第66話・マニス殿下はもう終わったわね


「おふたりにお伺い致しましょう。わたくしを殺害しようとしたのはなぜですか?」

「わたしはあなたを殺すだなんて、そんな怖いことしないわ」

「そうでしょうね。手を汚さなくとも唆したのではありませんか? お義姉さま」


 シャルロッテは追及の手を止めなかった。


「アロアナがそんな事するわけないだろう。失礼だぞ。シャルロッテ」


 殿下は偽アロアナに惑わされてでもいるのかしら? シャルの言っていることを聞こうともしないけれど。


「殿下。あなたはわたくしに言いましたよね? おまえが生きていると邪魔なんだと。ハートフォード家の令嬢は彼女一人でいい。と。その意味が分かりませんでしたわ。いくら恋敵であるアロアナさまを我が家に父が勝手に迎えいれようとも、わたくしの存在まで消す必要はないと思っていましたから、でも気がつきましたのよ。これは明らかにハートフォード家を乗っ取るおつもりなのだと」

「シャルロット。難癖つける気か?」

「申し訳ありません。でも、自分を殺そうとした相手に礼儀を尽くすことはありませんよね? しかも許婚がいるのに他の女性と関係を結ぶだなんて他の者への示しがつかないのでは?」

「なんだ? 慰謝料が欲しいのか? 厚かましいやつだな。皆の前で吼えまくって。たかが浮気だろうに。それにおまえに魅力がないから、他の女へ靡いたとは考えられないのか?」

「気が短くなられましたね。マニス殿下。お話は最後まで聞くものですわ。そこのアロアナさまの素性は分かっておりましてよ」


 あくまでもマニス殿下は、元許婚のシャルが自分に嫉妬してこの騒ぎを起こしたのだと周囲に思わせたいみたい。でもそう上手く行くかしら? 


「彼女は、あなたさまが訪れた遊学先のヌッティア国のアロアナ王女殿下。いや、いまは元というべきでしょうか? 父王を怒らせて国外追放の上、王籍剥奪で身分を平民に落とされてしまった哀れなお姫さま。そのような御方がわたくしの義姉上さまになるとは思いませんでしたわ」

「なんだと? 姫は平民? そんなのは聞いていないぞ。マニス。誠か? カウイ?」


 平民となった御方がわたくしの義姉となるとはね、と、当てこすったシャルに対し、陛下はいきり立った。元宰相のカウイに訊ねていた。もしかしたら陛下は殿下の連れて来た女性の身元をご存知ではない?


「カウイ。報告せよ」

「これってどういうことだ?」


 ナツがシャルに小声で何か聞いていたから耳を澄ますと、ふたりの話のやり取りが聞こえてきた。こんな時、猫であって良かったと思うわ。聴覚は人間より優れているから話の内容が拾いやすいもの。

 どうやらナツは、カウイさまと陛下は仲が悪いと思い込んでいたみたい。カウイさまは孫娘の婚約破棄の件で宰相職を退くことになったんだから、陛下には疎まれているんじゃないかと、思っていたらしく、陛下がカウイさまをあてにしているのが変に思えたらしかった。


「先ほどお爺さまからわたくしも聞いたばかりですが」と、シャルがごにょごにょ言っていた。彼女に寄ると、今まで陛下はマニス殿下の言い分を聞きながらも、わたしの偽者になんとなく怪しいものを感じて、宰相職を退いたシャルの爺さんに「暇しているなんてつまらないだろう? マニス王子の連れて来た女の素性をさぐれ」と、命じていたらしい。なるほど。やるわね、カウイさま。

目の前ではカウイさまが淡々と報告していた。


「……事の次第を調査していくうちに分かった事がございます。ヌッテイア国のアロアナ姫は勇者ナツヒコの許婚であったと。しかも、遊学中のマニス殿下に迫られて婚前交渉の上に妊娠。ヌッティア国王にそれがばれて国外追放、王籍剥奪となったもようです」


 静まり返ったこの場にカウイ元宰相の声が浸透していく。そのことで嫌でも皆に王子が仕出かしたことが重く響き渡った。周囲の貴族達は「婚約者がいるのに婚前交渉って」と、眉を顰めている。


 特権階級者は政略結婚ありきだけど、そこには暗黙のルールが存在する。許婚がいるものに言い寄るような態度は好ましくないとされ、しかも婚前交渉なんてもってのほか。ただ、婚約者同士との間では妊娠しないようにいちゃつくぶんには問題ない。

 それをふたりは堂々とやってのけた。王族であるなら尚更、特権階級者のお手本となるような行動を求められるのに馬鹿ですの。あの二人は救いようがありませんわね。特にわたしの偽者が仕出かした事は、わたしがやったように思われるので許せないけど。


「マニス殿下は、自分の仕出かした事で王籍を失った姫を連れ帰るにあたって、陛下の怒りを恐れ、我が婿にアロアナ姫を養女に迎え入れてくれないかと交渉したそうです。そして宰相職をくれてやると」

「それは本当なのか? ラーデス」


 カウイさまがシャルの父である現宰相を見た。陛下の問いにラーデスと呼ばれた宰相は頷いた。カウイさまと婿である宰相は仲が悪そうなことをさっきの貴族連中は言っていたけど、噂って当てにならないものね。

 よく考えたらカウイさまほどの人が、いくら優秀でも自分を追い詰めるような男を婿にするわけないわよね。もしかしたら今までのことは周囲を欺く芝居だったのかも。


「本当にございます。証拠ならこの魔法石でその時の会話を録音しております」


 と、ラーデスはカフスボタンを外して掌に乗せ押した。カフスボタンが録音機能を持たせた魔石になっているだなんて凄いわ。

 ラーデスが手を翳すと、この場にマニス殿下の発言が飛び出した。


『……おまえだってシャルロッテがいなくなれば、後継者に恵まれず困るだろう? なんなら宰相の職をくれてやってもいい。簡単なことだ。このアロアナをおまえの養女に迎えれば良い事だ。いい返事を頼むよ』


「嘘だ。そんなことを私は言っていない。でっちあげだ」


 マニス殿下が否定するが、どう聞いてもこの声は殿下のものに間違いなく、この場の誰もが殿下を冷めた目で見ていた。マニス殿下はもう終わったわね。


「マニス。おまえにはガッカリした。シャルロッテ嬢を貶めて、ハートフォード家の乗っ取りを企んでいたとはな。ハートフォード家の役割を知らなかったわけではあるまいに。これを捕らえよ。牢へ入れておけ」

「はっ」

「離せっ。父上、話を聞いてください。これは何かの誤解なのです。どうか、お願いです」


 速やかに殿下は近衛兵に連行されて、会場から退場させられた。偽のわたしにも近衛兵が近付き拘束した。

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