第20話 如月の秘密と約束の時間
「あぁぁ、お取込み中……だったかな……」
そう声を発したのは、突然入り口から現れた集団の一人。
恐らく彼が
少し意外だけど、割と細身で、特に武闘派と言う雰囲気は無い。
まぁ、その分。周りを固めている連中は完全に武闘派な雰囲気だから、それはそれでバランスが取れていると言った所か。
「ここで良い、椅子を並べてくれ。それから、お前たちは少し外で待っていてくれないか」
僕の目の前で整然と車座に並べられるパイプ椅子。
恐らくこの五人が幹部連中なんだろう。
僕の方も勧められるがまま、彼らの近くに置かれたパイプ椅子へと腰をかけたんだ。
「あぁ、突然呼び出して悪かったね。私が普通科二年の
「……はぁ」
意外と普通な感じの
なんだか、少し出鼻をくじかれたと言うか、拍子抜けしたと言うか。
それに、もともと物事に動じないタイプなのかな?
少なくとも僕の後方、倉庫の奥では男子高校生二人がいまだ尻を出したままの状態で倒れているはずなんだが。
「あまり時間を取らせるのも悪いから、単刀直入に話を進めさせてもらうよ。まず聞きたいのは、キミは彼女と一体どういう関係かと言う事さ」
ん? 何の話だ?
「彼女……と言いますと……」
「やだなぁ。この期に及んでごまかしは無用だよ。と言うか、私の言い方の方が回りくどかったかなぁ。うぅん……キミは『特進』だって聞いてたから、もっと論理的な回答が聞けるかと思っていたんだけどね」
「あぁ、いや、本当に意味がわからなくて。と言うか、彼女って、
「そうそう。如月、如月。如月綾香、彼女の事だよ」
まぁ、それぐらいは当然予想が付いている。
問題はそこでは無く、質問の真意だ。
「いえ、特にどうと言う関係でも……」
「ふぅぅん。キミ、結構度胸があるよねぇ。こんな場所に呼び出されておいて、まだそんな事言うんだぁ」
「いや、ホント、マジなんで、それに……」
「ねぇ、誰か例の動画、見せてあげてよ」
すると、一番近い席に座っていた一人が自分の携帯を操作して、僕にある動画見せてくれたんだ。
「あんっ……あっ……はぁ、くっ……あぁ……やめっ……やめて……」
携帯から漏れ聞こえる女性の声。
「それって、キミと彼女……だよね?」
間違いない。
クロがヤッちゃったヤツだ。
あの現場を誰かに隠し撮られてたんだ。
僕は動画から視線を逸らすと、マジメな顔で
「いくら……ですか?」
僕が絞り出した結論。
結局は金で解決するしか無さそうだな。
「あぁ、勘違いしてもらっては困るよ。こう言っても信用してはもらえないのかもしれないけれど、私たちは別にキミを脅すつもりは無いし、これを公開しようとしている訳でも無い」
彼の意図が全く読めない。
「仮にキミをここで
「そうなると、キミは私たちの中でのリスクでしか無いんだ。だからこそ聞いて欲しい。私たちは別に彼女に対して無理強いをしていた訳では無いんだよ。それに、キミと言う彼氏が居たなんて、聞いてもいなかったしね」
僕の事を説得しようとしているのか?
なぜ? 何のために?
「だから……ここからはビジネスの話をしようじゃないか。私たちは
何かは分からないけど、
早速僕は
それぞれの顔を元に彼女の記憶を探るが、一向にヒットしない。
幹部連中と直接の係わりがある訳じゃあ無いのか。
気になるな。
彼女は一体どんな情報を握っているんだ?
「あとそれから、もう一つだけ。私たちの後ろには、当然
この手の不良グループは、結局言う事が皆同じだな。
しかし、
となると、上位グループは半グレか、反社的な組織か。
そう言えば、佐竹達も上納金がどうの、とか言ってたっけ。
つまり、このグループは何等かの資金源を持っているって事なんだろうな。
「えぇ、わかってますよ、
「そうかい? そうしてもらえると助かるよ。
そう言いながら彼は僕に近づき、握手を求めて来たのさ。
僕の方も椅子から立ち上がって、しっかりと彼の手を掴む。
そこでようやく、安堵の笑みを浮かべる彼。
やっぱりそうか。何かを売りさばいて金を作り、その金を上位組織に貢いでる。
その代わり、上位組織からの庇護を受けて、コイツらは安泰……って事だな。
「ところで
僕のその一言で、突然彼の表情に陰りが。
しかも、一瞬で周囲の屈強男子達の間にも緊張が走る。
「なんだい? 私に出来る事かな?」
「えぇ、是非お願いしたい事が一つあるんですよ」
屈強男子の中の一人がジリジリと僕の背後へ回り込もうとしているのが分かる。
ただ、どうやら
「ふぅぅん、そう。それじゃあ話してみてくれるかな? ただ、最初に言っておくけど、僕はそっち系の趣味は無いものでねぇ」
そう言いながら視線を僕の後ろへと移す
いやいやいや。
そっち系の件じゃないから。
そんな事、僕求めて無いから。
って言うか
なんだか、それだと完全に僕がそっち系って事になっちゃうじゃん。
しかも紅一点の女子がめっちゃ引いてるもの。
めちゃめちゃドン引きなんだもの。
もう、視線が刺さって刺さって、もの凄く僕辛い状況なんだもの。
「あぁいや。僕がここに連れて来られた時に、ちょっとしたボタンの掛け違いから、後ろでのびている二人とは、少々キツめのスキンシップを図る事になりまして」
「ほほぉ、スキンシップですか……」
うわぁぁ、しまった。
言い方間違ったぁ!
