第5話:アンデッド?

「え……じゃああんたって、今は死んでるってこと?」

「そ、そうなるのかな?」


 確かに溺死してるし、異世界転移したけど死んで転移な訳で。


「つまりアンデッドなの!?」

「ア、アンデッド!?」


 アンデット。腐敗した死体が白骨死体、はては魂だったりが、なんらかの魔法的要因で蘇って、生者を襲うモンスターのことだよな?

 え、俺ってアンデッドモンスターなの?


 う、嘘だ……俺、やっぱり死んで……。


「ま、待って。アンデッドか生きているのか、か、確認する方法はあるわよ」

「え」


 彼女──ルーシェは人差し指を立て、真剣な眼差しで俺を見た。


「心臓が動いていれば、生きてるってことよ」


 そ、その通りだ。心臓が動いていれば、俺、生きてるってことだよ。

 だけど聴診器はないし、胸に手を置いても微妙に分からない。

 どうすりゃいいんだ?


 ふと面を上げると、ルーシェがこちらをじっと見つめていた。で、目が合うと、慌てて視線を逸らされる。


「わ、分かってるわよ。わ、私があんたの胸に直接耳を当てて、確かめるわよ」

「あ、うん。お願いします」


 こちらへやって来た彼女は俺の隣で膝をつくと、そのまま胸に顔をうずめるようにして耳を当てた。

 

「ど、どう?」

「しっ。黙って」


 う……聞こえづらい? いや、聞こえないのか?

 俺、死んだまま異世界転移してきたってこと?


「あ」


 彼女が小さな声を上げた。

 俺の胸元で、ふふっと笑うのが聞こえる。


 ゆっくりと顔を話したルーシェは、俺を見て柔らかい笑みを浮かべた。


「大丈夫よ。心臓の音、ちゃんと聞こえたわ」

「ほ、本当!? じゃあ俺、アンデッドでもなければちゃんと生き返ってて、それから転移されたってことでOK?」

「きゃっ」

「あっ、ご、ごめん」


 嬉しくて、思わず彼女の肩をガッツリ掴んでしまった。

 その手をすぐに離すと、彼女の方はそのまま俺の膝の上に座ったまま動こうとしない。


 女の子が……俺の膝の上に……。

 そう言えば彼女、


 海の香りがする……。


 って、さっきまで海で漂流していたんだから当たり前か。


「あ、せっかく乾いた服に着替えたのに、濡れないかい?」

「そ、そうだったわね。と、とにかく生きてて良かったわ。アンデッドだと、いつか自我をなくしてしまってモンスター化したかもしれないし」

「はは。さすがに死んだまま異世界に転移とか、神様だってやらないよね」


 ノリの軽い神様ではあったけど、悪い人じゃないんだろうなぁってのは伝わっていたし。


 ルーシェは膝の上から離れると、焚火を挟んだ向こう側へと移動した。

 早く服を乾かしたい。もう少し火に近づいて温まろう。


「ねぇ。どうして転移だったの? 普通に考えると、死んだ魂は次の生に転生するんじゃ?」

「あー、それね……。死後の世界も人口過多で、転生の順番待ちが発生しているんだってさ」

「じゅ、順番待ち……」

「神様も大変なんだよ、きっと」


 地球の人口80億だもんなぁ。一日に転生させられる上限がきっとあるんだろう。そうなると順番待ちが出来ても仕方がない。


「だけど神様も意地悪ね。いきなりダンジョンに転移させるなんて」

「……それは神様のせいじゃないんだ。俺と同じく溺死した奴が……」


 転移の座標を設定している間に、その装置を触って、しかもその時に突き飛ばされた俺が転移ボタンを押してしまったのだから。

 そのことを話すと、ルーシェは俺に同情し、同時に元凶の男に対して腹を立てた。


「なにそいつ! じゃあその男もダンジョンにいるの? だったら私がぶっ飛ばして──」

「いや、いないんだ。ボタンに触れた人間しか転移しないみたいでさ。たぶん残りの二人はちゃんとした座標に転移しているだろう」

「なによそれぇ。神様は助けに来てくれなかったの? 信じらんないわ」


 まぁ大変だったけど、なんとか地上に脱出は出来たしなぁ。

 ただ……


 脱出はしたものの、ここは絶海の孤島だ。

 人が暮らす島か大陸にたどり着いてからが、本当に「助かった」と言えるんだろうなぁ。


「ルーシェは何故あんな小さなボートに?」


 まさか彼女まで絶海の孤島から来たなんてことはないだろう。


「私が乗っていた船が、嵐で沈没してしまったのよ」

「じゃあ人の住む場所から来たってことだよな?」


 こくりと頷いた彼女は、自分が大陸から別の大陸に船に乗って移動していたのだと話してくれた。

 

「五日の航海の予定だったわ。それが二日目の夜に嵐になって……」

「嵐にあった場所の近くに、島とかは?」

「ないわ。目的地の大陸近くになら、島国もあったけれど。でも、海図なんてこんな小さな島までは記載されないから、正直なところここがどこなのかさっぱりよ」

「嵐が止んで明るくなれば、もしかして何か見えるかもしれないな」

「そうね……それを待つしかないわね」


 二人で階段の上を見上げたが、未だに風がゴーゴーと音を立てているのが聞こえる。

 

 天候が良くなったとして、周りに何も見えなかったときはどうするかなぁ。


「ねぇ、あんたってダンジョンの何階に転移させられてたの?」

「え、あぁ……階段三つ上って地上だったし、地下三階かな?」

「下の階はまだありそうなの?」

「んー……あまりうろうろしてないんだよな。階段を見つけたらすぐ上ったし」


 地下三階より下があるのかは分からない。たまたま上り階段を見つけただけだしな。

 彼女、ダンジョンに興味があるのだろうか?


 急に階段を下りて行ったルーシェは、その脇の地面に視線を落とした。


「転送魔法陣が無いわね……このダンジョン、まだ誰も攻略したことがないんだわ」

「え、どうしてそんなことが分かるんだい?」


 俺も階段を下りて彼女の横に並ぶ。するとルーシェは地面を指差した。


「誰かが最下層のネームドモンスターを倒すと、ダンジョンの地下一階のこの位置に魔法陣が出てくるのよ。魔法陣ってわかる?」

「あぁ。文字や模様の描かれた円だろ? 魔法関係の」

「えぇ、そうよ。魔法陣である程度の階層まで、転送して貰えるんだけど……」


 魔法陣がないということは、少なくとも最下層のネームドモンスターは誰も倒していない──ということらしい。


 まだ誰もクリアしていないダンジョン。

 それは俺の冒険心をくすぐるのに、十分な言葉だった。

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