第98話 アラフォーの咆吼
「で? 結局
例の部屋へと向かう道すがら、
「えぇ、渡しましたよ。元々
「なるほどなぁ。つまり
「えぇ、まぁ……そうですね」
本当のところを言えば、もう少し話は複雑ではあるんだけど……。
なにしろ僕は
つまり、三人の記憶を自由に確認する事が出来ると言う訳だ。
その上で、一体誰が悪者なのか? と言うと……。
まぁ、そんな事はどうでも良いな。
そこまで
心のどこかに、小さなわだかまりが生じている事は十分理解しつつ、少なくとも今の段階で
とにかく
それは動かざる事実と言って良い。
となれば、それ以外の事は全て
「一応聞いてみるが……
「えぇ……真っ黒でしたねぇ。
「そっかぁ。となると感情に任せて、
「いえいえ、そんな事ありませんよ。相手が見せたくない記憶は、暗号化されたように見る事は出来ませんし。それに、古い記憶ほど欠落が多くて、要領を得ない事も多いですし」
「ははぁ……そんなもんかねぇ」
とここで、
「となるとさぁ。やっぱ
この人。
「……そうですね。でも幸いと言うか、何と言うか。
なんて、説明はしたものの……。
実際のところ
特に、
それを見た時。
流石の僕にも
そこで、
そう、つまりそれは……『記憶の改ざん』。
今回は時間も無かった事から、あくまでもヤバそうな記憶を削除しただけに過ぎないけど。やろうと思えば、もっと複雑な操作も出来るとは思う。
それに、今回は
そうすると、
それを、わざわざ時間を掛けて、中身をチェックしながら引き渡した訳だからね。
時間が掛かっても仕方が無かったのさ。
そうなんだよ。仕方が無かったんだよ。
決して
そうだからね。本当だからねっ!
「本当に、本当なんだからねっ!」
「ん? 何が本当なんだ?」
「あっ……あぁ、いや、別になんでもありません」
やべ、思わず口に出ちゃった。
とりあえず、この『記憶の改ざん』については、黙っておいた方が良さそうだよな。具体的に使える場面も限られてるし。
まぁ、何からなにまで、僕の手の内を
「あ、えぇっと、あの部屋ですね。僕が先に中の様子を確認しますよ」
僕はその場を取り
ん? あれ? ドアがすこし開いてる。
僕が部屋を出る時に、閉め忘れたのかな?
バブルの頃に建設されたこの建物には、
上等な部屋つっても、結構古い建物だしなぁ。
それにまぁ、あれだけ派手に
そんな
だけど……。
「うっ!」
ドアの隙間から溢れ出すのは、
そのあまりの
「くっ、
「
そう言う
しかも彼は自らの背中を壁へ預けると、左足を使って器用にドアをこじ開けてみせた。
「うぅ……ぅうっ……」
僕がこの部屋を出たのは、今からおよそ小一時間ほど前だ。
その時点でこの部屋には
と言う事は、この声の主は
開け放たれたドアの影から、恐るおそる部屋の中を
部屋の明かりは、ベッドサイドに置かれた間接照明のみ。
そんな薄暗い部屋であるにもかかわらず、なぜか床に敷かれた
「血か……」
「……ですね」
高級
そこかしこには、かなり大きめの血だまりが複数出来上がっているようだ。
――ピチョン……ピチョン……
雨だれにも似た
その音に合わせ、血だまりの一つに小さな
どうやらこの血だまりは、今まさに現在進行形で作り出されている所なのだろう。
「
それは、ベッドの向こう側。
丁度その
誰がやられたんだ? 死んでるのか?
いや、
それにしても、いったい誰が?
状況確認は既に十分と判断したのか、それとも単に業を煮やしただけなのだろうか。
僕もそれに遅れじと後に続くのだが、この期に及んで初めて自分が丸腰である事に気付く。
チクショウ、何か武器か防具を持ってくるんだったな。
せめて木の棒一つでもあれば良いのに。
もちろん、自分の主要戦力は
仮に棒きれ一つ持っていたとしても、大した力になりはしない。
とは言え、流石に手ブラと言うのもどうなんだ?
いくら
せめて
僕は部屋へと入り込むなり、壁際に置かれていた花瓶へと手を伸ばした。
無いよりはマシ……と言ったところだな。
イザとなったら、力いっぱい相手にぶつけてやる。
防御力こそ人並みだが、筋力自体は確実に向上している。
そんな僕が力いっぱい花瓶を投げつけたとすれば、相手だって軽いケガだけでは済むまい。
僕は陶器の花瓶を両手で抱え、用心深く
「おいっ、そこに居るのは
すると。
――ゴソッ、ゴソゴソッ
なにやら
やがて、僕たち二人が
ゆらり……と黒い影が立ち上がった。
「うぐっ!」
精気の無い顔。
うつろな瞳。
突然目の前に現れた
人だ……。
正真正銘の人間で間違いない。
僕たちの目の前で
ただ、その全裸の体は、本人のモノとも返り血とも分からぬ、大量の鮮血によって朱に染まり。
右手には小型のナイフ。
左手には、足元に転がる
「動くなっ!」
しかし、
ゆっくりとベッドを
「止まれ! 止まれっ!!」
――パン! パン!
たて続けに二発。
乾いた
打ち出された弾丸は、
「止まれ! 本当に止まらねぇと、次は脳天吹っ飛ばすからなぁっ! 聞こえてんのか? 聞こえてんなら、返事しろよぉ!
しかし、ようやく
今は歩みを止め、ただ
「やってくれたなぁ。いったい何処にナイフなんて隠し持ってヤがったんだ? って言うか
「えっ!? いやっ、あのっ!」
そんなはず……そんははずは。
僕が部屋を出る時、
しかも、僕がしっかりと両手、両足を縛り上げていて。
それで、それで……。
次々と『無責任な言い訳』が、思い浮かんでは消えて行く。
だけど、一向にその思いが口をついて出る事は無く……。
「チッ! 今さらそんな事言っても始まらねぇ。
「はっ、はいっ!」
そうだ、まだ生きているかもしれない。
僕は抱えていた花瓶を放り捨てると、
――ガシッ!
すると突然。
「えっ!」
キリキリと締め上げて来るその力は、とても人並みの握力とは思えない。
「
獣人としての力を持つ僕や
わかってる。それはわかってるんだけど。
でも、
「えぇい、なにしてやがんだよ
この場の判断として、それは正しい。
何しろ、人間の力で僕の事を拘束出来ている事自体、既に異常な状態だ。
何か、予想外の事が起きているに違いない。
でも予想外の事って?
それって一体。
――ポロッ……
その時突然。
「
「なんだよ
いや、違うっ!
これって、これって!
「
「え? それじゃ、コイツ一体誰だよっ!」
いまだ僕の右手を掴む男の手。
その手から伝わりくる何か温かな波動に、僕は意識を集中させてみる事にしたんだ。
憤怒、困惑、憔悴、憎悪、愛情、そして殺意……。
様々な感情の激流が、一度に僕の中へとなだれ込んで来る。
僕はそれら全ての感情を一つひとつ受け入れ、肯定し、そして……許した。
「うおっ……うわぁぁぁぁぁ……」
部屋中に響き渡るのは、四十を過ぎた男の
僕は
すると男はなすすべも無く、僕の腕の中で泣き崩れて行ったんだ。
「良いよ、泣いて良いんだよ、もう大丈夫さ、僕が付いてる……安心して……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます