第26話:かわいい
「"全てを凍てつかせる氷の吐息──
ルーシェが毒川に向かって魔法を放つ。
俺の読み通り、濁った小川は凍り付いて歩けるようになった。
「魔法だから長くは続かないわ。さっさと潜りましょう」
「ミト。歩けるからお前も来い」
「うにゃあぁぁぁ」
嫌そうに返事をするミトは、俺の背中によじ登ってスタンバイする。
はぁ、仕方ない。さっさと潜ってしまおう。
ちょっと滑る氷の上を慎重に、だけど急いで穴を潜る。
後ろからルーシェも続き、なんとか穴の向こう側へと到着した。
「なんか穴のこっち側だけ、湿気が多いな」
「そうね。それにちょっと、暑くない?」
「うぅん、確かに暑いなぁ」
まるで植物園とかにある、熱帯雨林コーナーみたいな感じだ。むっとして息苦しさも感じる。
足元はぬかるんでいるし、草だらけだし。
「おいら、ここでは絶対下りないにゃ」
「分かった分かった」
肩の上から下りようとしないミトが、必死に俺の頭にしがみつく。もふもふ。
「先に薬草を摘んでしまおう。毒の原因究明はそのあとで」
「そうね。依頼のあった薬草以外のものも自生していそうだわ」
本当にここはダンジョンですか?
と言いたくなるほど、草だらけだここは。
あっちにもこっちにも。
頭の上のミトが、どれが薬草でどれが毒草なのか、あとただの雑草なんかもあっていろいろ教えてくれる。
「それはダメにゃ。げーげーする毒の草にゃ」
「げーげー……吐くってことか」
「うにゃ。あ、それもげーげー。そっちもげーげー。こっちも」
ひと際緑の深い草は、ほとんどと言っていいほど毒草ってことか。
その草の周りは苔むしていて、ぬかるんだ地面を覆っている。
ん?
もしかして……。
「ミト、この毒草の周りに生えてる苔って」
「食べるとぽんぽん痛くなるにゃよ。げーげーするにゃよ。眩暈も起こすにゃから、絶対食べるなにゃ。これはモンスターにも効いてしまう、悪い苔にゃ」
「その苔が、あの飲み水になるはずの川の中にも生えているんですけど?」
水が緑色に濁っていたのは、この苔が混ざっていたから。
そこかしこ苔だらけで、LEDでライトアップしたら庭園っぽくて綺麗かもしれない。
ただし毒苔。
「毒草も随分多いようだし、これのせいなのは間違いなさそうね。でもそうなると……」
「毒草と苔を毟ってしまわないと、改善されない……とか?」
ルーシェと二人、苔むした地面を見て顔を引き攣らせる。
毒草……だけならまだいい。でも苔を毟るって難しくないか?
こんなに……こんなに?
なんかここ……。
改めて立ち上がって見てみると、本当に庭園のようだ。まるで誰かが手入れしているかのようで、それがダンジョン内だから違和感がある。
「まさか……誰かが手入れしているのか、ここって?」
「え? そんなはずないわ……よね?」
ひた、ひたと足音が聞こえてくる。
この毒苔庭園をいったい誰が手入れしているのか。
それを知るために俺たちは少し離れた通路に身を隠して見張ることにした。
途中で一度腹を空かせて食事を摂り、それからまたじっと毒苔庭園を見つめて待つこと数時間。
ついに犯人が現れるか!?
息をひそめ待っていると、巨大なキノコが現れた。
え?
隣のルーシェを見ると、彼女も同じように「え?」という顔をしている。
「マッシュマンにゃぁ。にゃるほどぉ、マッシュマンはモンスター界の庭師と言われているにゃけど、あいつがここに住み着いたにゃねぇ」
──マンというだけあって、エリンギのような姿にぽてっとした手足をくっつけた感じだ。
「じゃあ、あいつがこの毒苔庭園を?」
「そうにゃ~。ほにゃ、おいらたちが踏んだ部分に、新しく苔を生やしているにゃ~」
でもお前、俺から一度も下りなかったし、踏んだの俺とルーシェだから。
そんなことを思いながら茸を見ていると、なるほど、足跡の出来た部分の土を平らにし、何やら緑色の怪しい粉を蒔いているのが見える。
こまか!
なんでそんな細かい仕事しているんだよ。
「あれ倒せば終わるのかな? 苔とか放置していいものか」
「世話をする人が……ううん、茸がいなくなれば自然と枯れるだろうし、たぶん」
「まぁ念のため、表面を燃やしてみるとか?」
「あぁ、それはいいわね。私の魔法で表面だけでも燃やしてしまえば、枯れるのも早くなるだろうし」
あとはギルドに報告して、どうするかは向こうで考えて貰えばいい。
とにかく茸だ。あの苔世話茸を倒してしまおう。
「やい茸! 悪いが死んでくれっ」
あ、なんか今俺、悪者みたいなセリフ言っちゃったな。
「マッシュマンは火が苦手だから、私が焼き払うわ」
そう言ってルーシェが呪文を詠唱する。
すると茸はびくっとして、ピューっと岩の後ろに隠れてしまった。
それからチラっと頭を出して……泣き始める。
え、お前の目、どこあんの?
なんで涙だけ流れてるの?
謎過ぎる。というかシュールすぎる。
「や、やだ……ちょっと……かわいい」
「え?」
「にゃ?」
振り返ると、頬を赤らめたルーシェの姿があった。
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