変わったのは歩幅だけ

希為

第1話


 中学三年の冬、人生で初めて恋をした。最初に私が感じた事は、こんな内気な私でも誰かに恋をすることがあるんだなぁ。ということだった。勉強だけが唯一の取り柄で、クラスでいじめられている教室内カーストランク底辺にいる私でも恋をするんだ。へぇ、意外。とどこか俯瞰した感情を抱いたのを覚えている。しかも、相手はクラスの人気者。私とは天と地ほどの差がある人間なのだ。意外でしょうがない。まぁ、全く交流がないわけでもなく、むしろ交流はあった方なのは確かだ。彼、こと「相沢」とは小学校が同じで家もわりかし近かったのでご近所付き合いもあり、よく登下校を共にしたりもした。その頃は、私は内気な人間なんかじゃなく、むしろ男勝りなところがあって活発な少女だった。相沢はというと運動はそこそこ出来たが内気な性格だった為にクラスの人間からはよくからかわれては泣きべそをかいていた。私と相沢は今と昔では立場がまるっきり逆だったのだ。ただまぁ、小学生の男女ってそんなもんだとも思う。

 恋愛経験者なら分かると思うが、今と昔で立場が違うほど、そして幼馴染みである程恋愛に発展しにくい。距離感がうまく掴めないのだ。事実、私もその一人である。今の私が昔のように元気で物をズバズバと言うタイプの女の子であったならばとっくの昔に成就するか、振られて一日中拗ねて翌日にはケロッとしているかしていたかもしれない。だけど、今の私はただ恋を自覚しただけの内気で臆病な女の子だ。だから私は人生最大でもある勇気を出す事にした。

「県内トップと言われている高校に受かったら相沢に告白する」

勉強だけが取り柄の私が出来る勇気の出しかた。こうでもしないと私は「恋は盲目」なんて言葉に惑わされて勉強もままならない。事実現状がそうであるようにうだうだと悩んでは、後ろに下りもしないかわりに前にも進まない。だから、これは私の覚悟だ。

 それでも、自分でも変だとは思った。そう思うたびに私の心は言い訳をし始める。だって振られたら絶対に立ち直れない。だってだってと無限ループの言い訳をつらつらと連ねる。勇気あるクラスメイトなら普通に告白して、ダメなら自分が納得いくまで諦めないのだろう。そういうやり方は私には出来ない。だからこその覚悟だ。これならば私は受験にも恋愛にも必死になって頑張れる。でももし、相沢に好きな人、もしくは今付き合っている人がいたらどうしよう。私にはそれを確認できる術がない。何しろクラスでハブられているような人間だ。本人に「好きな人とか付き合ってる人いるの?」なんて聞くバカな真似も出来ない。そんな時、都合が良いのか悪いのかクラスの女子が話している会話がたまたま耳に入ってきた

「相沢くんって勉強もスポーツも出来るのに付き合ってる人居ないんだって」

「え?マジで?なんかもったいないなぁ。好きな人でもいるとか?それとも恋愛に興味ないタイプ?」

「いやなんかね前にあたしの友達が相沢くんに告ったみたいなんだけど昔から好きな人がいるからごめんって断られたみたいなんだよね」

知らなかった…相沢に好きな人がいたなんて。いや、これを知ったからといって私の覚悟が揺れ動くわけではないけど少し胸が痛い。そんな気がする。これが恋なのか…でも苦しくはないな。だって相沢に振られた子はこの痛みの何十倍も苦しくて痛くて、辛かっただろうから。でも、可哀想だと思う反面振られてよかったと思う私もいる。これはきっとホッとしてるんだ。ライバルが一人振り落とされて嬉しいって。最低だけど恋愛ってきっとそんなものだよね。けど今はそんな事に意識を向けてる暇なんてない。まずは合格すること。そうじゃなきゃ何も始まらない。

 そこから私はただ意地と努力で頑張った。毎日毎日好きでもない机に齧り付き過去問と向き合い、ジメジメとして雨上がりの地面のようにドロドロとした人間関係とも向き合いながらも受験をやり遂げた。途中、ふと我にかえり勉強疲れの虚無感の中でなぜ、私はこんなにも必死になってるんだろうと過去問を放り投げてしまいたい時もあった。だけど、その度に相沢が好きだという女子のことを思い出した。たとえ相沢に振られようと精一杯の努力の結果なら割り切れる。だけど、ここで、挫けて一歩を踏み出せないまま相沢と誰か知らない女子が付き合ったなんて聞いたらきっと後悔なんてものじゃ足りない。一生、私は私を許せなくなってしまう。それだけは嫌だった。これからまだ長い人生でそんな小さくて深い傷を自分でつけるのだけは嫌だ。

 合格発表の日、高校に向かうために朝から電車に揺られていた。心臓はバクバクと鳴り響き、静かな電車に響き渡っているのではないかと思うほどだった。合格発表のこともあるが、それよりも先のこと。相沢に告白することを考えていた。もし、落ちていたら私はどうしよう。このまま黙って相沢がほかの子と付き合うのを黙って見ているのか…嫌だな。考えたくない。きっとほかの子より私の方が相沢のこと知ってる。知らない子に嫉妬だなんてネチネチしてる。やめよう。今は自分の番号が書かれていることだけを祈っていれば良いんだ。丁度思考が止まった時、電車も最寄駅に止まった。

