第27話 悪夢《ナイトメア》

「ここだよ、ここがKF-PARKビルさ」


「結構デカいビルですねぇ……」


 商業ビルにしてはかなりの大きさと言えるだろう。

 しかも裏通りとは言え、一階の路面店には各種飲食店が軒を連ね、怪し気な雰囲気は全く感じられない。


「そして、ここの地下一階にあるのが、クラブ悪夢ナイトメア。半グレ集団、悪夢ナイトメアのたまり場さ」


 外通りから直接客が入れるようにと作られたものなのだろう。

 ビルの脇には、地下へと通じる大階段が設置されている。

 どうやらここがクラブ専用の入り口となっているらしい。

 ただ、ランチ営業でかなり繁盛している路面店と比べ、この大階段付近はひっそりと静まり返っている様だ。


「クラブ自体の開店時間は夜七時だからねぇ。流石に今は誰も近づかないよ」


「って事は、ここからは入れないって事ですかね?」


「いや、元々ヤツらの連絡事務所も兼ねてるからね。二十四時間、必ず誰かが居るはずさ」


 そう話しながら、いかにも軽い足取りで大階段を降りようとする真塚まづかさん。

 そんな彼の後に続くのは、真塚まづかさんの取り巻き二人に僕を含めて三名。

 他二人の取り巻き連中は、後詰めとなるメンバーを集める為に地元の方へ。


 ここに来て言うのも何だけど。

 ……結構緊張するよなぁ。


 自慢じゃないけど、少なくとも自分はインドア派のヲタクだ。

 友達と渋谷に来た事だって何度かはある。

 まぁ、実際の所、秋葉原とどっちが多いのかと問われれば、断然秋葉原と言わざるを得ない。

 それに、いまだかつて、と名の付く所に来た事なんて一度だって有りはしないんだから。


 階段脇に設置された看板。

 そこには、CLUB Nightmareと怪しげな文字で描かれている。

 この看板だけを見る限り、常設のお化け屋敷と言っても過言じゃない。

 まぁ、夜にでもなれば照明や電飾なんかもあるだろうから、それはそれできらびやかなのだろうけども。


 ――カツカツカツ……


 薄暗い階段を下りて行くと、そこには割と広めのエントランスが。


「誰も……いないのかな?」


 そう思っていたのも束の間。

 エントランスの一番奥。

 もっとも闇の深い場所が一瞬だけ揺らいだかと思うと、やがてその影は大きな人型となって僕たちの方へと近づいて来たんだ。


「What’s up?」


 おいおいおい!

 悪夢ナイトメアだって言うから、お化けかとおもっちゃったよっ!

 なんだよぉ、ブラザー系の外国人かよ。

 って言うか、本日一番のビックリ・ドッキリだわ。

 しかもこのオッサン、身長が二メートルぐらいあるんじゃないのか?

 なんだなんだ? 用心棒か? 用心棒なのか?


「北条くん居る?」


 えぇぇ! 真塚まづかさんったら日本語っ!

 しかも相手の質問ガン無視した上に、完全に日本語なのっ!


 するとその厳つい外人さんたら、まるで僕たちについて来いとでも言わんばかりに、背を向けて歩き出したから驚きさ。


 なんだよぉ外人さん。日本語しっかり通じてるんじゃん!

 どう言う事だよ。

 こちとら内向的な日本人なんだよ。

 最初の挨拶ぐらい日本語にしてくれよ。

 でないとビビっちゃって、思わず家に帰りたくなっちゃうじゃないかよぉ!


