第15話 湧き起こる疑念と不安
「それでは、これで失礼致します」
小さくまとめられたブロンドの髪。
体つきは細く。
こんな小娘でさえ司教職とはなぁ……。
「これだからエルフは嫌いだ」
思わず口を
別にエルフを特別嫌っている訳じゃない。
ヤツらは長命種だ。
当然、人間では到達し得ない領域にだって手が届く。
例えば老練なエルフの神官が居たとしよう。
俺は全く驚きもしなければ、逆に敬意を持って接する事だって出来る。
しかしなぁ……。
ヤツらの中にはある一定の割合で、そんな事を軽く
同族のエルフ達ですら
神から愛された……。そう、神の祝福を受けた者達の存在だ。
俺達人間からすれば、それは既に神の領域。
「いや、悪魔の領域、なのかもしれないがなぁ……」
「
通路の奥。
「はい。私はこちらに」
俺は小走りで
「リーティア様、紹介させて頂きます。この者は我が教団で司祭枢機卿を務めております
「それから
「承知いたしました」
俺は
「リーティア司教、
俺は握手をしようと、いつも通りに右手を差し出したのだが。
「無礼者め」
なんだコイツ?
小娘の横から、もう一人別の小娘がシャシャり出て来やがった。
「人間の分際で身の程知らずな。不遜である。その場に
その言葉を聞いた途端。
俺の背中に途方も無い重量の
「うおっ!」
俺はその重みに全く対抗出来ず、崩れ落ちる様にして
「こっ……これはご無体な……」
俺はその後も四つん這いになりながら、ただひたすらに謝罪の言葉を口にしたんだ。
しかし、その
ヤバい、これ以上続くと腕の骨だけじゃなく、背骨までヤられるっ!
「リーティア司教、大変申し訳ございません、ご無礼の段、何卒、何卒お許しを……」
消え入りそうな俺の声。
既に肺が圧迫され、思う様に声が出ない。
れっ、
一瞬、そんな考えが頭を
くそっ、これまでかっ……。
俺が自分の死を受け入れかけた、その時。
「マリレナ……いい加減にしなさい」
静まり返った教団内に響く、涼やかな少女の声。
「しかし、リーティア様。この者はリーティア様に対して不遜な行為を」
「いいえ、マリレナ。彼はこちらの作法に則り、挨拶をしようとしただけなのですよ」
その直後。
俺の背に
「リーティア様。出過ぎたマネを致しました。何卒ご容赦願います」
マリレナと呼ばれた娘は、未だ納得が行かない顔つきながらも、静かにリーティア司教の背後へと
「
まさか……。
リーティア司教が
確かに表面的な位階としては
しかし、司教枢機卿と言っても実質司教位の中の代表であるとの意味合いが強く、階位としての扱いは司教枢機卿であれ司教であれ同格である。
しかも、リーティア司教は神々の中でも最上位となる太陽神殿の司教位。
少なくともリーティア司教が
その証拠に、リーティア司教の侍女と
その苦々し気な表情こそが、この事態の異常性を全て物語っていると言えるだろう。
「リーティア様、とんでもございません。どうか頭をお上げ下さい。私も配下の者への指導が不足していたと反省している所でございます。また今回のご協力、重ねてお礼申し上げます。ダニエラ大司教様にもぜひよろしくお伝え下さい」
「
リーティア司教は
ケッ。流石に司教位にまで昇る人間は、人としての格も違うって事か。
ただまぁ、人間じゃなくエルフだけどな。
「そっ、それでは車をご用意致します。玄関ロビーまでご案内致しますので、どうぞこちらの方へ」
俺はリーティア司教と侍女を連れ、玄関ロビーの方へと歩き出したんだ。
「
俺の耳元で涼やかな声が。
「はいっ、何で御座いましょう、リーティア司教」
やべぇ……。
今度はどんな
アイスキュロスといい、マリレナだとか言う侍女といい。
これだからエルフは信用ならねぇ。
「さっきは本当にごめんなさいね。マリレナはまだ見習い侍女にもなっていない神官学校の生徒なんです。それに、こちらの世界にも疎くって……」
「あぁ、いえいえ。とんでもございません。本国の礼儀作法を
「うふふ。ありがとうございます。そう言って頂けると助かります。謝罪ついでと言っては何ですけど……。
確かに俺の左腕は結構な重症だ。
医者に見せた所では、やはり複雑骨折だったらしい。
全治三か月とも四カ月とも言われている。
「はぁ、実は先日の騒ぎの際にちょっと……」
「そうですか。それではその腕、少々見せて頂いても?」
「はい、問題ございませんが……」
