第9話 学園カーストランクが上昇しました
「ね、ねえ、新浜君ちょっといい?」
昼休みに俺と銀次が教室でメシを食っていると、クラスの女子である筆橋から声がかかった。ショートカットのスポーツ少女で元気だが成績が残念な奴だ。
「ああ、どうしたんだ筆橋さん」
「いや、その……お願い! 新浜君のノート貸して! この前の授業で後藤先生が名指しで褒めてたその完璧ノートを!」
「ああ、筆橋さん部活疲れのせいか後藤先生の授業かなり寝てるもんな。それでそろそろノートチェックが近いからヤバいと」
「そう! 恥ずかしいけど全くそのとおりなの! どうかお願い!」
「うーん……じゃあ購買前自販機で売ってるイチゴミルク一本で」
「わかった! 後でおごるから!」
別に貸すのはいいのだが、タダで貸しまくると他にも大量にレンタル希望が出るかもしれないので一応の料金は課す。
自分のものを安売りすると悲劇しかないのだ。
「じゃあ商談成立っと。でも又貸しはナシで頼む」
「た、助かったぁ……! 本当にありがとう!」
俺がノートを手渡すと、筆橋さんは嬉しそうな顔で席へ戻っていった。
「おい、新浜。ちょっといいか?」
筆橋と俺の話が終わるのを待っていたのか、今度は野球部の塚本が声をかけてきた。
「この前お前が設定してくれた俺の着メロ聞いて彼女が同じのにしたいって言うんだよ。けど俺じゃケータイのことはサッパリで……」
「ああ、今度その彼女のケータイ持ってきたら設定するよ」
「おお、恩に着る! 今度購買のパンでもおごるぜ!」
よほど彼女にせがまれていたのか、塚本はかなりほっとした顔で去って行った。
しかし着信メロディって懐かしいな。ガラケー時代はあれだけ流行っていたのにスマホ時代になったらなんであんなに聞かなくなったんだろ?
「お前……マジでランクが上がってるな」
「は? ランク?」
銀次が神妙な顔で呟いた言葉の意味がわからず俺は目を瞬かせる。
「スクールカーストのランクだよ。以前のお前は俺と同じ下層だったけど今や人気ポイントが増して中層……もしかしたらそれ以上になってる」
「いやいや……そういう区分ってそう変わったりしないだろ」
「普通はな。けどお前の変わりっぷりは普通じゃないんだ」
まあ、長年の社畜生活を経験した高校生なんて悪い意味で普通じゃないが。
「なんか全体的に垢抜けてきて、誰でも気後れしないで喋るようになる。ケータイやパソコンにやたら強くなってよく人助けをするようになる。極めつけは火野の件だ。カツアゲヤンキーを公衆の面前で怒鳴ってワビ入れさせたって噂になってるぞ」
「まあ、多少は変わった自覚はあるよ。でも火野の件はあいつが俺から財布を奪おうとしたのが悪いんだぞ。そんなことされたら誰だってキレるだろ」
「それでも怖くてブルっちまうのが俺らだったろ。見てた奴によると周囲の奴も呆気にとられるほど殺気出てたらしいじゃん。やっぱしお前異世界で修羅場を潜って帰ってきただろ?」
「まあ……
「奴隷兵士ルートえっぐいな……」
「ああ、えぐい。夢も希望もそもそも頭の中に発生しなくなるしな」
あれがある種の洗脳だと気づけるのは、今こうしてあの場所を離れたからだ。
思考力が落ちて自分が地獄にいるという自覚すらなくなるしなあ。
「まあ、冗談はさておき今来てたのもスポーツ少女で人気のある筆橋と、野球部で彼女持ちの塚本だぞ? そういう奴らがお前を頼ってくる時点でもう底辺じゃねえよ。お前自身、周囲の目が違ってきたのは気づいているだろ?」
「それは、まあ確かに……」
高校時代の記憶はこうして学校に通うごとに鮮明になっていくが、あの頃は明らかに周囲から見下されていた。
不良やイジメっ子からはターゲットにされていたぶられ、普通の奴らからも無意識的に一段劣る存在として扱われていた。
(けど今は明らかに違う……)
バカな男子が笑いのために俺をイジりにくることもなくなり、火野の件以来不良に絡まれてもいない。
俺が話しかけてもギョっとした顔にならずに誰もが普通に対応してくれる。
「お前の変わりっぷりを周囲の奴らだってちゃんと見てるんだぜ? 今までほとんど喋らなかった奴がガンガン自己主張し始めて、成績は上がるわ、自分の得意なことで他人の世話を焼いてやるわ……そういう態度と人助けで発言力がめっちゃ上がってるんだよ」
「そうなのか……」
俺としては別に学校での自分の地位を変えようなどと思っていたわけではなく、大人の精神だと高校生時代のように周囲にビビらなくなっただけだ。
勉強や他人とのコミュニケーション力強化も紫条院さんに相応しい男になることのみが目的であり、それ以外の人間から評価が欲しかったわけじゃない。
(なんせ紫条院さんは同じクラスだからな……万が一でもカッコ悪いところは見せられない)
ちらっと教室の一角に目を向けると、そこで紫条院さんは女友達と楽しそうにおしゃべりしていた。できれば放課後の図書室だけじゃなくて教室でもガンガン話しかけたいが、そのための良い口実を探している最中だ。
「まあ、バカにイジられたり不良に絡まれないのはありがたいな」
「ああ、でも気をつけろよ。この前も言ったけどスクールカーストでランクが下の奴が上に行くことを嫌う奴もいて……っともうチャイムか。じゃあ俺自分の席に戻るわ」
「おう、じゃあな」
(学校内の地位が下の奴が上に来るのが気に入らない連中か……まあいるよなそういうのも)
実際、紫条院さんと一緒に登校しただけで火野のバカに絡まれたのだ。
一応気をつけて……ん?
「なんだこれ……? 手紙?」
次の授業の教科書を取り出そうと机に手を入れると薄い紙の感触が当り、取り出してみるとその正体は一通の手紙だとわかった。
そしてその中身は――『放課後に中庭のベンチで待っています』とシンプルすぎる一文のみがあった。
俺はその手紙を三秒凝視して――
「なんだイタズラか」
くしゃくしゃと丸めて教壇近くのゴミ箱に投げ入れた。
放課後の校舎で俺の胸は喜びに満ちていた。
なにせ今日は週に一度の図書委員の仕事の日だ。
つまり放課後に紫条院さんと二人っきりになれる神のような時間だ。
(先々週は一緒に下校して、先週は好きなライトノベルのことで大いに盛り上がった……その程度じゃ俺への好感度は雀の涙しか上がっていないだろうけど、こうやって積み重ねることに意味がある)
すでに図書室の鍵は借りている。
今日はどんな話をしようかな、と考えながらショートカットのために中庭を横切ったその時――不意に声がかけられた。
「待ってたよ新浜」
「へ……?」
思わず立ち止まると、声の主が中庭のベンチ前に立っている女生徒だと気付いた。
同じクラスの……確か坂井だっけ?
よく男子も交えてカラオケやらゲーセンやらに行く街遊び好きグループの一人だったはずだ。
「あの手紙を出したのは私だよ。伝えたいことがあったの」
「手紙……? あっ……」
頭によぎったのは昼休みに俺の机に入ってた手紙のことだった。
あんなのただのイタズラだと思って速攻で捨ててしまったのだが……もしやあそこに書かれていた待ち合わせ場所がここだったのか……?
俺が事態の把握しようと努めていると、坂井はさらに告げてきた。
「ねえ、新浜……私あんたのことが好きなんだ。私たち付き合おうよ」
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