 その後、僕たちは怪しい外人さんに案内されるまま、うす暗い通路を通って店の中へ。


「おぉぉ……広ぇ……」


 地下とは思えない吹き抜けの大空間。


「ここのハコはかなり大きいからね。たまにメジャーデビューしたアーティストなんかも、ファン向けのミニコンサートか何かに使ってるみたいだよ」


 真塚まづかさんが言う通り、フロアの奥には大きめのステージが常設されていて、これであれば十分コンサートなんかもこなす事が出来るだろう。

 更にフロア全体を見下ろす様に設置されたバルコニーには、多くのボックス席が確保されている様だ。


 そんな店の様子に驚きの色を隠せない僕の前へ、時間外にも関わらずパリッとした黒服スーツに身を包む一人の青年が立ち塞がった。


「お久しぶりです、真塚まづかさん。北条さんはVIPルームの方にいらっしゃいます。ご案内致しますので、どうぞこちらへ」


 僕たちは黒服に案内されるまま。

 フロアに設置された豪奢ごうしゃ螺旋らせん階段をのぼると、例のバルコニー部分へ。

 どうやら、ここがVIPルームエリアらしい。


「こちらでございます」


 黒服が指し示す方向。

 妖し気なレースのカーテンで仕切られたその場所は、VIPルームの中でも特別豪華に設えられた場所の様だ。


「めずらしいな真塚まづかぁ。今日はどうした? 俺に何か用か? と言うより、ようやく俺の傘下に入る気にでもなったのか?」


 そんなVIPルームのボックスシートに座る若い男性。

 ストライプのワイシャツに、ダークな色合いのパンツ。

 光沢のある素材で作られた紫のチョッキは、少々遊び心が伺えるものの、総じて金持ちのビジネスマンと言った風情が感じられる。


「お久しぶりです、北条君。今日は別件でしてね。北条君の組織チームに入る話はまたの機会に致しましょう」


「そうか。お前がそう言うなら仕方が無いな。それじゃあ、挨拶代わりだ」


 北条と呼ばれた男は手近なグラスへ琥珀色の液体をなみなみと注ぎ込むと、それを真塚まづかさんの前へと差し出して来たんだ。


「ほら、飲めよ真塚まづか


「いえ、私は未成年なもので、酒は……」


 ――ガシャン、パリーン!


「んだと、この野郎ぉ! 俺の酒が飲めねぇってぇのか!?」


 いきなり突き出された北条の右足が、テーブル上のグラス全てを弾き飛ばした。


「……」


 凍てついた様に静まり返る店内。


 怖ぇぇ……北条君……怖ぇぇ。


 そんな中、真塚まづかさんだけは動揺した素振りすら見せず、北条君の向かいの席へと腰を下ろしたんだ。


「北条君がそこまで言うなら、一杯頂く事にしますよ。ただ、僕は北条君と違ってブランデーはあまり好みでは無いので。そうですねぇ、それではシャンパンを頂きましょうか?」


「おっ、そうかぁ? よし分かった。おい、コイツにシャンパンを持ってきてやれ」


 先程までの剣幕けんまくは何処へやら。

 急に笑顔を取り戻す北条君。


「はい、かしこまりました」


 店の連中もこの男北条の気性が激しい事ぐらい、十分に知り尽くしているのだろう。

 少しも慌てる事なく砕け散ったグラスを手早く片付け、更に真塚まづかさんの前へ淡いピンク色のシャンパンを用意してみせたんだ。


真塚まづかぁ、ピンドンだよピンドン。ウチの店じゃあ一本三十万が相場だが、まぁ今回は特別に十万にしといてやるよ」


 えぇ、金取るのか?

 北条君! 意外とセコイな、北条君っ!


「お気遣いいただき、ありがとうございます」


 真塚まづかさんも冷静だな。

 って言うか、全く動じないんだよな。

 北条君の取り扱いに慣れてるって言うか、何て言うか。


「で? 佐竹がどうしたって?」


 いやいやいや。

 一言も佐竹なんて言って無いでしょ。

 真塚まづかさんだって、何も言って無かったでしょ?

 どうして北条君が先に言っちゃうの?

 って言うか、僕たちの目的完全に知ってるよね。分かって話してるよね!


「えぇ、実はウチの会に新しく入った男がいましてね。その男の彼女ペットが佐竹にさらわれたらしいんですよ」


「んだよぉ、色恋沙汰かよ。知らねぇよ、そんなもん。その男に甲斐性かいしょうが無かっただけだろう?」


 うぐっ、痛い所を突いて来るな

 北条君って、意外と洞察力どうさつりょくハンパ無い。


「えぇ、そうなんです。私も最初は放っておこうと思っていたんですが、その彼女ペットはウチの結構な売れ筋商品でしてね。しかも、佐竹はその男をココに呼び出してるらしいんですよ」


「……」


「北条君の所とウチは同族ですからね。下手に争ったりしたらが黙っちゃいない。だからココは穏便に……」


「だぁぁぁっ!!」


 まだ真塚まづかさんが話している途中にも係わらず、急に大声を上げる北条君。


真塚まづかぁ、俺ぁ中卒だからよぉ。そう言う面倒な話は聞きたか無ぇんだよ」


「いや、しかし北条君……」


「しかしもへったくれもねぇんだよ。真塚まづかぁ、お前の言いたい事ってなぁ、つまり『女を返せ』って事なんだろ? だったら力づくで獲りに来いよ。俺ぁ何時いつだって相手してやんぜぇ」


「それじゃあ、が……」


って何ビビってんだよ! そんなんで半グレやってられっかってんだよぉ! おいっ! 誰か、佐竹呼んで来い!」


 北条君の一声で、ものの一分も経たないウチに佐竹が部屋の中へと入って来る。

 どうやらVIPルームの近くに待機していたらしい。


「おい佐竹ぇ、お前の所為せいでウチと冬桜会ゆららは全面戦争する事になった。覚悟決めろよぉ!」


「あっ……いや、北条さん。それは……」


 おぉ……。

 あのイケイケな感じの佐竹がメチャメチャビビってやがる。


「んだよぉ佐竹ぇ、言いたい事があんなら、ハッキリと言えよぉ!」


「はいっ、その……戦争では無く……確か……犾守いずもりを軽く……シメて頂くと言う……話だったはず……かと……」


「なんだとぉ、誰がそんな約束したんだよぉ!」


「えっ!? ……あのぉ……ほっ、北条さん……が」


「あぁ!? 俺がぁ?」


「……はい」


「……」


 うぅぅん。北条君。

 結構我儘わがまま放題の様だけど。

 ちょっと度が過ぎてるって言うか、何て言うか……。


「……なんだそうか。俺が約束してたのか。それじゃあ、約束を破る訳には行かねぇな」


 素直すなおっ!

 ウソみたいに素直すなおだよ、北条君!


「それじゃあ佐竹ぇ、その犾守いずもりってヤツを連れて来いよ。俺が腕の二、三本イワしてやっからよ」


 いやいやいや。北条君。

 人間の腕は二本しか無いから。

 三本もあったら、それ昆虫だから。


「あのぉ……その……真塚まづか君の後ろに立ってるのが、そのぉ……犾守いずもりです」


「なんだとぉ!」


 僕の事を睨み付ける鋭い眼光。

 この人完全に狂ってる。

 狂人の目、この人、狂人の目を持ってるっ!


 元々真塚まづかさんとの作戦では、僕が真塚まづかさんの組織チームの一員と言う事にして、更にからのグループ間でのイザコザはご法度……と言う縛りを持ち出す事で、穏便に話しをまとめる算段だったはず。


 ただ真塚まづかさんの話だと、元々血の気の多い北条君がそれで納得する確率は非常に低い。

 だから北条君からボコられるのは覚悟して、キリの良さそうな所で真塚まづかさんが仲裁に入る……って言う作戦だったんだよな。


 でも……。


 いやいやいや。

 ヤバイヤバイヤバい。

 この北条君。絶対にヤバい。


『あれ? ゴメン。折るの腕だと思ってたら、頭もげちゃった!』


 とか言い出しそうじゃん。

 全然じゃ無いじゃん。

 完全にボコる気満々じゃん!


「おい、お前が犾守いずもりかぁ。ちょっとコッチ来いよぉ」


「はっ、はいっ!」


 僕は素直に北条君の前へ。


「おい、お前が女さらったんだってなぁ」


 え? 何言ってるの?

 まだ状況分かって無いの?

 北条君ってバカなの? もしかして、本当のバカなの?

 ちょっと痴呆ちほうが始まってるんじゃないの?


