第16話 突然の呼び出し

「ふぅぅ……」


 なぜ僕はこんな所に居るんだろう。


 窓の外から差し込む暖かな日差しは、春の訪れがもう間近だと言う事をそっと知らせてくれる。

 暦はもう三月。


「なんだ犾守いずもり模範囚、溜息なんぞついて。まだ何か不満な事でもあるのか? 独房入りにはなったが、死刑宣告を受けた訳でもあるまいに」


 背後から不躾ぶしつけに話し掛けて来るコイツの声。

 特に理由は無いけど、なんかムカつく。

 いつかココを出たあかつきには、一度シメておく必要があるだろう。


「僕はいつから模範囚になったのでありますか? 飯田刑務官殿」


「キャハハハハ! お前こそヤメロよぉ、俺がいつから刑務官になったんだっちゅーの?」


 はぁぁ……飯田ぁ。

 お前の能天気さが本当にうらやましいよ。


 ここは学内の生徒指導室。

 学生達からは『反省室』や『独房』と揶揄やゆされる場所で、問題のあった生徒を一時的に隔離したり、自習や反省文を書かせたりする為に使用される部屋だ。


 一連のから、はや十日あまり。

 僕は普通の生徒とは時間差をつけて学校に登校し、日がな一日をこの独房反省室で過ごしている。


 誰とも顔を合わせず、ただ一人この部屋で自習を続ける日々。

 そんな中、唯一の親友である飯田だけは、頻繁ひんぱんに僕の様子を見に来てくれていると言う訳だ。


「そう言えば犾守いずもりぃ、お前こんなに頭良かったっけ?」


 おいおいおい。飯田の野郎ヤツっ!

 僕のかばんの中から期末テストの答案用紙を勝手に引っ張り出すんじゃねーよ。


「おいっ、ちょ、待てよぉ。なに勝手な事してんだよぉ」


「おぉ、この期に及んでキムタクの物まねか? 全然似てねぇぞ?」


「ものまねなんてやってねぇって!」


「良いじゃねぇかよぉ。減るモンじゃないしさぁ。って言うか、ケツの穴まで見せ合った仲だろ?


「だいたいお前のケツの穴なんて見た事ねぇよ。それに自分のケツの穴をお前に見せた事もねぇし。って言うか、お前のケツの穴なんかに興味はねーっつーのっ!」


 と言う僕の話なんぞ完全スルー。


「えぇぇ? お前の苦手な世界史と化学が九十点台ってこりゃどう言う事だ? ……はっ! さてはお前っ! 悪事カンニングに手を染めやがったなぁ!」


って何だよぉ。やってない、やってないって。と言うか、ずっと自習だったからさぁ。試験勉強しかやる事無かったんだよ」


「へぇぇ、そう言うもんかねぇ。俺なんかガラスのハートだからなぁ。あんだけクラスやSNSで叩かれたら、もうへこんじゃって勉強なんか手につかねぇけどなぁ」


 いやいや、確かにその通り。

 実際問題、試験勉強なんて全くしてないし。

 そんな心の余裕すら全然無かったわ。


 なにしろ。

 体が如月きさらぎさんに変化するわ。

 得体のしれない教団に襲われるわ。

 しかもその後、香丸こうまる先輩と……。


犾守いずもりぃ、なに急に顔真っ赤にしてんだよ? 熱でもあんのか? 知恵熱か?」


「そっ、そんなんじゃねぇよ!」


 うぉぉお! 思い出しただけでも体が熱くなる。

 落ち着け、落ち着くんだ武史たけし

 ここは一旦落ち着こうか。


 ……ふぅぅぅ。


 大体、先生と二人っきりで期末試験受けてるのに、カンニングなんて出来る訳が無いだろう?

 それじゃあ一体どうしたのかって?

