第35話・呆れた殿下
「申し訳ありません。でも、自分を殺そうとした相手に礼儀を尽くすことはありませんよね? しかも許婚がいるのに他の女性と関係を結ぶだなんて他の者への示しがつかないのでは?」
「なんだ? 慰謝料が欲しいのか? 厚かましいやつだな。皆の前で吼えまくって。たかが浮気だろうに。それにおまえに魅力がないから、他の女へ靡いたとは考えられないのか?」
「気が短くなられましたね。マニス殿下。お話は最後まで聞くものですわ。そこのアロアナさまの素性は分かっておりましてよ」
あくまでもマニス殿下は、元許婚のシャルが自分に嫉妬してこの騒ぎを起こしたのだと周囲に思わせたいようだった。アロアナの素性を隠しておきたいマニス殿下にシャルは噛み付く。
「彼女は、あなたさまが訪れた遊学先のヌッティア国のアロアナ王女殿下。いや、いまは元というべきでしょうか? 父王を怒らせて国外追放の上、王籍剥奪で身分を平民に落とされてしまった哀れなお姫さま。そのような御方がわたくしの義姉上さまになるとは思いませんでしたわ」
「なんだと? 姫は平民? そんなのは聞いていないぞ。マニス。誠か? カウイ?」
平民となった御方がわたくしの義姉となるとはね、と、当てこすったシャルに対し、王さまはいきり立った。元宰相のカウイに訊ねる。
「カウイ。報告せよ」
「これってどういうことだ?」
俺はシャルに小声で聞いた。シャルの爺さんはシャルの婚約破棄の件で宰相職を退くことになったんだから、陛下には疎まれているんじゃないのかと、思っていたけど実際ではそうでもなさそうだ。陛下はシャルの爺さんをあてにしているように見えた。
「先ほどお爺さまからわたくしも聞いたばかりですが」と、言いながらシャルが教えてくれたところによると、今まで陛下はマニス殿下の言い分を聞きながらもアロアナ王女の態度になんとなく怪しいものを感じて、宰相職を退いたシャルの爺さんに「暇しているなんてつまらないだろう? マニス王子の連れて来た女の素性をさぐれ」と、命じていたらしい。
目の前ではシャルの爺さんが淡々と報告していた。
「……事の次第を調査していくうちに分かった事がございます。ヌッテイア国のアロアナ姫は勇者ナツヒコの許婚であったと。しかも、遊学中のマニス殿下に迫られて婚前交渉の上に妊娠。ヌッティア国王にそれがばれて国外追放、王籍剥奪となったもようです」
静まり返ったこの場にカウイ元宰相の声が浸透していく。そのことで嫌でも皆に王子が仕出かしたことが重く響き渡った。周囲の貴族達は「婚約者がいるのに婚前交渉って」と、眉を顰めている。
特権階級者は政略結婚ありきだが、そこにはルールが存在する。許婚がいるものに言い寄るような態度は好ましくないとされ、しかも婚前交渉なんてもってのほかだ。ただ、妊娠しないようにすればばれなくも無い。
それをふたりは堂々とやってのけた。王族であるなら尚更、特権階級者のお手本となるような行動を求められるだろうに。馬鹿だよなぁ。同情の余地無し。
「マニス殿下は、自分の仕出かした事で王籍を失った姫を連れ帰るにあたって、陛下の怒りを恐れ、我が婿にアロアナ姫を養女に迎え入れてくれないかと交渉したそうです。そして宰相職をくれてやると」
「それは本当なのか? ラーデス」
「本当にございます。証拠ならこの魔法石でその時の会話を録音しております」
と、ラーデスと呼ばれた現宰相で、シャルの親父さんがカフスボタンを外して掌に乗せ押した。カフスボタンが録音機能を持たせた魔石になっているだなんて凄いな。あれ、俺も欲しいかも。あれ? シャルの親父さんもこっちの味方?
ラーデスが手を翳すと、この場にマニス殿下の発言が飛び出した。
『……おまえだってシャルロッテがいなくなれば、後継者に恵まれず困るだろう? なんなら宰相の職をくれてやってもいい。簡単なことだ。このアロアナをおまえの養女に迎えれば良い事だ。いい返事を頼むよ』
「嘘だ。そんなことを私は言っていない。でっちあげだ」
マニス殿下が否定するが、どう聞いてもこの声は殿下のものに違いない。この場の誰もが殿下を冷めた目で見ていた。
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