 私がついた時にはもう合格発表者の番号が書かれた紙は張り出されていた。周りには泣きながら電話で家族に合格したよと伝える人や唇を噛み締めながらごめんと一言言っている人とさまざまだった。私はポケットにいれた受験番号の紙を取り出して自分の番号を探した。胃が口から出そうだ。524、524と心の中で呟きながら順に番号に目を通していく。523番の下に524番はあった。やった。私やったんだ。あの努力は無駄じゃなかった。チケットは手に入れた。私だけの覚悟のチケット。これから学校に戻って担任に合格の報告をする。そのあとに相沢に告白を…どのタイミングでしよう。ここ最近相沢と喋ってない。急に話しかけたら変かな。いや良いや。ここまで来たんだ。もう、うだうだ考えたって仕方ない。やれる事は精一杯やったあとは咲こうが散ろうが関係ない。

「やっぱ合格してたんだ。」

聞き慣れた声が聞こえた気がした。声変わりで低くなっているけど変わらない優しい音色の声。振り向くと相沢がいた。

「相沢?なんでここに?」

「そりゃあ僕もここを受験したからに決まってるだろ」

いやまぁそうなんだけど。聞きたいのはそんな事じゃない

「相沢、私より成績しただったじゃん。」

私が努力してやっと合格ラインに達した高校だったのに。

「ずっと憧れてる子がここを受験するって聞いてね。少しでも近付きたくて必死に勉強した。」

「どうだったの?」

そう聞くと相沢は無言で紙を渡してきた。書かれた番号は523番。私の番号の下、つまり合格だったという事だ

「おめでとう。」

「ありがと」

短いやり取りもなんだかドキドキする。こんなに真正面から相沢と話したのは小学生振りだ。

「ねぇずっと君に言おうと思ってた事があるんだ。だけど僕って、ほら内気だろ。知ってると思うけど」

「知ってるよ。中学生になって頑張って輪に溶け込もうとしてちょっと無理して明るく振る舞ってたのも」

「なぁんだ。やっぱり君には敵わないね。さすが僕の憧れだよ」

「私が憧れ?相沢の?冗談でしょ。」

「冗談なんかじゃないよ。こんなに勉強を頑張ったのも全部は君に憧れたからなんだ。全部君のことが好きで一歩でも君に近付きたいって思ったからなんだ」

待ってよ、今なんて言った?相沢が私を好きって言ったの?ずっと前から?なんでなの?私が言うつもりだったのに

「…ずるい」

恥ずかしさと嬉しさとごちゃ混ぜになった感情のなか絞り出せた言葉はたった三文字だった

「私の覚悟返してよ。私が言うつもりだったのに!もう、なんで…ほんと…良かった」

今までずっと抱えてたものが一気に消化されてポタリポタリと液体になって溢れ出た

「ちょ、ちょっと泣かすつもりじゃ…」

なんで相沢がアタフタしてるのよ。あんたのせいなんだから。

「私も好きだよ」

涙で不細工になった顔に笑顔を浮かべて答えた。相沢は大きなため息を吐きながらしゃがみ込んだ

「緊張したー、振られたらどうしようかと思った。というか振られたら立ち直れなかった。」

「ねぇ相沢、私今の相沢のその無理して取り繕ってる感じあんまり好きじゃない。もうお互い無理するのやめない?私も周りに圧倒されて内気になっただけできっと根は元のまんまなんだよ。だから相沢も内気でちょっとスポーツが出来るだけの相沢でいて。私はその方が好きだよ」

今日学校に戻ったらいじめっ子たちに言おう。もうこんなくだらない事やめようって。私なら言える。だって、私はもう内気な女の子じゃない。表面が変わっただけで中身は変わってないんだから。

「僕もちょっと男勝りだけど堂々としてる君が好きだよ。そんな風になりたいって思ったから憧れたし好きになったんだ。」

「学校戻ろっか。報告しに行かなきゃだしね。ほら、手繋ご」

差し出した手に相沢は恐る恐る指を絡めてくる。やっぱり相沢はそうでなきゃ。私は相沢のこういうちょっとした仕草に現れる素の相沢に惚れたんだ。相沢が素の私に憧れを抱いて好きになったように。お互い大分遠回りしたんだな。

「学校終わったら前みたいに一緒に帰ろうよ」

なんだ。幼馴染みの恋愛ってそんなに難しいものじゃないじゃん。なんで私あんなに悩んでたんだろ。阿呆らしい。

 私はもう前を向いて歩き出していた。時折り相沢と思い出話に花を咲かせながら、昔と変わらない距離感で歩いていた。背の伸びた相沢とはこんなに歩幅も変わってしまったんだなとしみじみ思ったが、変わったのはそれくらいだった。他は何も変わらなかった。本当に昔に戻っただけ。幼馴染みから恋人にレベルアップしただけだった






 

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