「いいえっ、さらったのは佐竹で、僕は被害者です!」


「おぉ、そうか。それじゃあ、お前『いいモン』じゃねぇか。それじゃあ、誰が『悪モン』なんだ?」


「はい、佐竹です!」


「なんだそうかぁ。おぉ、お前の話は分かりやすくで良いなぁ。まぁ、そこ座れ、そして飲め。まぁ、このシャンパンは真塚まづかのだけどな」


 うぅぅむ。北条君。

 どちらかと言うと、キミの方が分かりやすいよ。

 そして、そして、セコイ。


「そうかぁ。『悪モン』は佐竹かぁ。となると、俺が犾守いずもりを殴る意味はねぇなぁ」


 ソファーに深々と腰掛け、足を組み直す北条君。


 なんと言ういさぎよさ。

 と言うか、コトの事情なんて、どうでも良い。

 全ての事が『善』か『悪』かで判断するって言うシンプルさ。

 人間として、分かりやすさの極地みたいな人だなぁ。


「えぇぇ……。それじゃあ……僕との約束は……」


 北条君の後ろで直立不動の佐竹。

 彼にしてみれば気が気じゃ無いだろう。

 それはそうさ。

 今時点で『悪モン』は佐竹って事で、しっかり北条君にはインプットされた訳だから。

 今後、自分に矛先が向くのは確実だもんね。


「そうだなぁ……。佐竹は犾守いずもりを殴って欲しい。犾守いずもりは女を取り返したい。真塚まづかは俺に犾守いずもりを殴らせたくない。……ふぅぅむ」


 悩んでるよ。

 恐らくスカスカの頭で、北条君がめちゃめちゃ悩んでるよ。


「よしっ! こうしよう。今日の夜、久しぶりにやろう。おいっ! 車崎くるまざきぃ! 直ぐに顧客クライアントに連絡しろ。金づるになりそうなヤツを集めるんだ!」


「はい、かしこまりました」


 さっきの黒服が即答の後、そそくさと部屋の外へ出て行ってしまう。

 恐るべき統率力。

 と言うか、あの黒服……さてはデキる。

 たったこれだけの指示で動けるとは。

 ……きっと苦労してるんだろうなぁ。


「って事で犾守いずもりぃ、お前の為にを開催する事にした。優勝賞品は当然お前の女にしてやるよ。そうすりゃ、お前は女が取り返せる。佐竹はお前が殴られるのを見る事が出来る。もちろん俺がお前を殴る訳じゃあ無いから真塚まづかも困らない。そして何より……」


「何より……?」


 思わず復唱。


「俺が儲かるっ!……どうだ、良いアイデアだろぉ? ホント、俺って頭良いよなぁ!」


 何々? どういう事? どういう事?

 北条君、何をしようとしているの?

 なに、ナニ、何が始まるの?


真塚まづかさん……これって、どういう事ですか? 良い感じなんですかね?」


 僕は上機嫌な北条君の方を向いたまま、小声で真塚まづかさんへと問いかけてみる。


「うぅぅん。予想の範疇はんちゅうではあったけどぉ……」


「あったけど……?」


犾守いずもり君にとってはの結果かもしれないねぇ……」


「さっ、っ!」


 最悪なんて聞いて無いよぉ!

 って言うか、真塚まづかさんったら、なに? その言いにくそうな感じ。

 ヤメテよ、ヤメテッ!

 めっちゃ気になるから。めちゃめちゃ気になるからっ!


「って言うか、って、一体何なんですか?」


「ファイトクラブ……」


「ファイトクラブぅ?」


「そう、ファイトクラブさ。武器さえ使わなければ何でもOK、素手で殴り合うステゴロの公開試合。北条君は時々ここでファイトクラブを開催してるんだよ。元々は北条君の闇賭博やみとばくの一環でね。観客はどちらが勝つのか賭けをするって寸法さ。この手の興行は未だに結構人気があってね。インターネット配信も手伝って、今では全国規模の催し物と言う訳なんだ」


「まさか、それに僕が出るって……こと?」


「その……まさか……だねぇ」


 めちゃめちゃ申し訳無さそうな真塚まづかさん。


「いやいやいや、無理ムリ、無理っす! 僕、無理っすよ!」


「でも、北条君は言い出したら聞かないから……」


 なに達観してるの?

 真塚まづかさんったら、なに遠い目しちゃってるの?

 出場するの僕なんだよ。

 実際に殴られるの、僕なんだよっ!


「もし、もしも、僕が逃げたら……」


「まぁ、死ぬ直前ぐらいまでは追い詰められるよねぇ。悪夢ナイトメアは武闘派集団なんだ。メンバーは三十人程の小さな組織チームなんだけど、腕っぷしの強いのが集まってるし」


 しっ、死ぬ直前って……。

 ねぇ、直前ってどの辺りまでが直前なの?

 何それ、もう、ほとんど殺されかけてるじゃん。

 半殺し通り越して、九分九厘死んでるって事でしょ!


「それじゃあ、適当に負ければ……」


「まぁ、それでも良いけど、そしたら如月きさらぎさんは帰って来ない」


 あちゃあ……マジかぁ!

 自分の事しか考えて無かったけど、よくよく思い出してみると、僕如月きさらぎさんを助けに来たんだった。

 本末転倒、当初の目的をすっかり忘れてたよ。


 ただなぁ……。

 まぁこの際、仕方が無いか。

 まずは自分の身の安全が最優先だ。

 それに僕には結香ゆいかちゃんが居る。

 その気になれば、いつでもBoot出来るし。

 守銭奴しゅせんど綾香あやかがどうなろうと、正直知った事じゃない。


「忠告しておくけど、あまりわざとらしく手を抜かない方が身のためだよ。北条君はそう言うのを一番嫌うからね」


「ですよねぇ……」


 くっ! 万事休す。


 本日急遽きゅうきょ開催される事となった、クラブ悪夢ナイトメア主催のファイトクラブ。

 しくも僕は特別招待ゲストとして緊急参戦する事になってしまったんだ。

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