1億人を救った大英雄は地獄墜ちして美少女たちから拷問を受けるようです

水素カフェ

第1話 大英雄レオ・バロウ 裁きを受ける


閻魔大王の前に一人の男が連れて来られた。

年の頃は四十。

無精髭がはびこる渋い顔つきで、彼のまとう分厚い金属の甲冑には至るところに傷がある。

戦の中で生きてきた男に特有の野生さが漂っていた。


「レオ・バロウよ。これよりお前の魂の裁く。この裁きによってお前が天界と地獄のどちらへ行くのかが決まるだろう」


閻魔大王の威厳のある声に対し男はふてぶてしいまでのポーカーフェースだった。


「ではまず、この男の功績から報告せよ」


閻魔大王が命じると、閻魔宮殿の白服文官は「はは!」と返事をして、慌ただしく書類をめくりながら立ち上がった。


「えーゴホン。この男レオ・バロウはオーレンシア大陸の出身です。両親は敬虔なエルラン教の信徒で、冒険者になるための教育を彼に施しました。幼少期から知力・体力に恵まれたレオ・バロウは両親の英才教育もあり、史上最年少で冒険者ギルドの最高ランクにのし上がりました」


二人目の白服文官が立ち上がって次の書類を読み上げる。


「彼の名声を最初に高めたのは、陸上交通の要衝に出没する巨竜ドゲラケスの討伐です。これにより都市国家間の安全な交易が盛んになり、レオ・バロウはオーレンシア国王から勲章を授かりました」


三人目の白服文官が立ち上がる。


「さらに彼はエンリゲの森で人々を惑わしていた魔女マーネリカを退治しました。これによりレオ・バロウは国王から爵位と新領地を授かりました。彼は領民をよく統治し法と秩序を根付かせました」


四人目の白服文官が立ち上がる。


「彼はその後、海洋交易ルートの開拓に乗り出し、エルトー海域で商船を襲っていた怪獣クラーゴンを討伐します。これにより安全な海上交通への道が拓かれました」


五人目の白服文官が立ち上がる。


「またこれにより禁足地と言われていたヌギーラ諸島への足がかりを得た彼は、失われた古代文明のアムナストラ遺跡を発見。彼の持ち帰った古代文明の治水・農耕技術はオーレンシアの民の食料生産量を飛躍的に高めました」


六人目の白服文官が立ち上がる。


「彼は巨大な台風が近づいていることを知ると、避難し遅れた人々のために救出部隊を組織してその先頭に立ち、勇者の剣で岩山を崩すことで、洪水から多くの避難民を救いました。このときに彼は腕を大きく負傷しましたが、125万人以上の民の命が救われました」


七人目の白服文官が立ち上がる。


「オクナ大火山が噴火した際には、アムナストラの秘宝エルラドの魔力を転用して超巨大結界を張り、150日間かけて魔力を放出し、2300万人以上の民を守り抜きました。彼はこのときに寿命の3分の2を魔力の代償として失いました」


八人目の白服文官が立ち上がる。


「生命力の大半を使い果たした彼は齢四十にして田舎での隠居生活を余儀なくされました。しかし、その直後に異世界からやって来た魔王アクゾディアスによるオーレンシア侵略戦争が始まりました。彼は隠居生活を諦めて立ち上がり、決戦の号令を発布して大陸全土の全兵力を指揮するために戦場へ戻りました。そして彼は激戦の末に魔王軍を打ち破り、異世界へと押し返すことに成功します。この戦いにより彼は1億人以上のオーレンシアの民を救いました。ですが彼の命もついにそこで力尽きました……」


九人目の白服文官が立ち上がった。


「彼の主立った活躍については今述べた通りですが、細かいことも含めれば彼の業績はあまりにも多く、未だ我々も処理が追いつかない状況です。この男こそまさに英雄の中の英雄、大英雄にございます。天界の中でも最高位の土地が与えられて然るべき存在かと存じます」


閻魔大王は「ううむ」と大きく頷いた。

だがいくら白服文官が褒めちぎったところで、すぐに納得する閻魔大王ではない。

次はギロリと反対側の文官席に目を向ける。


「では、この男の罪状を報告せよ」


今度は黒服文官が立ち上がった。

なぜか彼は一つも書類を持っていなかった。


「恐れながら閻魔大王さま、この男にはこれといった罪は見当たりません……」


すると閻魔大王は鬼の形相になって台座を拳で叩いた。


「ふざけたことを申すでない! そんなはずがあるか!! たとえどんな英雄であろうとも、悪いことの一つや二つ必ずしているものだ。例えばそう、魔王軍の部下を殺した罪はどうだ!? 何人殺したのだ! 言ってみろ!」


