第24話 三毛猫が取り持つ縁

「だぁ、かぁ、らぁ、VMよ、ヴィ、エム!」


「ごめん……やっぱりわかんない」


「あぁ、もうっ! これだから文系男子は使えないのよっ!」


 いやいやいや。

 如月きさらぎさん、それはひどいわ。

 言い方がちょっとひどすぎ。

 いま、全国一千五百万人の文系男子全員を敵に回したよ。


 まぁ、それでもボクは如月きさらぎさんの味方だけどね。

 だって、ツンデレ好きの僕としては、その言い方にゾクゾクしちゃうものっ!


 あれ? 待てよ?

 って事は、僕と同じツンデレ好きの人達は皆如月きさらぎさんの味方って事?

 つまり、全国一千五百万人の文系男子の中からツンデレ好きを差し引くとぉ……。

 うぅぅむ。実際に敵に回したのはせいぜい二万人程度かぁ。

 なんだ。それであれば問題はあるまい。誤差の範囲だ。


 と、訳の分からない思考回路へ絶賛逃避行中の僕に向かって、如月きさらぎさんの説明は更に続く。


「つまりぃ。犾守いずもり君の会得した力って言うのは、他人の人格と体形の情報をパッキングして、犾守いずもり君本人のベースの上で仮想的に稼働させる事が出来るって言う、コンピュータの世界で言う所の仮想バーチャルマシン的な力だと思うのよ」


「ははぁ……」


「そこに思い至った要因の一つに、アナタのバックアップ能力が挙げられるわ。自身の人格……ううん、この場合だと記憶って事になるのかしら。それと体形の情報をバックアップしておく……。そうすれば、バックアップに戻った時に記憶が飛んでしまうと言う事象についても説明が付くのよ」


「……なるほどぉ」


「なるほどじゃないわよ。これってとっても重要な事なんだからっ。もしかしたら……もしかしたらよ? アナタのこの能力を使えば、不老不死……って事が可能になるかもしれないのよっ! ねぇ、聞いてる? ちょっとは事の重要性を理解しなさいよっ!」


「……」


 うぅぅむ。理系女子リケジョの言う事はさっぱりだ。


 どうやら如月きさらぎさんったら、クロから色々と聞き出してたみたいだなぁ。

 例の事件の顛末や、学校での真塚まづかさん達との一件。

 彼女なりに、それらの内容を分析した上での結論って事らしい。


「ふぅぅ……。もぅ良いわ。これ以上説明してもらちが明かないし」


 菊の花束を手に、すっかり呆れ顔の如月きさらぎさん。

 そんな物憂ものうげな表情の彼女も良きだなっ!


 なんて言ってる僕たち一行は高尾山……では無く、その近くに造成されている霊園内をウロウロと絶賛探索中だ。

 最大の原因はクロの記憶が曖昧で、どこに宝具を隠したのかハッキリと思い出せない事。

 まぁ、確かにこの手の大規模霊園は墓石の形も似たり寄ったり。

 よほど区画の番号ぐらい覚えておかないと、簡単に迷ってしまうんだよなぁ。


「って言うか如月きさらぎさん。その花束ってどこから持って来たの?」


「あぁ、これ? さっき管理事務所の売店で買って来たのよ。霊園の中をウロウロ歩いてるのに、手ブラって訳にも行かないでしょ? そのぐらい気付きなさいよっ」


「あぁ、なるほどねぇ。さすがは如月きさらぎさん」


「そっ、そんなの当たり前でしょ!」


 ほほぉ、流石は才女。気が利くなぁ。

 うんうん。良いお嫁さんになれますよ。

 それに僕がちょっとホメると、少し恥ずかしそうに頬を膨らます仕草しぐさがなんとも。

 うぅぅむ。ツンデレ好きにはたまらない一品かと。


「って言うかこれ必要経費だから、後で費用回収ね。千五百五十円。細かいの面倒だから二千円で良いわ」


「いやいやいや、費用回収って。って言うか、細かいの面倒だからって金額上がってるじゃん! 普通値段って下げるもんでしょ?」


 なんだよぉ、この娘。また金の話かよぉ。

 もぉぉ! 前言撤回っ!

 良いお嫁さんどころか、とんだ守銭奴だわっ!