ちょっと格好付けて言ったつもりが、めちゃめちゃそっち方向に誤解される様な言い回しになっちゃったよ。
これなら、最初から喧嘩したって直接言った方が無難だったな。
なにしろまたもや
しかも、女子に至っては顔を背けちゃってるよぉ!
「そんなこんなで、逆恨みされても困るものですから。彼らには僕や彼女へはちょっかい掛けない様、言い聞かせておいて欲しいんです」
「なるほど、そんな事ですか。えぇ、分りました。私の方から
「ありがとうございます。助かります」
「いやはや畏れ入ったよ。まさか彼女にこれだけの彼氏が付いているとはなぁ。ただ、本当に勘違いしないで欲しいんだ。確かに声を掛けたのは私たちからだったけど、乗って来たのは、あくまでも彼女の自由意思だからね」
どうやら彼女は自分からこのグループに加わったみたいだな。
特に犯罪に身を染める様な娘には見えないけど……。
とりあえず、話だけは合わせておくか。
「えぇ、分ってますよ。どうせ彼女も小銭欲しさに、余計なアルバイトをしただけなんでしょうから。それに、しっかり体にも言って聞かせましたからね」
「あっはははは、それであんな風に? なるほどねぇ。ペットがお
彼の笑顔は完全にビジネススマイル。
ただ、僕との合意を心から歓迎している様には見える。
どうする?
折角の機会だ。もう一押し踏み込んでみるか?
「
「あぁそうだね。まぁ、そう言う事になるかな」
「ダメ元でお伺いしますが、僕は彼らを従えるだけの『力』を持っている。どうです? 僕を
かなり驚いているのは間違い無いな。
「いっ、いやぁ。それはそれで願っても無い話なんだけどねぇ……」
「何か問題でも?」
「いやいや、この業界。ご存じの通り『
なるほどね。
この組織も何らかの犯罪組織なんだろうけど。
外部から人を入れるとなると、他の組織からのスパイの可能性も否定できない。
もし僕が同業者のスパイだとして、この組織を潰す為に入って来たと言う事にでもなれば、その危険は直接幹部である彼らに及ぶと言う訳だ。
僕が覗いた彼女の記憶の中で、どうにも理解できなかった部分がこれだったに違いない。
嫌な思い出や隠したい記憶は、まるで暗号化されたかのように、断片的な記憶として保存されている事が多いらしい。だから僕がいくら彼女の記憶を覗いたとしても、その意味が全く分からなかったと言う事だな。
「無理にとは申しません。それにお約束した通り、僕は秘密を守りますのでご安心下さい」
さっき
ただまぁ、僕も別に危ない橋を渡ろうと言う訳じゃあない。
これ以上彼女に被害が及ばない様にしてあげたい……ただそれだけの気持ちでしかない。
まぁ、このあたりが潮時だろうな。
詳細については、やっぱり彼女に確認した方が良いだろう。
「……」
やがて……。
「残念ながらこの場でキミを信用するには、あまりにも時間が不足している。そこでどうだろう。当面は互いに何か問題があった時にだけ連絡を取ると言う事で。その後実績を積み、他のメンバーも納得した上で我々の組織に入って頂くと言うのはどうかな。まぁ、高校生活なんて短いものさ。私だってわずか三年間の小遣い稼ぎと割り切っているんだよ。だからこそ、余計に慎重にはならざるを得ない。ぜひその点を理解してもらえるとありがたいんだが」
ここが彼の出しうる最大の譲歩点だろう。
これ以上交渉を続けても、互いに猜疑心しか生まれない。
「承知しました。僕の方もそれで構いませんよ。特に組織に入りたいと言う訳では無いんですよ。折角お近づきになれたものですからね、何かお役に立てればとの想いです」
「あはははは、それはそれは。まさかこんな所で新たな友に出会るとは思いませんでしたよ。どうです? 今日の良き日を渋谷かどこかで祝いませんか?」
僕との交渉成立に、
「あぁ、いや。今日はちょっと先約があるのでこれで失礼します。是非そちらは次の機会と言う事で」
「分かりました。連絡方法は後日私の方からお伝えしますので、今日の所はこれで」
僕は
◆◇◆◇◆◇
意外と
――ダダダダダダッ!
走る、走るっ! とにかく全速力で走るっ!
僕は近所の商店街を駆け抜け、ようやく、
……しかし。
時刻は午後六時を十分ほど過ぎた所。
「はぁ、はぁ……っはぁ、はぁ。……閉まって……るねぇ」
「クロぉ……ごめんよぉ」
最大限に伸ばされたクロの鋭く長い爪。
それが、ジワジワと僕の首筋へめり込んで行くのが分かる。
「
この時の僕に残された唯一の選択肢。
それは、黙ってその苦痛に耐え続ける事……ただそれだけだったのさ。
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