第54話53 収穫の市 2

「ああ、あれは普段づかいの陶器の店だ。城で使う客用食器などはアンテが買い付けるはずだが、欲しいものがあるのか?」

 エルランドは不思議そうに尋ねた。

 宴などで客人のために使う高価な食器を扱う店は、広場の中央付近にあり、既に買い付けは終わっている。ここにあるのは、庶民が使う普通の食器や杯、土鍋を扱う店だった。

「このお店で売っているのは、ここで作られた物なのね?」

 リザは一つ一つの陶器を手に取って熱心に眺めた。

「ああ、そうだ。鉄樹の森の近くにいい粘土が露出している崖があって、鉄樹を燃料にじっくり焼いているから、丈夫な普段使いの陶器が焼けるそうだ」

 粘土の質がいいからか、焼き物はどれも薄く軽く仕上がっている。

 ただ──。

「全部無地むじなのね」

 リザのいうとおり、売られている食器や杯は様々な種類や大きさがあるが、焼き締めた上にガラス質の釉薬うわぐすりが掛かっているだけで、焼いた土の色がそのまま地肌となっている。粘土の質のせいか、ムラはないが白っぽく、個性がない印象だ。

「無地だと良くないのか?」

 エルランドは怪訝けげんそうに言った。そんなことを考えたことがなかったのである。

 彼にとっては食器よりも、その中身の方が重要だったのだ。男たちのほとんどがそうだろう。

「悪くないんですけど、こんなに綺麗な地肌なのだから、模様や絵が描かれているときれいじゃないですか? いくら普段使いでも」

「陶器に絵なんか描けるのか?」

「王都の市場では絵の描いてある食器が売っていたの。でも、ここのよりもずっと茶色っぽくて重そうだった」

「陶器用の絵の具は高価なんでさぁ」

 ぶっきらぼうに答えたのは店の親父である。さっきから無遠慮にリザをじろじろ見ていた。

「こんな安物に絵なんか描けるけぇ。あんたみたいな都人にはわかんねぇだろうが、ワシらにはワシ達のやり方がある。御領主様の奥様かなんか知らねぇが、口を出さねぇでもらいてぇ」

「陶器用の絵の具はどこで買えるの?」

 取りつく島のない親父におくすることなくリザは尋ねた。

「さぁね。広場の中央にいる都から来た商人に聞いたらどうですかね?」

「お前は焼き物の職人なのか?」

 エルランドはリザを庇うように一歩前に出た。

「そうでやす。今までは粘土が悪かったせいで、もろくて重いもんしか焼けなかったんが、ご領主様が見つけてくださった鉄樹と、肌理きめの細かい土のおかげで、こんなにいい焼きもんができるようになったんでさ」

 親父はがらりと口調を変えて言った。

「でも、こんなに薄くて軽い焼き物に絵が書いてあったら、王都でも売れるんじゃないかしら」

「さっきからなに言ってんですかい? このお姫様は」

 親父はエルランドに首を振っている。しかしリザは構わなかった。

「おじさん、これを焼く前のお品はどこで買えるの?」

「は? 焼く前の? そりゃあ、森の中の工房だぁね。決まってるべ」

「そこに行ってみたい」

 リザが唐突に言ったので親父はぽかんとしている。

「はぁ? あんた気は確かかね?」

「まぁまぁリザ、ともかく今日はここまでにしよう。親父、邪魔をして悪かったな」

 エルランドはまだまだ陶器に興味を示しているリザを促し、その場を離れた。


「ええ、陶器用の絵の具はありますよ。陶絵具と言いますが。ウチでは扱っていない品ですが、伝手つてならあります」

 その晩、ウィルターは夕食の席でそう言った。

「本当? 少し欲しいのだけれど」

 リザは今では夕食は大広間で取るようにしている。

 最初は戸惑った大人数での食事も次第に慣れて、ニーケがそばにいなくても落ち着いて食べられるようになった。そのニーケもターニャやセローと仲良くなっているらしく、向こうで楽しそうに食事を取っている。

「リザ様は絵を描かれるらしいですね。コルさんから伺いました」

「え? そうなのか?」

 エルランドが驚いて妻に目を向ける。初めて聞いたのだ。

「ええ。以前コルに、あなたのお部屋から地図を書く時の道具を持ってきてもらって、絵を描いたことがあるの」

「そんな趣味があるなんて知らなかったな。じゃあ絵の具を買えばよかったのに……」

「今日は見つけられなかったの。やっぱり生活になくては困るような品じゃないから」

「いえ、確か取り扱っている店がありますよ。明日早速声をかけて届けさせましょう。それから王都に遣いを出して至急の便で陶器用の絵の具も取り寄せます」

「まぁ! ありがとう」

「……俺の妻はすごいな。前から興味の幅が広いとは思っていたが」

 エルランドはしきりに感心している。が彼の洞察はそれだけではなかった。

「それで、陶絵具を手に入れてリザはなにを考えている?」

「陶器に何か独特の模様をつけたら、他の土地でも売れるんじゃないかと思ったの」

「へえっ!」

「ほほう」

 二人の男達は驚いて声をあげた。その横のパーセラは黙って話を聞いている。

「……確かに、イストラーダの陶器は、最近品質が非常に高くなっています。軽さと白さは王族や貴族用の食器にも劣らないほどです。しかし、確かに焼きしめただけの地味な品ですから、安くてもそんなに売れはしません。ですが何か特色を出せば、いい産業に育つ可能性はありますよ」

「ほう……」

 身を乗り出したエルランドは領主の顔である。

「では陶器について記した本も探して一緒に届けてもらえるか? 職人にわかりやすい図案なども」

「かしこまりました」

「……リザ様が絵をお描きになれば?」

 提案したのはパーセラである。

「ご領主様の奥方自ら絵筆を取られた陶器なら、評判になるかもしれません」

「え? でも、私の絵は花や鳥を少し描くだけですから……」

「お花の絵の描かれた食器なんて素敵ですわ。試しに図案を考えなさいませな」


 私が陶器に絵を描いて、それを商品にする……そんなことができるのかしら?

 でも、もしできたなら、私がここにいる意味もできるかもしれない……。

 白いお皿や器に、イストラーダを象徴する花や鳥なんかを描いて……。

 だけどそんなの、私なんかがしていい事なのかしら?


 リザが顔を上げるとエルランドと目が合った。彼は目を細めて頷いてくれる。

「好きなようにするがいい、リザ。あなたはどうも、じっとしていられない性格のようだ」

「エルランド様……」

「それから明日、仕立て屋を呼ぶことにしている。予定しておいてくれ」

「まぁ、今日お求めになられた服地を早速ドレスに仕立てるのですね! 採寸には私も立ち会いたいですわ。素敵なドレスにいたしましょう。宴に間に合うかしら?」

「いえ、そんなに急ぎません。パーセラさんにもらった水色の服を着ればいいんですから」

「あれは普段着ですわ……こんな事なら、絹をもっと持ってきたらよかった……でも、レースを使って豪華に見せたら」

 パーセラは仕切りに何か考え込んでいる。

「うちの奥さんはこうなると、夢中になるのですよ」

「どうやらそれは、うちも同じようだ」

 夕食は賑わしく過ぎていく。

 それを大広間の隅からアンテが憎々しげに見つめていた。


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