震え上がりながら恐る恐る黒服文官は答える。


「恐れながら、この男は魔王軍の配下を一人も殺しておりません……」


「な、なんだと? ではどうやって魔王軍を退けたというのだ?」


「魔王の配下は皆、闇の力によって魔王に意志を操られていたのです。レオ・バロウはその呪いを一つ一つ解いていき、敵を殺さずにむしろ味方に加えていきました」


「な、なんと徳の高いことか! だ、だが英雄であれば誰しも驕り高ぶる気持ちが生まれるもの。自分の仲間に対して傲慢な態度をとったことは一度や二度ではないはずだ!」


これに対しても黒服文官は汗を拭きながら答えた。


「恐れながら、この男は仲間に暴力を振るったり、裏切ったりしたことは一度もありません。約束を誠実に守ることを良しとし、生涯を通して嘘つきであると周囲から罵られたことは一度としてありませんでした。また、肌の色や性別や年齢や生まれた場所や能力の優劣などで誰かを差別したこともありません。自分を愛するのと同じように周囲の人々に愛情を注いで生きてきた男です。また災害や戦争など、どんな苦境に遭っても、誰一人として最後まで見捨てようとしませんでした」


黒服文官は自分で語りながら胸に込み上げるものがあったのか、気がつくと目を潤ませ、喉を詰まらて声を震わせていた。


「……自分の持てるものは全て困っている仲間に与え、また逆に自分が困っているときに人のものを勝手に盗むというようなことはしませんでした。争う人々がいれば積極的に仲裁に入り、知恵をもって解決しました。レオ・バロウとはそういう男です。どのような絶望的な状況にあっても決して希望を捨てず、強大な敵を前にして逃げることもありません。彼は常に弱き人々の盾となり、知恵と勇気と希望を与え続けました。この男にいったいどんな罪がありましょう。私にはとても見つけることはできません! 彼はまさに徳の塊のような男です! 大英雄とはまさに彼のこと!」


閻魔大王は「ううううむ!」と唸り声をあげた。


「驚いたぞ! これほどの徳を持った男は冥界始まって以来のことだ! まさに冥界史上最高の大英雄と言って良いだろう! 見事なり、レオ・バロウよ! 大いに誇るがいい! これよりお前に閻魔の裁きを下す!!」


渋い顔つきのレオ・バロウにも仄かな弛緩が感じられた。

と、そこへ別の黒服文官が駆け込んできた。


「お、お待ちください、閻魔様!! この男レオ・バロウについて、ただいま、と、とんでもないことが発覚しました……!」


瞬時にして辺りに冷たい沈黙が訪れた。


「一体どうしたというのだ?」

「実はその……」


駆け込んできた黒服文官は青ざめた表情で閻魔大王の傍までくると、そっと耳元で何かを小さく告げた。

すると閻魔大王の真っ赤で大きな顔はさらに膨れ上がり激昂した。


「なんだと、それは誠なのか!? ゆ、許せん! それだけは絶対に許せん!」


その威圧的な怒声に周囲の文官達は射すくめられて縮み上がり、宮殿全体は大地震のように激しく揺れて、冥界の遥か遠くまで地響きが鳴り渡った。


「レオ・バロウ、お前は地獄行きだ!!」


閻魔大王はドンッと激しく木槌を叩いた。

閻魔大王のこれほどの怒りを目の前にしても、レオ・バロウは元の姿勢を崩すことなく、平然さを保っていた。

誰もが唖然と見守る中、レオ・バロウは質問した。


「閻魔大王、一体俺がどんな罪を犯したというのだ?」


「レオ・バロウよ、お前ほどの男であれば、そのルックス、その能力、その名声があれば、言い寄る女は一人や二人ではなかったはず」


「ん?」


「にもかかわらず、お前ほどの男が! お前ほどの男がああ!」


「俺は手当たり次第に女に手を出すような愚劣なことはしていないぞ」


「その逆だ! お前ほどの男が、お前ほどの男が、齢四十になるまで性愛の歓びも知らぬままに死んだなどということがあああ! あってなるものかああ!!」


「んん?」


「よってお前は地獄に墜ちなければならぬ! 絶対にだ!! 鬼どもよ、この男を地獄へ連れて行け!」


すると、大きな鉄扉が開いて奥からぞろぞろと屈強で恐ろしげな鬼達が入ってきた。

金棒を持った鬼もいる。


「おい、意味がわからんぞ。たしかに俺は死ぬまでずっと独身だったかもしれん。だがそれは……罪なのか?」


鬼の一人がレオ・バロウの腕を力尽くで掴んで引っ張る。

「裁きは下った!!」

「ぐっ」

レオ・バロウの腕の古傷が疼いた。

「お前は地獄墜ちだああ! これから獄人ごくじんとなるのだああ! たっぷりとお前のために用意された罰を味わうがいい!」


レオ・バロウは自分の腕を掴む鬼の手をすぐに振り払おうとしたが、彼より鬼のほうが遙かに力が強い。

どうやら今のレオ・バロウにとって、鬼を相手に争うことは無謀なようだ。


「おい、なぜ俺が地獄に行かなければならんのだ?」

「そんなことは地獄に行ってから考えろ!」


レオ・バロウは問答無用で鬼たちに引っ張られ、裁きの間から連れ出された。

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