「何言ってるの? 手間賃よ、手間賃。後で耳揃えて払いなさいよ。じゃないと十一といちで利子が増えて行く事になるからねっ」


「えぇぇぇ……マジかぁ」


 あんまりビジュアルが可愛いから忘れがちだけど。

 この娘、経済ヤクザだったわぁ……。


 改めて如月きさらぎさんの本性を思い知らされ、一瞬気が遠くなりかけていたその時。


「……ねぇぇ。今日は二人の初めてのデートなんだよぉ。犾守いずもり君ってば綾香あやかちゃんとばっかり話してないで、私ともお話ししようよぉ」


 背後から聞こえる甘い声。

 それに合わせて、香丸こうまる先輩が僕の事を背中からそっと抱きしめて来る。


 僕の首元に優しく巻き付くのは彼女の細い腕。

 しかもルーズに結わえられた彼女の髪が僕の頬に触れると、とっても甘い香りが漂って来るんだ。


 はうはう!


 いやいや、そんな官能的な事象すら、今の僕にとっては食前酒アペリティフにすぎない。

 当然、特筆すべきはメインディッシュ。


 それは、僕の背中に広がる至福のふくらみが二つも!

 

 はうあぁぁ。良い。良いわぁ。

 抱き締めるのはもちろん楽しいけど、この抱き締められるって言う感覚?

 しかも背後からぁ?

 これってさぁ。楽しいとか、嬉しいとか通り越しちゃって、何て言うんだろうなぁ……幸せ? って感じだよなぁ。

 なんだったら幸せ過ぎて、ボク地表から三センチぐらい浮いちゃってるかもしんない。

 いや、これは確実に浮いてるな。うん。浮いてる。

 ……知らんけど。


「もぉ、犾守いずもり君ったら何か言いなさいよぉ。顔真っ赤にしてるだけじゃダメだぞぉ。ほらほらぁ。みないにしてくれても良いんだぞっ!」


 ――チュッ!


 僕の頬に触れる優しい感触。


 はうはうはう!

 ヤバいっ! 駄目なヤツ来た。

 駄目なヤツきちゃったっ!


 しかも僕、何か出たっ!

 ちょっぴり何か出た様な気がする。

 今出ちゃ駄目なヤツが、ちょっとだけ出た様な気がするっ!


 はぁぁぁ! 幸せの連続攻撃に、ちょっと意識飛びそうっ。


 と思っていたのも束の間。

 僕を天国へとトリップさせてくれる二つの大きなふくらみ。

 その幸せの圧力が忽然こつぜんと消え失せたんだ。


 ……え?


「もぉ! 香丸こうまるさんこそ、こんなどうしようも無い男に構ってないで、私と行きましょ。ねっ! ほらほら、行きますよっ!」


 えぇぇ……。


 如月きさらぎさんったら、僕から香丸こうまる先輩の腕を奪い取ったと思ったら、そのまま先輩を連れて、サッサと先へ行っちゃった。


「あらあらあら。犾守いずもり君ぅん、助けてえぇぇ」


 奇妙なセリフを残したまま、半笑いの香丸こうまる先輩が如月きさらぎさんに連れ去られて行く。


 くそぉ! 守銭奴如月さんのヤツ。

 いくら僕が香丸こうまる先輩と楽しそうにイチャついてるからって、それを邪魔する事は無いだろう?


 何故かは知らんけど、如月さん経済ヤクザ香丸こうまる先輩には優しいんだよなぁ。

 そこは女同士。微妙な上下関係があるんだろうな。


 まぁ、仲良しなのは良い事だ。

 何しろ僕を奪い合って喧嘩でもされた日にゃ、間に立つ男の辛い事って言ったら無いからな。


 いやぁ、モテる男は辛いなぁ……。

 まさかよわい十七でジゴロと呼ばれる日が来ようとは。


『バカな事言って無いで、早く二人を追いかけろ』


 とそこで突然、クロからの思念が届いた。

 そう言えば、クロは僕がBootした結香ゆいかと一緒に、周辺の墓石を調べに行ってたんだったな。


「お帰りクロ。どうだった? 何か見つかった?」


『あぁ。ほら、見てみろ。ちょうど結香ゆいかがしゃがみ込んでいる場所があるだろう』


「あぁ。三段程上にある少し大きめのお墓だね」


『恐らくあの石碑の中だと思う。結構特徴的な石碑だったからな。今回こそは間違いない』


 そうは言っても、これで何回目だぁ。

 三回目……四回目か?

