書籍1巻発売記念:春華が猫になった日(1巻既読orWEB版18話まで既読推奨)
「やっぱインパクトが足りねえと思うんだよ!」
放課後の文化祭準備時間でザワつく教室の中、バカ男子・赤崎は唐突にそんな事を言い出した。
「はぁ? いきなりなんだよ赤崎」
たまたま赤崎の近くを通りかかっていた俺は、いきなりよくわからない事を言い出したツンツン頭男子にやや呆れた声を返す。
「おう、新浜! このタコ焼き喫茶って出し物はすっげーいいと思うんだけどよ! 何かこう、もう一味欲しいんだ!」
ああもう……お前、いい加減センスで物を言うクセを改めろよ。
そういうのを聞くと、社畜時代にさんざん聞かされた具体性のないフワっとした要望の数々を思い出しちゃうだろ。
『このデザインはもっとこう女性向きなキラっとした方向で』とか『ここの機能は何かこう便利でいい感じに』とか、具体的な指示を出さずにクソ適当な事をほざく上司や客を何度はっ倒してやりたいと思った事か……。
「あのなぁ……今更何か新しい要素を追加する予算も時間もないぞ?」
「ははっ心配すんな! ほんのちょっとのアクセントでインパクトマシマシになるモンを用意してきたんだよ!」
言って、赤崎は持参したらしき紙袋を見せる。
驚いた事に、どうやら今回はいつもの思いつきではなく具体的なアイテムを持ち込んだらしい。
「ってお前これ……」
「ジャーン! どうよこれ! 以前にどっかのクラスがニャンニャン喫茶とか言うのをやったらしくてよ! その時の小道具を生徒会から借りてきたんだ!」
機嫌良さそうに笑う赤崎が取り出したのは、紛うことなきコスプレ用品だった。
猫耳カチューシャ、服に取り付けるタイプの猫尻尾、猫手袋の三点セットがいくつも入っており、デザインはとてもファンシーだ。
「浴衣に猫耳ってめっちゃ似合うんじゃねえかと思ってな! これを女子達に着けて貰って接客するとかどうよ!」
「う、ううむ……」
それは思いの他検討の余地がある案だった。
ウチのクラスの女子達は可愛い子が多いから効果はありそうだし、時間的にも金銭的にもコストがかからないのもいい。
……まあ、女子達がこの恥ずかしいコスプレ道具を嫌がらなければの話だが。
「わあ! こ、これ猫耳ですか!? ライトノベルで存在は知っていましたけど、実物は初めて見ました!」
いつの間にか俺の側にいた紫条院さんが、赤崎が机に広げた猫耳を手に取り驚きの声を上げていた。日常生活には出てこないコスプレ用品が珍しいようで、目をキラキラさせてしげしげと眺めている。
「うっわぁ、本当に猫耳だ!? フツーにあるんだこういうの!?」
「まあ、最近ではコスプレ系のカフェをやる文化祭も多いらしいですからね。パーティーグッズとしてトンキホーテとかでも売ってますよ」
赤崎のデカい声で目立ったのか、気付けば筆橋や風見原を含めた何人もの女子が集まっており、猫グッズを物珍しげに注目していた。
「それで新浜君、この猫ちゃんグッズは何なんですか?」
「ああ、赤崎が持ってきたもので、女子にこれを着けて接客して貰いたいんだとさ」
「おう、そうだぜ! なあ、制服のままでいいから試しに誰か着けてみてくれねえか? これに集客力があるって証明して欲しいんだわ!」
女子に猫耳を付けろと自身満々に言い切る赤崎の、そのストレートなメンタルが羨ましい。こいつがバカである事は間違いないが、人生って意外とこういう奴の方が楽しくやっていけるんだよなぁ。
「へぇー……じゃあ、私が着けてみますね!」
「え!?」
俺が間の抜けた声を上げる間に、紫条院さんは猫セットを身につけ始めていた。
黒い猫しっぽをスカートの縁に取り付けて、黒い猫耳カチューシャをその艶やかで長い髪にセットし――最後に肉球が付いたモフモフのブラック猫手袋に指を通す。
(う、うわぁ……可愛い……!)
元々美しい黒髪を持つ紫条院さんに、その黒猫セットは凄まじくフィットしていた。意外とちゃんとした作りの三角形な猫耳はぴゅこぴょこと揺れ、猫しっぽは腰の動きに連動して柔らかくしなる。
天真爛漫な紫条院さんの雰囲気が猫の特性に凄くマッチしており、ただその場で微笑んでいるだけで狂おしく愛らしい。
「いい……すごくいい……」
「そ、そうですか? ふふ、そんなに見られるとちょっと恥ずかしいですね」
予想を遥かに超えた可愛さに、俺はとても貧弱な語彙でかろうじてそう言った。
見れば、周囲の奴らも愛らしい猫耳少女と化した紫条院さんを、感嘆するような面持ちで見ていた。ただ猫セットを身につけただけで発揮される別側面の魅力に、誰もが魅入っている。
「おおおおぉぉぉ……いい! いいじゃないですか紫条院さん! そのまま猫っぽい可愛いポーズを取ってくれませんか! そんでもってこう言ってください!」
ふと見ると、風見原は何か妙なスイッチが入ってしまったようだった。
興奮した面持ちのままにグラビア撮影のカメラマンみたいな事を口走り、何事かヒソヒソと指示を出す。
前世ではまるで知らなかったが、このメガネ少女はこういうちょっとオッサン臭いところがある。
「え、猫っぽい可愛いポーズを取ってそう言えばいいんですか? ええと、それなら……」
猫耳の紫条院さんは素直にもそのお願いをあっさりと受け入れ……何故かその場で身をかがめる。え、ちょ、何を……?
