第12話・こんな時どうしたらいいのやら


「きみとどこかで会ったかな? 初めて会ったような気がしない。きみ幾つ?」

「奇遇ですね。わたくしもそんな気がしていました。あなたに似たような人を知っているような気がします。わたくしは十六歳です」

「ニャー、ニャア」

「なんだ。チョコ。自分も話に加わりたいのか?」


 足元にチョコがじゃれ付いてきたので抱き上げると、シャルロッテがほほ笑む。俺より十二歳年下の彼女は、育ちが良いせいか落ち着いて見えた。


「仲が良いのですね? ナツヒコさまとチョコちゃんは。ナツヒコさまはいつからここにお住まいなのですか?」

「住み始めて実はそんなに日は経っていないんだ。このチョコとも知り合ったばかりだし」

「そんな感じしませんね。チョコちゃんとは長いこと共にしているような雰囲気が感じられましたもの」


 羨ましいです。と、シャルロッテは目を細めた。素直そうな彼女が、このような場所まで流れ着いた物騒な理由が気になった。


「ねぇ、きみはさ、さっき許婚に桟橋から突き落とされたと言っていたけど、どうしてそんな酷い目に?」

「婚約破棄されたんです。許婚が遊学先で運命の女性と出会ったとかで。しかもその女性を国に連れ帰って来たので、わたくしが邪魔になったのですわ」


 なんか聞いたような話だ。シャルロッテは悲しそうな顔をしていた。深く落胆した様子にそのクズ男への想いが透けて見えるようだった。


(こんなに可愛い子を振るだなんて)


 その許婚は屑だな。目が腐っているんじゃないか? しかもその先に続いた彼女の言葉には絶句した。


「父はその許婚となにやら取り引きをしたようで、許婚が連れ帰った女性を養女に迎え入れる事にしたようです」

「きみの恋敵が姉妹となるのか。それは酷い。きみの親父さんは何を考えているんだ? でもきみの祖父は宰相なのだろう? そのお祖父さんから断ってもらうことは出来ないのか?」

「無理だと思います。相手はお爺さまより各上の御方ですから。逆らえませんもの」


 シャルロッテの目が潤み始める。


「でも……、あの御方はとても優しかったんです。わたくし達は幼い時からずっと一緒にいて仲良くしてきました。あのお方との将来を望んでいました。それなのに帰国してから別人のように変わってしまった……」


 シャルロッテは顔を両手で包み込んだ。さめざめと泣く彼女に、融通のきかない俺は、何一つ慰めの言葉が思い当たらなかった。こうして見ていると大人びて見える彼女はまだ十六歳なのだと思う。許婚を幼い時から慕っていたのだろう。許婚は、宰相である祖父よりも各上の相手だと彼女は言った。そうなると相手は限られてくる。宰相よりも上の者と言えば、王族なのかもしれなかった。


 その相手に振られた彼女の心の傷は深そうだ。俺には気の利いた慰めの言葉ひとつかけられなかった。


(こんな時、どうしたらいいんだろうな?)


 腕の中のチョコと目が合うと、俺の心を読んだように愛猫が腕の中から飛び出した。


「チョ……コ?」


 チョコは静かに泣くシャルロッテに近付いて行く。小さな背がベッドの上に乗りあがるのを見届けてから俺は黙ってドアを閉めた。

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