 意外とクロの記憶もいい加減なんだよなぁ。


「はいはい。クロご主人様、承知致しましたよ。って言うか、今回は大丈夫なんだよね。また、違ってたなんて事には……」


『無駄口叩いてないで、サッサと走れっ!』


「うぇぇい」


 まぁ仕方ないか。ご主人様の命令だしなぁ。


 僕は肩の上に飛び乗って来たクロの鋭い爪に少々ビビりつつも、急ぎ結香ゆいかの元へと駆け出して行ったんだ。


 ◆◇◆◇◆◇


加茂坂かもさかさん、本当によろしいのでしょうか?」


「あぁ、構わん。今日の調査はここまでにしよう」


 俺は目の前に集められた教団職員十名程の前でそう告げる。

 時刻はまだ午後三時前……ぐらいか。


 今日は朝から一部の教団職員を招集。

 特異門ゲートの発生場所近くを虱潰しらみつぶしに調べさせたんだ。

 しかし、残念ながら目ぼしい痕跡こんせきは発見出来ていない。


 日没までにはまだ時間がある。 

 後は俺の宝具を使って魔力の残滓を調べるしか方法が無いだろう。

 人海戦術による調査はここまでだ。


 例の事件の後、特に都内で不審な獣が見つかったとの情報は無い。

 恐らく今回の特異門ゲート開設で送り込まれて来たのはレッサーウルフが四頭に、グレーハウンドが一頭。


 いや、グレーハウンドは母体と幼体の二頭が送り込まれたと考えるのが自然だろう。

 つまり、レッサーウルフはそのグレーハウンドを守るための護衛だったと言う事だな。

 だらかワザと分かりやすい足跡を残し、グレーハウンドの痕跡を隠そうとした。

 それであれば理屈は通る。


 ただなぁ……。


 例の召喚士の少女。

 あの少女の存在自体が謎だ。


 いや待てよ。考えてもみろ。

 俺達が特異門ゲートが開設されたと思っているこの場所。

 実際の所、特異門ゲート自体を目撃した者は誰一人いない。

 ただ単に、この辺りを警戒していた教団職員が膨大な魔力反応を感知したと言うだけの話だ。


 と言う事はだ。

 例えば、これは特異門ゲートが開設されたのでは無く、最初から彼女が作った召喚魔法陣だった……と言う事は考えられ無いだろうか?


 つまり、最近何度も発生している特異門ゲート事件。

 それらは全て、彼女が引き起こした召喚術式による特異門ゲートだった……。


 うぅぅむ。その線も濃いなぁ。


 そう考えた場合、俺達は図らずもその根源となる召喚士を始末している……つまり、もう二度と魔獣が特異門ゲートを通って現れる事は無い……と言う事か。


「であれば、当面の危機は回避されたと言う事になるな」


「はい? 加茂坂かもさかさん、何か?」


 不審そうに教団職員の一人が俺の顔を覗き込んでくる。


「あぁ、いやスマン。独り言だ。気にせず撤収してくれ。それからゴミ等は持ち帰る様に。忘れ物が無い様に気を付けろ。それじゃあ解散だ。皆さんお疲れサン」


「「お疲れ様でした」」


 職員達は三々五々荷物を取りまとめ、帰宅の途につき始めた様だ。

 丁度その時、一人の女性が俺の方へと近づいて来たんだ。


加茂坂かもさかさん、ウチの加藤がいつもお世話になっております」


 小柄で優しげな表情のこの女性。


「あぁ、加藤くんの?」


「はい。加藤の妻の芳美と申します。始めてお目にかかります。結婚してからご挨拶も出来ておらず、大変失礼致しました」


 あぁ、そうだな。

 確か披露宴は……やっていないはずだ。

 今時の地味婚ってヤツか。

 まぁ、最近の若いのには結構そういうカップルも多いと聞くしな。


「あぁ、わざわざご丁寧に」


「実は、先ほど主人から連絡がありまして。今日、教団本部の方で加茂坂かもさかさんにお会いした時に、二人で食事に行くって話しておいたから、きっと今日は早く帰してもらえるぞ……って」


「あっ……あぁぁ」


 加藤の野郎ォ。なに余計な事くっちゃべってんだよ。

 これじゃあ、俺が公私混同したみてぇじゃねぇかよ。

 チクショウ。次会ったらボコボコにしてやる。


「そしたら本当に早く解散頂いたみたいで。本当にありがとうございます」


「あぁ、いや、そう言う訳では無くてだね。本当にこれ以上調査をしても無駄だと言うか……」


「えぇ、分ってます。そんな言い訳されなくても大丈夫ですよ。誰にも言ったりなんてしませんから。ウフフフ」


 唇に人差し指をあて、無邪気に笑う加藤のヨメさん。


 ……チッ。

 なかなか利発そうな良い娘じゃねぇか。

 加藤も果報者だな。


「えぇ、それでは内密に。私の立場もあるもんだからね」


「はい、分りました。それからもう一つご報告が」


 もう一つ報告? ん? なんだ?