両膝を教室の床に付けて、 少しだけ上半身を前へ傾ける。
そして、両手を顔の左右にそれぞれ掲げ――
「お、おかえりなさいニャンご主人様……」
瞬間、教室の中に衝撃が走った。
伝統的な猫のポーズで囁く紫条院さんの姿はちょっと洒落にならないくらいに背徳的であり……男女問わず誰もが顔を赤くして黙り込む。
その体勢の蠱惑的な要素と、柔らかな笑みの中に薄らと含まれる一抹の恥じらい。そして、『ニャン』が内包する破壊力はとんでもないものであり、倒錯的な趣味に目覚めてしまいそうだ。
「お、おお……素晴らしいですよ紫条院さん! これは確かに集客効果がありますね! も、もっと猫ポーズやってみてくれませんか!」
美少女の愛らしい姿はどうやら男女関係なく惹き付けるようで、風見原の奴は完全に熱暴走していた。だが、その過熱ぶりに誰もツッコめない程に、猫な紫条院さんの可愛さは皆の意識を奪っていたのだ。
「は、はい! お役に立てるのなら喜んで! ええと、それなら……あ、この前猫動画で見たやつをやってみますね!」
「お、おい、紫条院さん?」
生来の真面目さから紫条院さんは元気よく応え、予想もしない行動に出た。
おもむろに自分の机に近づいたかと思うと……何とそこに自分の背を乗せたのだ。
机からはみ出した真っ白な足と黒い尻尾がふらふらと揺れ、その豊かすぎる胸は仰向けになってなお形を保っており、男女関係なくそのダイナマイトな光景に揃って赤面してしまう。
そしてそのまま顔の両サイドにモフモフの猫の手を掲げ、上下逆さま状態の紫条院さんはご機嫌な猫そのままの笑顔を浮かべた。
「なぁーん……♪」
心から安息を得ている猫が、お腹を晒して愛らしく鳴く一幕。
それを模したらしき猫耳紫条院さんのポーズは、なんかもう凄かった。
主人に甘えさせて欲しいとねだるかのような、甘く愛らしい鳴き声。
しかもその響きは、猫のそれがそうであるようにどこか切なげだ。
天然な紫条院さんは今の自分の体勢を特に恥ずかしい事とは思っていないようで、危ういポーズと相反する無垢な満面の笑みが、またギャップ感をかき立てる。
「「「……………………」」」
「ふう、どうでし……あれ? な、何でみんなして固まっているんですか?」
床に足を下ろした紫条院さんが不思議そうに問う。
だが皆の反応は当然である。
あんなマニアックなものを最高級のクオリティで見てしまったクラスの面々は、誰もが真っ赤な顔で言葉を失っている。ピュアな高校生にはいささか刺激が強かったようで、何人かは別の扉を開きかけてしまっているようだ。
「…………赤崎。やっぱり猫耳はナシだ。あと風見原さんも、紫条院さんは素直なんだからホイホイとヤバいお願いをするんじゃない」
「お、おう……これは面白い通りこしてヤベーもんな……」
「うぐっ……反省します……。まさかあそこまでやってくれるとは思わず……」
俺の言葉に、二人ともあっさり頷く。
さっきの猫ポーズの破壊力を目にしたせいか、すこぶる素直な反応だった。
「え、この猫耳結構可愛くて良いと思ったんですけど……な、何が駄目だったんですか新浜君!?」
何が駄目かと言えば、猫耳紫条院さんが可愛くてマニアックな魅力に溢れすぎており、猫耳のヤバいポテンシャルを証明してしまった事である。
「いやその……出し物の主旨が変わっちゃいそうだからさ……」
「???」
自分が教室中の生徒を魅了した事実を自覚していない様子で、紫条院さんは猫耳を着けたまま首を傾げる。
計らずも、その仕草こそとても猫っぽくてこれまた可愛らしかった。
【読者の皆様へ】
本日2022年2月1日に『陰リベ』書籍第1巻が発売されました!
100話の末尾でも書きましたが、発売1~2週間の売上げで続巻が出るか決まります。しかしよりにもよって過去最高のコロナ渦と発売が同時期であり、本屋さんへの客足も鈍る現状ではもしかしたら難しいかもしれません……。
恥も外聞もなくたびたびのお願いとなりますが、まだ未購入の方は買って頂ければ本当に幸いです……! 電子書籍でもOKです!
どうかよろしくお願いします!
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