リーティア司教はその場に立ち止まると、ギプスで固定されている俺の左腕にそっと手を
「そうですね。これであれば問題無いと思います」
と言ったのも束の間。
俺の左腕のギプスの隙間からは、暖かな蒸気が漏れ出し始めたでは無いか。
「え? これは?」
その後、蒸気は直ぐに収まったものの、腕のポカポカとした感じは依然続いている。
「もう、完治しましたよ。動かしてみて下さい」
「え?」
半信半疑ながらも軽く左手を動かしてみるが、確かに痛くはない。
さっきまでは、指を動かすだけでも痛みを感じていたはずなのに。
今度はもう少し大きく腕を振ってみる。
全然痛くない……。
「リーティア様、これは一体……」
「これが私の
治してもらっておいて申し訳無いが、俺にはこの娘の話す理屈がさっぱり分からない。
しかし、一つだけ間違い無いのは、俺の腕が……医者が全治三か月と言っていた俺の腕が、この娘の力でいきなり治った……治ってしまった……と言う事実だけだ。
「あっ、ありがとうございます、リーティア様!」
「いえいえ。この事は内密にね。全能神様はあまりこの力に頼る事を良しとされていません。確かに、私一人が一生の内に助けられる人数には限りがあります。だとすれば、おのずと治療する、しないとの判断が生まれ、その判断はやがて人々の確執を生む事になるでしょう。私の無自覚な行動が、やがて人々を不幸にする。そんな世界を全能神様は
確かに。
この娘が持つ能力は絶大だ。
間違い無く『神の力』『究極の能力』と言っても過言では無い。
もしこの情報が広まろうものなら、この娘を奪い合う為世界中でおびたたしい数の人命が失われる事になるだろう。
こんな年端も行かぬ娘に、命の選択を強いる能力を発現させるとは……。
神のご意思とは一体どこにあるのだろうか。
いや、まさにそれは神のみぞ知る。
我々
「承知致しました。決してこの事は他言致しません」
俺は真剣な眼差して少女を見つめ、その言葉に
リーティア司教の方も俺の気持ちが伝わったのだろう。
静かに微笑み返してくれている様だ。
うぅぅん。エルフにも良いヤツが居るんだな。
少々考えを改めねばならんな。
そう考えていた矢先。
「
リーティア様の後ろから聞こえて来る金切り声。
チッ。
やっぱりエルフって種族は……クソだ。
俺はそう思い直すと、再び玄関の方へと歩き出す事にしたのさ。
しかし……待てよぉ……。
俺は玄関までの長い廊下を先導しながら、アルコールとタバコでかなりヤられた脳をフル回転させ始める。
そう言えば。
さっき俺の手が治った時と良い、例のグレーハウンドが現れた時と良い。
どちらも蒸気が関係している様に思える。
あれは……。
あれは本当に、召喚者の能力を持つ人間の仕業だったんだろうか?
例の件も最終的には
犯人と思われる遺体すら回収するには至っていない。
まぁ
ただ……何かが引っかかる。
召喚はアプロディタ神の祝福。
ただ、この数十年あまりの間、召喚者の能力を持った人間は確認されていない。
確か直近だと、世紀の大魔導士と呼ばれたイオニア帝国皇帝がその力を有していたとの文献を読んだ事がある。
しかし、かの皇帝も今や行方知れず。
イオニア帝国は衰退の一途を
流石に俺が見た少女がその皇帝……と言う事は無いだろう。
……うぅぅむ。
ただまぁ、確認されていないと言うだけで、恐らく世界中をくまなく探せば、能力を持った人間など必ずどこかに居るに違いない。
未だ埋もれていた人材が、何者かの手引きによりこの世界へと送り込まれた……と考えれば、納得は行く。
しかしなぁ。
召喚獣を呼ぶ際に発現するのは、魔法陣であると相場が決まっている。
どこのどの文献を読み漁ってみても、召喚の際に蒸気が発生する等の記載は見た事が無い。
あれは……本当に召喚者だったのか?
魔法陣を隠すため、わざわざ煙幕として蒸気を使ったとでも?
いやいや。
なぜそんな事をする必要がある。
召喚者が自分の能力を隠す為? カモフラージュとして?
「これは、もう少し調べてみる必要があるな……」
……何か嫌な予感がする。
そう。俺はこの直感だけを信じて、これまで生き残って来たんだ。
何があっても、これだけは絶対に譲れない。
心の底から湧き起こるこの不安の理由が一体何なのか、残念ながらこの時の俺には知る
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