第22話 修羅な現場こそ社畜の華よ


「ものすごく待っていました新浜君。マジ緊急事態です」


 クラスの出し物がピンチ――そんな筆橋のSOSを受けてすぐに教室へ向かった俺たちを、文化祭実行委員のメガネ少女・風見原が迎えてくれた。


「風見原さん、一体何があったんだ? 筆橋さんはかなりパニくっていてまだ事態を把握できてないんだけど……」


「一言で言えば現場崩壊の危機です」


「んな……っ!?」


 クール顔で開口一番に告げられたのは、前世のトラウマとなる言葉だった。

 その言葉の定義は色々あるが、一般的に仕事のタスク(仕事における作業)と処理力のバランスが崩れ、業務が崩壊する最悪の状態を指す。


「まず第一の要因はお客の増加で、『可愛い子が宣伝してたから』と言ってやってくる男性客が殺到しています。正直、美人のCM効果を舐めていました」


 なるほど……紫条院さんがプラカードを持って歩いたことで予想以上の男性客が集まってきたのか。けど、そういうことも対応できる人数でシフトを組んだはずじゃ……?


「第二の要因は……シフトメンバーの欠員です。もうすぐ本日最後のシフト時間なんですが、7人中3人のメンバーが使い物になりません」


「え、ええ!? どうしてそんなことになっているんですか!?」


 紫条院さんが面食らった様子で言う。


「それが……失敗して生焼けになったタコ焼きがあったのですが、そのシフトメンバー3人を含む男子たちの一部がふざけて食べてしまって……全員仲良くお腹を壊してトイレの住民になってしまったんです」


「アホかあああああああああああああああああああっ!!」


 生の小麦粉なんて食べたら腹を壊すのは当たり前だろう!?

 ああくそ、プラネタリウムでは高校生のパワーを眩しく思ったけど、そういう馬鹿なことをあっさりやってしまうのもまた高校生という生き物なんだって思い出した……!


「つまり、今のシフトメンバーの業務があと数分で終了すると、交代する人員――私、新浜君、紫条院さん、筆橋さんの4人で大量のお客を捌かないといけないということですね」


 ここまで準備をしてきた面々は、4人という数字の重みを理解して絶句する。

 食券販売、オーダー管理、調理、盛り付け、ドリンク注ぎ、配膳、テイクアウトの梱包――多岐に渡る業務を処理するにはあまりにも少ない。


「ええと、今入っているシフトメンバーに延長をお願いしたり、他の休憩に入っている人達を呼び寄せたりとかは……」


「そこが難しいところなんですけど……携帯番号がわかっているクラスメイトは全員部活動の出し物やら、校外の友達と回る約束やら、彼女とのデートやら何かの予定が入っているんです。今シフト担当しているメンバーも全員予定ありです」


 各人のスケジュール管理を担当していた風見原は、間の悪さにため息をつく。

 まあ文化祭なんていうイベントで、何の予定もなくヒマする奴の方が少ないか。


 俺が呼べそうなのは銀次だけだが……あいつも確かこの時間は部活の出し物に行ってるはずだ。


「選択肢は二つです。それぞれの用事を無視して携帯で呼びつけるか……それとも4人で何とか現場を回すかです。後者だとおそらくお客への提供スピードはかなり落ちるでしょうけど」


「それは……」


 その判断を目の前の少女たちに問う気はなかった。

 これは俺が提案して築いてきた出し物のことであり、俺が決めるべきだと思えた。


(呼び出しか……楽しい時間を過ごしているみんなへの呼び出し……)


 ふと思い出すのは前世における貴重な休暇の日のことだった。


 貯まったアニメを消化しよう、積みゲーを開封しよう、どこか美味しいものを食べに行くのもいいか――そんな淡い高揚感を無残に打ち砕く会社からの出勤要請コールは、未だに心の傷となっている。


(みんなだってそれぞれの文化祭があるんだ。例えばさっき紫条院さんと一緒にいた時間にもし無慈悲な呼び出し電話があったら……そんな貴重な青春タイムを台無しにするような真似はしたくない)


 だが、だからと言って4人で普通にやれば、大量に来てくれているお客に対して十分なスピードで提供できず、不満や失望を浴びたまま俺たちの文化祭は終了してしまう。


 それは――ダメだ。

 そんなことになったら紫条院さんの笑顔が曇る。

 絶対に許容できない。


 なら、話は簡単だ。


「誰も呼び出さないし、ヒマしてるクラスメイトを探しに行く時間もない。だから4人でやるけど、接客スピードも落とさない」


「え、ええ!? そんなの無理だよ新浜君! 練習していてわかったけど、3人も抜けるのはデカいなんてものじゃないよー!」


 筆橋の訴えは真っ当なものだ。

 偉い人間はすぐに根性論や効率化を神聖視して少ない人員で仕事をやらせたがるが、どんな業務でも人が揃っていなければ現場は回らない。

 

「食券販売とオーダー管理を風見原さん、盛り付けとドリンク注ぎを紫条院さん、配膳を筆橋さんでやってくれ。食器を捨てるのはセルフでお客さんにやってもらう。テイクアウトはオーダーの一つとして、皿の代わりにパック容器に入れる感じで紫条院さん担当で」


「は、はい、了解です! でも……タコ焼きの調理はどうするんですか?」


「ああ、調理は俺が全部担当する。オーダーは片っ端から俺にくれ」


「……マジで言っているんですか? 本来3人でやらないと追いつかないんですよ?」


 そう、タコ焼きメニューが1種類だけならまだしも、合計6種類……大ハズレワサビ味も含めれば7種類もあるため、今まで各家庭から持ち寄った3台のタコ焼き機を使って3人でオーダーを回していたのだ。


「ああ、大マジだ。俺はここまでやったこのクラスの出し物の最後にケチがつくのが嫌だしな。それに――」


 我知らず、俺はふっと笑みを浮かべていた。


 これは俺の領分だ。キーボードやマウスがタコ焼き用ピックに置き換わっただけで、本質的なことは何も変わりがない。


「俺は、こういう修羅場には慣れているんだ」

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