第2話・寝取られ勇者になりました
そのおかげで自分達は、手を繋ぐくらいの拙い交際だったのだ。特権階級の女性たちは結婚するまで処女とされるのが当たり前だと、聞かされていたこともあり、そのことを教えてくれた宰相には「姫さまには、結婚するまでは手を出すなよ」と、釘をさされてもいた。
ご馳走を前にしてキツイお預け状態の日が続く。でもそのうち仲間達と魔王討伐に向かうことになり、姫への邪な思いを抱えて悶々としていた日々からは解放されることとなり、万年童貞である俺はホッとした。
ところが出立の際、姫からとんでもない餞の言葉をもらっちゃったりする。
『魔王を倒して無事に帰ってきて。そしたらわたしを……あ・げ・る』
この言葉は効いた~。耳元で照れくさそうに囁かれた声は、蕩けるほど甘いものだった。その甘さに脳内をやられた。姫と合体? いや、それは駄目だろうと、欲望(悪魔)と理性(天使)がせめぎ合う。
今すぐにでもベッドへ。と、行きたくなったが、姫の後ろに控えていた狐顔した宰相が渋面を作り「はよ行けや」と、顎をしゃくってみせたものだから「ヘイ、ヘイ。分かりましたよ」と、後ろ髪引かれる思いで王城を後にしたのだ。
その後の活躍はご想像の通りだ。なんとしてでも姫と最後の一線を越えたい一心で、死に物狂いで戦い続けてきた。何度か危機には陥りつつも、「ファイト!一発っ」の気合で乗り切った。そしてようやく魔王を討ち果たしたのだ。
王都の人々に歓喜の声で出迎えられ、意気揚々と両手を振って王城に帰って来たというのに……。
(寝取られかよ。チクショー)
姫の前で紳士ぶってお預けを食っただなんて、割りに合わないじゃないか。くそっ、誰だ。姫を孕ませたやつ。孕むまで何回やってたんだ? 超羨まし~。
これで晴れて童貞卒業だと思ったのに。と、膝をつけば、落ち込む俺に向かって、ファラルとガイムは、ポンポンっと肩を叩いて慰めてきた。
「「どんまい。リーダー」」
地味に痛い。ってか、失恋した心にさらに沁みるわ。ファラルとガイムは加減なく叩いてくる。お前らさては馬鹿にしてるだろう? 笑いたかったら笑え。二十八歳でいまだ童貞。悪かったな。童貞ってことでお前らに何か迷惑をかけたかよ?
悔しさで目の前が真っ赤になりそうになっていると、脇で冷たい声が響いていた。オウロが怒っていた。
「王よ。我々が魔王討伐に出向いている間に、姫は他の男の子供を妊娠したというのはどういうことですか? これは婚約者であるナツヒコへの裏切り行為ですよね?」
「済まない。勇者どの」
「謝罪で簡単に済まされるような問題ではありませんよ。なぜならこれは……」「オウロ。もういい」
俺は気が立っているオウロを止めた。オウロって良いやつだよな。俺の為にそこまで怒ってくれるなんて。その気持ちが嬉しかった。
オウロは魔王討伐の仲間内で一番年上。皆の頼れる兄貴分だ。世の中を達観したような顔をしたこの熟年男は、こげ茶色の髪に黒い瞳をしていて、顎鬚を生やした端整な顔立ちに渋い声とあってか、ダンディーなオジサマとして女性に非常に人気がある。その部分は童貞の僻みとしてしゃくに障る部分もあるが、それを抜きにしても仲間思いの熱い男で良い男だ。
自分に代わって王に怒りをぶつける彼を見ていたら、何だか童貞喪失にこだわっていた自分が非常にちっぽけな存在に思えてきた。
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