。そこから私が候補を上げて、あとは彼に木の詳細をお話してぇ──」
「え、ちょい待って。彼って……彼なのか?」
つまりこのマッシュマンは男……いや雄というべき?
そう尋ねるとマッシュマンが上下に揺れた。頷いたってことでいいのかな。
「そうか。マンっていうぐらいだもんな。トーカ、ポイントは大丈夫か?」
「そうですねぇ。もう少し欲しいかなーと思いますぅ。スライム、出しますかぁ?」
「ああ、頼むよ」
「はーい。ではではぁ~、えいっ」
「"轟け、空の雷よ──
え……スライムが一瞬見えたかどうかのタイミングで消滅した。
ルーシェの魔法だ。
振り返ると、何故か怒っている風な彼女が立っていた。
「ルーシェ? わ、わざわざ魔法を使わなくても、スライムなら足で潰せるし」
「私の魔法なら全部まとめて一撃だもの!」
「う、うん。そうだね。でも君のレベルが下がるし……」
「気にしないでタクミ。あとで……たくさん、吸わせてね」
上目使いにそういう彼女は、次にトーカを睨んで「次、出しなさいよ」という。
で、トーカも頬を膨らませて「邪魔するなですしぃー」と。
火花散る二人。
その間にマッシュマンが困ったように体をぷるぷる震えさせていた。
ほんと、仲良くしようよ。頼むからさぁ。
「トーカ、追加……頼むよ」
「うぅ。マスターにお願いされたならぁ、仕方ないですけどぉ。えい!」
「"轟け、空の雷よ──
「ああぁあぁぁっ。くっ、こうなったら!! えいっ、えいっ、えいっ!!」
トーカが「えい」というたびにスライムが十匹出てくるけど瞬殺され、間髪入れず追加を出しては瞬殺され。
「あの……おい……もういいんじゃないか? ねぇ。スキルレベル300超えてんだけど、ねぇーっ!」
「ぜはぁーっ、ぜはぁーっ。や、やるですね」
「はぁ、はぁ。あんたもね」
「まだまだ行くですぅ!」
トーカが追加のスライムを召喚しようとして、けれどルーシェは膝をついた。
「くっ。もう無理。これ以上は私のレベルがぁ~」
「おーっほほほほほほほ。勝ちですぅ~。トーカの勝ちですぅ~」
……俺のベースレベル1だから、ルーシェに渡すことも出来ないし。
ま、経験値設定をいじって──ベース100%にしてっと。
「トーカ、追加」
「え? あ、はい? えぃ」
召喚されたスライムを蹴って、踏んで、蹴って撃退。これでレベル11っと。
「ルーシェ。レベル10吸っていいよ」
「え……あ、ありがとう」
「あっ。あっ。また如何わしいことするですねぇ」
「「如何わしくない!」」
その後、スライムチャレンジ十回やって、合計レベル100をルーシェに渡した。
もちろん、その間トーカがぶつぶつ文句言っていたけれど。
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