 答えは簡単。

 ……例の能力のおかげだ。


 一見、姿形すがたかたちを変えるだけの能力と思われがちな力。

 しかしその本質は、相手の記憶を含めた全ての情報をひとまとめにして、自分の中に取り込む事ができると言う点にある。


 この取り込んだ情報は『CORE』と呼ばれ、必要に応じて発現させる事ができるのは承知の通り。

 しかも『CORE』の中の情報は、それを管理する自分から自由にアクセスする事も出来る。

 もちろん自分の記憶では無いから、『思い出す』と言うよりは、早送りで映画のワンシーンを見るかの様な感覚に近い。


 今回の期末試験でも、僕はこれを最大限に活用したと言う訳だ。


 幸いな事に如月きさらぎさんは『超』の付く進学校に通っている同学年。

 僕たちが今習っている範囲なんて、半年以上前に履修済と言う才女だ。

 そんな彼女の記憶を探れば、ウチの学校レベルの試験問題なんて楽勝、楽勝。


 うぅぅむ。

 可愛いくて美人な上に、頭まで良い。

 天は簡単に二物を与えるんだなぁ、と今更ながらに思ってしまう。


 でもまぁ、考えて見りゃ当たり前の話だな。

 一物すら与えられていない人間の何と多い事か。

 となれば、誰かの所に多少偏って配分されたとしても、それはそれで自然の摂理と言わざるを得ないだろう。


 そんな事より、未だに僕が独房反省室に軟禁されている理由の方が問題だ。

 それは、平静を取り戻しつつある世間とは裏腹に、校内のザワツキが未だ後を引いている為に他ならない。

 

 と言うのも、例の集団レイプ事件。

 数多くの目撃者からの通報もあってか、警察が異例の即時介入を行うと言う事態にまで発展。

 しかし、結局は街の不良グループによる単なる『揉め事』の一つ、と言う事でアッサリと処理されてしまったらしい。


 特に物的証拠がある訳でも無く、加害者側、被害者側、双方の証言にも齟齬は無い。

 本来であれば、これで一件落着となるはずだった。

 しかし、それでは済まないのが『世の中』……特に『学校の中』と言うものなんだ。


 その際たるものがPTA(Parent Teacher Association)、要するに保護者会だ。


 僕以外の不良グループについては、とりあえず警察側からの御咎おとがめも無い事から、厳重注意だけで処分終了。

 僕はと言えば、彼女を救い出した正義の味方。

 まぁ、帰り道で『送り狼』になった様な記憶が無いでは無いが、先生の話では彼女の方から『感謝の言葉』すらあったらしい。

 となれば、当然無罪放免。

 僕はヒーローとして、元の教室に凱旋できるはずだった。


 しかし、そうは問屋が卸さない。


 ここで横やりを入れて来たのが、例のPTAだ。

 少なからず不良グループとの接点が疑われる僕の様な人間が、自分の子供と同じクラスに在籍するなど到底受け入れる事は出来ない! と言うのがPTA彼ら側の見解らしい。


 馬鹿な事を……。

 しかも、親が親なら、子も子だよな。

 僕に対するクラスメート達からのあからさまな『いじめ』が後を絶たず、更にエスカレートを続ける始末。

 そんな状況をかんがみて学校側が下した結論、それが『僕の隔離』と言う訳だ


 おいおい、僕を隔離するより先に、もっとヤルべき事は他にもあるだろう?

 一体どこまで事なかれ主義を貫くつもりなんだよ。


 まぁ、ここで文句を言っても始まらない。

 僕はこんな低俗なヤツらとは違うんだ。

 それに、僕をこんな目に合わせたヤツらの事は既に調だ。

 ショックを受けるからと見ない様にしていたSNSも、犯人捜しのミステリー小説だと思って割り切れば、それはそれでレクリエーションの一つと言えなくもない。

 この部屋生徒指導室で自習する大半の時間は、犯人捜しに費やしたと言っても過言じゃないからな。


 SNSは匿名だと思って好き勝手書きやがって……今に見てろよぉ。


 ただ、最近は犯人捜しも飽きて来た所なんだよなぁ。

 今の僕のトレンドは、主犯格のヤツらに対する、復讐の方法を思い描く事。


 特にあの卒業生。

 アイツらだけは絶対に許さない。


 まずは一人ずつ椅子に座らせ、両手両足を縛り付ける。

 次に猿轡さるぐつわを噛ませ、その顔面に渾身の右ストレートをお見舞いしてやるんだ。


 ――バキッ……バキッ!


