第44話・異変


「わっ、わっ、わー。なんだこれぇ」


 ナツの姿をベッドの上に認めて、わたしの心は弾んだ。勢いあまってナツの顔に飛びつく形となった。お帰りなさい。ナツ! 会いたかった。


「ニャアアアン。ニャー」

「な、なんだ? おまえ。どっから来た?」


 当然だけど、わたしの声は鳴き声にしかならなかった。ナツはそのわたしを顔から引き剥がして、じろじろと見てくる。


「人懐こいやつだな。転移に巻き込まれたのか?」

「ニャ~ン」


 ナツと話したいのに猫の姿ではままならない。不便だ。ナツ、ナツ、わたしね、あなたの帰りを待っていたのよ。無事で良かった。その想いが感極まって気がついたらナツの顔中、嘗め回していた。


「なんだよぉ。くすぐったいな」


 そう言いながらもナツが嫌がってないのは声の調子で分かった。


「可愛いな。おまえ」


 キャー、可愛いだって。ナツに言われた。嬉しい。

付き合っていた時にそんなこと言われた事もないのに。ナツが魔王討伐の旅に出る前に自分の気持ちに気がついて「あなたが好きです」って言ったら「俺も」とは言われたけど、わたし達の仲は特別進展することもなく、ナツは礼儀正しいのか一線引かれた態度を取られていて物足りなく思っていたのだもの。


 せいぜい手を繋ぐくらいで、キスと言えば頬か額。わたしもう二十歳なのにね。この国では十六歳から十八歳の間に結婚するのは当たり前。わたしは身のうちに聖なる力を秘めている事と、魔王に目を付けられた事で誰からも求婚されなかったので行きおくれの部類にはいる。だけど、皆、わたしの姫の立場を慮って表立ってそれを非難する人はいなかったけれど、そのおかげでわたしは想う人との婚約を認められて有頂天になっていた。それがいけなかったのかな?

 猫になってしまうだなんて、考えもしなかった。



 異変を感じたのは王城に迷い込んだ猫を飼い始めた頃。猫を飼うきっかけは遊学に来ていたサーザン国の王子が、猫に危害を加えようとしていたのを見咎めてのことだった。

 王子は自分の前ではいつも優しかったし、まさかそんな一面があるとは思わなかった。王子には好意を寄せられてはいたけど、なんとなく皆が言うほど良い人には思えなくて避けていた。その王子はどんどん積極的に言い寄ってきて、女官達の前で「愛しい人」と呼び、「昨晩は時間を忘れるぐらい愛し合ったというのにつれない人だ」と、嘘を言い出す始末。


 王子には虚言癖でもあるのではと思っていると、ある晩、寝付かれずに夜中に目が覚めると、愛猫のナツが廊下に出ていくのを目撃した。


「ナツ……?」


 後を追いかけて廊下に出ると、ナツはある部屋の前に向かい、中へと入っていく。そこは王子に宛がわれている客間。あの王子のもとへナツが? また危害を加えられたら危ないとドアに近付くと、その隙間からぎしぎしとソファーが軋む音と男女の声が漏れてきた。


「あ、あ……ん」

「感じているのかい?」


 部屋の中では王子が誰か女性といるのは明らかだった。こういう事に遅れている自分でもさすがに分かる。なかで何が行われているのかは。時間も時間だし、ナツのことはまた明日にでも伺いましょう。と、ドアから離れようとしたら、ソファーの上で王子と抱きあっていた女性と目が合った。


(うそ……、わたし? どうして?)


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