第73話72 実りの時 4
「避けてなど……こ、恋人を作るのは貴族では、そのぅ……普通のことなのでしょう? 私それくらい知ってるもの」
リザはまるで何でもないことのように強がった。
「現に私の父上には四人の側室がいました。そのうちの一人が私のお母様です」
「四人。俺はそんなに器用じゃないし、面倒くさい」
エルランドはあっさり切り捨てる。しかし、リザの気持ちは納得しない。
それはつまり、一人くらいなら許せるってことね。
「……お母さまが、父上に見初められた時は庭師の下働きをしていました。つまり私は
「ほらまた、他人行儀な話し方になっている。目も合わせてくれない」
エルランドが鋭く追及するので、リザは思わず目を伏せた。
「……」
「素直さがリザのいいところなのだが、意味はさっぱりだ。多分、俺がなにか不首尾をしでかして、それが許せないんだろう?」
「別に許せなくなんかありません。当然のことだし」
「では、最初から確かめよう。リザはなんで俺とウルリーケ殿が抱き合っていると思い込んだんだ?」
「思い込んだ?」
「ああ。絶対何か誤解がある。なんでもいいから言ってごらん? 何を聞いた? 何を見た?」
「……」
そんなに真正面から聞かれると非常に気まずい。しかし、エルランドは容赦無くリザの顎を掴み、瞳に目を据えた。
「言いなさい」
もうこの人をごまかせない……。
強い金緑の光にリザは観念した。
「二人がひしと抱き合ってるところを見たのです」
「は? 抱き……ひしと? いつ⁉︎」
「……見たのは、わざとじゃないわ。偶然なの。狩りの時、お昼前にアンテと高台に上って下を見たら、たまたま見えてしまったの」
「狩り……昼前か……なるほど」
エルランドは考え込みながら言った。
「それは偶然じゃないな」
「え?」
「それはリザが誤解するよう、わざと見せられたんだ」
「……?」
「あの時、ウルリーケ嬢が首筋に何かくっついたようだから見てくれと、いきなりすり寄ってきてな。俺は虫でも落ちてきたのかと、覗き込んだんだ。結局葉っぱがついていただけなんだが、妙に違和感があったと思ったら……そうか。多分リザがそれを見かけるようにアンテと示し合わせたな。それからなんだって? 俺が彼女を抱えて部屋に入った?」
「う、宴の夜に……」
リザの言葉にエルランドは、げっそりしたように肩を落とした。
「ああ、あれか……あれな。あの大酒飲みの女が、酔っ払って立てないと言い出すから仕方なくだ! 父親の方もへべれけになっていたし、俺の部下達はあの女の押しの強さに尻込みするばっかりだったからな。俺だって嫌だったんだ! 重かったし! 耳元でわぁわぁ騒ぐし! それにすぐに出てきたろう?」
「そこは見てなくて……」
リザはすぐさま部屋に逃げ込んだから、その後のことは知らない。
エルランドは暗い部屋の寝台の中で、いきなりしがみつかれ、大慌て出ててきたことは言わなかった。自分でも消したい記憶だったからだ。
「……それで俺を疑っていたのか?」
「だ、だって、侯爵様が有力な領主は強い後継が必要だから……なるべくたくさん子供を持つために、側室を持つのが普通だって言ったし……お父様もそうだったから、私も知ってたから……すっかり納得して……その」
リザの声はだんだん小さくなってくる。
「畜生め! 姑息な手を使いやがって!」
突然エルランドは大声で叫んだ。驚いたリザの肩が
「こんな娘に卑怯な手を! クソが!」
「……姑息? 卑怯?」
「そうとも! リザの言うのは全部誤解だ。そう思い込まされたんだ! 気が付かない俺も馬鹿だが!」
「……思いこまされた?」
「そうだ! 巧妙にな!」
「じゃ、じゃあ……ウルリーケ様はエルランド様の恋人じゃないの?」
「じゃない!」
「だって二人はとてもお似合いで、仲良しそうにみえたから……」
「そんな訳あるか! 客だから仕方なくだ! ああ言う根拠のない自信に満ち溢れた女は……男もだが、俺は嫌いだ」
「……」
ウルリーケはあんなに美しく魅惑的なのだから、自信の根拠はあるだろうとリザは思ったが、口には出さなかった。
「ナント侯爵は、今まで捨て地だったイストラーダが、このところ豊かになってきたので、あわよくば自分の影響下に置きたいと思ってるんだ。だからリザにそんなことを言ってきたんだろう。面倒な俺ではなく。大人しいリザから攻略しようと考えてな。だから姑息だというんだ!」
「でも、いろいろ援助してもらったって……」
「それとこれとは別の話だ。それに俺だって侯爵にも、王室にもここ数年払えるものは払っている。俺は借りた金はすぐに返す主義だからな!」
「……」
「まだ何か心配か?」
すっかりしょげ返ってしまったリザを見て、エルランドは優しく尋ねた。
「えっとじゃあ、そのぅ……エルランド様の跡継ぎって、誰が産むの?」
*****
「そこからかー!」
エル、心の叫び。
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