 いくら泣き叫んでも許さない。

 逆にその悲壮な声が大きければ大きいほど、僕の心を更に躍らせてくれるんだ。


 ――バキッ……バキッ!


 何度も、なんども。

 ヤツの頬骨が折れ、顔面血まみれになったとしても、僕は殴るのを止めない。

 やがて、ヤツらは声を出す事すら諦め、なすがままの状態になるんだ。


 だけど、それじゃあ困るんだよなぁ。

 最後の最後まで命乞いをしてもらわないとね。

 そうでなければ、僕の気が収まらない。


 次に僕はペンチを取り出すと、ヤツらの指を一本ずつ……。


「おい、犾守いずもりぃ、今日も部活終わりにまた来るからさぁ。一緒に帰ろうぜぇ。って言うかさぁ、部活終わりって腹減るんだよなぁ。今日こそはお前ん家で何か食わせてくれるんだろうなぁ」


「なっ、何言ってるんだよ……お前にメシ食わせてたら、僕の食う物が無くなっちまうっちゅーの」


 いかんいかん。

 ブラック・トリップしてたわ。


 ちょっとの抜けた様な話し方をする飯田。

 こんな言い方をしながらも、僕に気を遣ってくれているのが伝わって来る。

 悪いな、飯田ぁ。余計な気を遣わせちゃって。


 そんなコイツの能天気な性格が、僕の精神こころの闇を払い、正常な状態に引き戻してくれている様な気がする。


 実際問題、復讐なんて出来るはずが無い。

 そんな事をすれば、直ぐに逮捕されて少年院送りだ。

 今後の自分の人生、全てを棒に振ってまで実行に移す程の価値なんて絶対に無い。


 結局人間なんて打算の生き物さ。

 常に自分にとって得になるのか、損になるのか。

 判断基準はたったそれだけだ。

 つまり、自分の行為に対する罪が重ければ重いほど、それは十分な抑止力となりうる。


 だが待てよ……。


 もし僕が絶対の強者だったら?

 警察にも捕まらず、ヤツらの死を一生隠匿する事が出来るとしたら……。 


 と、その時。


 ――ガラッ!


 背後の扉が勢いよく開く。


「おいっ、お前が犾守いずもりだな」


「え? あぁ、はい。僕が犾守いずもりですが……」


 戸口に立っていたのはいかにも腕っぷしが強く、頭の悪そうな男子高校生二人。

 おいおい。お前達は『職専』コースの生徒ヤツだろう?

 ここは『特進』の校舎だっつーの。

 なんでお前達が入って来るんだよぉ。


 僕の高校は私立高校と言う事もあってか、ピンキリの人間が共存している。

 その際たるものが、特別進学コース。通称『特進』


 四クラスからなるこの『特進』

 国公立理系、国公立文系、私立理系、私立文系の四つのクラスに分けられていて、全国的にも名の通った大学を目指すエリート集団だ。


 まぁ、自慢じゃないけど、僕はその四番目。私立文系コースだ。

 とは言っても、元はと言えば地元の進学校に入り損ねてこの学校に来た僕である。

 本当のエリートは『A特』と呼ばれる国公立コースの二クラスだけで、僕を含む私立理系、私立文系の二クラスは『B特』とか『ダメ特』とかって呼ばれてるレベルだ。


 それ以外に『普通科』コースが四クラス。

 スポーツ・美術が中心となる『スポ美』コースが四クラス。

 そして、問題なのが職業専門の『職専』コースの四クラス。


 このコースには、アルファベットを書く事すら怪しい……と言う人達が居るとかいないとか。

 実際校舎すら別だから、日頃から顔を合わせる事も殆ど無い。


 しかし、そんな『職専』コースの生徒ヤツが日中堂々と『特進』の校舎まで入って来るとは。

 どうやって来たんだ? 廊下で誰にもすれ違わなかったのか?


「おい、犾守いずもりぃ。真塚まづかさんがお呼びだ。夕方四時に『職専』の生徒玄関まで来い。分かったな」


「いっ……いやぁ。突然そんな事言われても……」


「おい、犾守いずもりぃ。返事は『YES』か『はい』だ。今動画取ってるから、言い方に気を付けろ」


 おいおいおい!