「実は、新しい命を授かる事になりまして……」


「あっ……あぁ、おめでとうございます」


「そんな事もありまして、出産準備やらなにやらで、主人の方もこれから時々お休みを取らせて頂く事があるかと思います。何かとご迷惑をお掛けするとは思いますが、何卒ご容赦いただければありがたいです」


 なんだ。そう言う事か。

 加藤めぇ。何も聞いてねぇぞ。

 もう一発殴っとかないとな。

 まぁ、そんな事より、ご祝儀の準備の方が先か。


「えぇ、問題ありませんよ。お体大事になさって下さい」


「はい、ありがとうございます!」


 しっかし、加藤も良い嫁を見つけたもんだぜ。

 俺なんて嫁と別れて既に三年。

 今じゃ、時々会う娘だけが生きがいだからなぁ。


 その後も他愛無い会話を交わしている内に、俺達二人は林道を抜け、霊園内の舗装された道路を進んで駐車場の方へ。

 他の教団職員達はバス停へと向かったらしい。

 俺は自分の車で来ているし、加藤の嫁さんは駐車場まで加藤本人が迎えに来ている様だ。


「あぁ。加茂坂かもさかさん見てくださいよ、猫が居ますよ。三毛猫ですかね。かわいいなぁ。実はウチも実家で猫を飼ってましてねぇ……」


 彼女の指さす方向。

 ひと際大きな墓石の前にうずくまる一人の少年。

 特に墓前で手を合わせるでもなく、三毛と思われるノラ猫と一人たわむれている様だ。

 少し季節外れではあるけれど、家族と一緒に墓参りにでも来たのだろう。


「だけどあの猫、人間に慣れてるのかなぁ。普通ノラ猫って人に体を触らせませんからねぇ」


「ほぉ。そんなものですか」


 猫の事はあまり詳しくは無いが、まぁ野性の動物ってヤツぁ、基本そんなもんだろうな。


「えぇそうですよ。でもねぇ。相手がだからかなぁ? もしかして、猫ちゃんはオスかな? ウフフフ」


「え? ?」


「えぇ、あの野球帽キャップを被った子は、女の子ですよ。割と女の子に懐く猫って多いんですよねぇ。どうしてですかねぇ。化粧品の臭いとかが好きなのかな?」


 あれは少年……じゃないのか?

 野球帽キャップを被ってて、体が小さいからてっきり少年だと。


 あれ? あの野球帽キャップって……。


「……」


 おいおいおいっ!


 突然、全身の毛穴と言う毛穴から一斉に汗が噴き出し始めた。


 ――ガタッ、ガタガタガタッ!


 今度は体中の筋肉が狂った様に痙攣けいれんし始める。


 ふっ、震えがっ……!

 アイツ……まさか。


 いいや、生きてる訳が無い。

 そんな事、絶対にありえ無い。


 確かに死体が挙がっていないのは事実だ。

 しかし、俺の見た時点で既に片足は欠損し、瀕死ひんしの状態だったはず。

 しかもその後、蓮爾 れんじ様の能力が発動しているんだぞ。

 あの術式の中で生き残れる生物が居るなんて、それこそ絶対に考えられ無い。


「ねぇキミぃ。私にもちょっと触らせてくれるかなぁ」


 何も知らない加藤の嫁が少女に話し掛ける。


「ヤッ、ヤメロォッ!」


 思わず口を突いて出る大声!


 マズいっ! 思わず叫んでしまった!


 突然、怒鳴られた二人が俺の方へと視線を向け始める。


 駄目だっ! こっちを見るなっ!

 この少女化け物に感づかれてしまうっ!


 自分で大声を出しておきながら、俺は一体何を言ってるんだっ。

 ダメだっ、るか? るしか無いのか?


 俺は咄嗟とっさに胸に吊るしたホルスターへと手を伸ばした。


 るんだったら今だ。今しか無いっ!

 近くには司教位もいない。

 俺の武器と言えばGlock17コイツだけ。


 レッサーウルフであれば何とか対処できる。

 だが、グレーハウンドを召喚されてはひとたまりも無い。


 いま召喚士コイツを殺せば。

 コイツがグレーハウンドを呼び出す前に、息の根を止めさえすればっ!

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