第85話84 夜明け 4。部屋の

「甘いものって何? エルランド様」

「う〜ん……前から思っていたんだが、リザ、俺を呼ぶ時、様づけはもうよしてくれないか?」

 エルランドはリザを抱え上げながら奥の部屋へと歩いていく。

「身分からすれば、リザの方がずっと上なのだし。それに俺はリザと呼んでいる……短くて美しい響きが好きだ」

「結婚式の前に、兄上にも覚え易くて良いと言われたわ。生まれて初めてめられた」

「王の話はしたくない。正直苦手だ」

 エルランドはリザを自分の寝台に横たえながら言った。自分も横になり肘をついた彼は、もう一方の手でリザの頬を包む。

「今は俺とリザの時間だ。他の男の話はしたくない」

「いいけど……どうして、エルランド様の寝台に私を運ぶの?」

「一緒に寝たいからだ。初めてじゃないだろう?」

「それはそうだけど……また、あんな風にするの? 裸になって?」

 森の見張り小屋での出来事が、もうずっと前のことのように思える。けれど忘れたことはない。リザの胸は大きく鼓動を打ち始めた。

「そうだ。だがリザが嫌ならしない」

「……嫌じゃないわ」

 リザは真っ赤になって言った。

「温かくて……いえ、熱いのが好きよ」

 その言葉にエルランド目は一瞬見開き、そしてすぐに色気たっぷりに微笑んだ。

「いくらでも熱くさせてやる」

 そう言って、エルランドは蕾のような唇に深く口付けた。

 リザの腕が大きな肩を両手で抱きしめる。大きな寝台がぎしりと揺れた。


    ***


 半刻いちじかんの後──。

「……リザ?」

「……ん?」

 まどろんでいた瞼がゆっくりと上がり、瞳にエルランドを捉えた。

「私、寝ていた?」

「ああ。可愛い声をあげてから、気をやってしまったな。すまない。少し励みすぎたかもしれない。リザも疲れているのに」

「エルランド様ほどじゃないわ」

「男はいいんだ。疲れるとこういうことをしたくなる……すごくよかった」

 足の間にリザを挟み込みながらエルランドは満足そうな太い吐息をついた。

「よかったならよかったわ」

「意味がわかってないくせに」

「じゃあ、なにがよかったの?」

「リザの外も中も全部よかった」

「中? 心の中?」

「それもある。でも、ここもすごく俺にぴったり寄り添ってくれる」

「やぁ!」

 触れられたところはまだ濡れていて、リザは思わず腰を引いた。二人ともまだなにも着ていないのだ。

「確かに……少し汚してしまったな。汗もかいたし」

 エルランドは暖炉の前においた桶の湯を使ってリザの体をき、自分もざっと体をぬぐった。

 暖炉の灯りに照らされて、何もまとわぬその体は男性神の彫刻のように美しい。あちこちにある傷跡でさえも、全身を鎧う筋肉の装飾のように思えてくる。


 私の貧弱な体とは全然違う……。


「綺麗ね」

「何が?」

「エルランド様の体」

 リザは、腰に布を巻いただけで寝台へと戻ってきたエルランドの体をするりと撫でた。

「こんな傷だらけのごつい体が? リザの柔らかくて白い体の方がよほど触り心地がいい……さっき感じたが、前よりも豊かになったな」

「ええ。たくさん食べているもの。動くとお腹が減るのよ」

 リザはこぶのようにいくつも盛り上がった腹の肉に指先を滑らせる。エルランドは立ったままで、自分の体に興味を示すリザに、新たな欲がじわりと滲む。

「リザ、そんなにするな。今日はもう眠ろうと思っていたのに」

 腰に巻いた布が少し持ち上がっているのを隠そうともせずに、エルランドが苦笑する。

「ええ、そうね。確かに眠いわ……エル」

「エル?」

「そう……様では嫌なのでしょう? 私の名が短くていいのなら、エルランド様のも短いのがいいわ」

「ああ、いいな……これからはそう呼んでくれ……そら!」

 エルランドは裸のリザの体に布を巻きつけ、勢いよく抱き上げた。

「どこに行くの? 寝るのじゃないの?」

「寝るさ。リザの部屋でな。この寝台はやや寝るには不適だ」

「でもそっちは廊下じゃないわ」

「こっちからの方が近い」

 そう言うと、エルランド部屋の北側の壁に設けられた小さな扉を開けた。

 そこには織物がかけられてあり、それをめくるとリザの寝室へとつながる扉が現れた。

「まぁ! こんな仕組みになっていたとは知らなかったわ」

「昔はもっと小さな通路だったようだ。砦だったから、あまり大っぴらにできなかったんだろう。だが、リザにこの部屋を使ってもらうと決めた時から、俺がもっと大きくしようと壁をくり抜いたんだ……さぁここなら清潔だ。誰か気の利く奴が火を入れてくれたようだ。寒くはないか?」

「ええ……わたし、いい港になれた?」

「ああ。この上なく素晴らしい、俺だけの港だ……」

 満足しきったエルランドが足の間にリザを挟む。

「そう? いつか本当の港もみてみたいなぁ」

「ああ、ぜひそうしよう。綺麗で大きいぞ」

「嬉しい……」

 エルランドに抱き込まれ、リザのまぶたは次第に重くなっていく。

「エルの腕が気持ちがいい」

「腕か……」

 エルランドはやや残念そうに言って、眠りに落ちようとするリザを寝台に横たえた。

「さすがに疲れたな。俺も疲れた」

 寄り添って眠る冬の夜。

 いつしか雪がちらついている。この雪は溶けない雪だ。朝まで降り続くだろう。巣篭すごもりの季節がもう直ぐにやってくる。

 エルランドは深い吐息をついた。リザが眠ったまま、くすぐったそうに首を竦めている。

 

 俺たちはもう、大丈夫だな……リザ。


 夜が一番深く暗い時は、夜明けがすぐそこまで来ているのだ。


 

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