 『YES』か『はい』だったら、どっちも『YES』じゃねぇかっ。

 って言うか、それ分かってて言ってるのかな?

 それとも本気で間違ってるのか?


 こいつらアルファベットも書けない馬鹿だから、本気で間違ってる可能性もありそうだぞ。

 それを言うなら『YES』か『NO』だろう? って言ってみようかな?


 いやいやいや、冗談冗談。

 動画取ってるって言ってたしな。

 あぁ、本当だ。後ろのヤツマジで動画取ってるわ。

 どうやら、ボケた訳じゃ無くって、『上手い事』言った感じなんだな。

 まぁ、それならそれで良いか……って、全然良く無いよ。

 どうする? どうする?


「わっ……わかりました」


 仕方が無い。

 どうするも、こうするも無いよな

 とりあえず承諾しないと話が先に進まない。

 なのに……。


「なんだとぉ、この野郎ぉ! 返事は『YES』か『はい』って言っただろうがぁ!」


 あぁ、やっぱ馬鹿だ。こいつら、本気のバカなんだ。

 ちゃんと肯定したじゃん。僕『わかりました』って言ったよね。ちゃんと言ったよね。


「すすす、すみません。『YES』です。はい『YES』でお願いします」


「なんだよぉ。最初っからそう言えば良いんだよ。紛らわしい事すんなっつーの」


 いやいやいや。

 一ミリも紛らわしい事してないって。

 いやマジで。ホントマジで。

 絶対この動画持ってったら、その真塚まづかさんって人から笑われるよ。

 まぁ、そんな事、僕の知った事じゃないけど。


「じゃあな。ちゃんと時間通り来いよぉ。逃げんじゃねぇぞ」


 恐らく『職専』コースのちょっとおつむの残念な二人は、それだけを言い残して帰って行ったのさ。


「うわぁ、めっちゃビビったぁ。って言うか、犾守いずもりぃ、お前、本当に行く気か? 俺が部長に掛け合って、話し通してもらおうか?」


 親友の飯田は何を隠そう、サッカー部に所属している。

 サッカー部は学校の中でも花形のスポーツ。

 全国から優秀なサッカー選手の卵たちが、こぞってウチの学校に入学して来る。

 そんなガチの運動部に、特進の生徒が所属する事自体異例だ。

 そう言う意味では、この飯田も二物を持つ一人なのかもしれないな。


 そんなサッカー部の部長ともなれば、『特進』と言わず『職専』と言わず、どのコースの上級生たちともつながりがある。

 確かに飯田から頼んでもらって、『職専』の中にも居るであろうサッカー部のツテで、穏便に話をまとめてもらうのが得策なのかもしれない。


 しかしだ。

 それでは飯田親友に迷惑が掛かってしまう。

 アニメの主人公なら、絶対に一人で乗り込んで行く場面だ。

 そうだ。そうに違い無い。


「いや……大丈夫だよ飯田ぁ。恐らく例の件でゴタゴタしたヤツらだと思う。これは僕の問題だからな。大丈夫。流石に命まで取られる事は無いさ。はははは……」


 うぉぉ、僕格好良いぃぃ!

 どうだぁ、飯田ぁ。僕の格好良さを思い知ったかぁ。


犾守いずもりぃ、やせ我慢すんなよぉ。どうせビビってんだろぉ。ヤメとけって。アイツら相手にして怪我しても損なだけだぞ? 俺に任せておけって」


 おいおいおい。飯田ぁ。

 折角僕が格好良く決めてるんだから、それを上回る大人な回答はヤメろよぉ。

 渾身の僕のセリフがかすんじゃうじゃないかよぉ。


「いや、マジ大丈夫だから。ホントホント。全然平気だから」


「ホントかぁ。でも、マジヤバかったら俺に電話しろよぉ」


「おぉ、分った。分かったから。って言うか、今日アイツらに呼ばれたから、一緒に帰れないわ。申し訳無いな」


「いや、それは別に良いんだけどよぉ……」


 飯田ってば、本気で僕の事を心配してくれてるんだな。

 本当に良いヤツだな、お前って。


 たださぁ……。

 お前には言えないけど、実は……ちょっと試したい事があるんだ。

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