第47話46 辺境騎士と妻 3

 うまやは内壁の中にある。馬は大切な財産だからだ。

 今年生まれた子馬は四頭で、どれも美しい毛並みを持っていた。長い足と耳を持った子馬たちは母馬の後ろに隠れている。

「まぁ、いつもお母さんと一緒なのね」

「生まれて半年たった。春になったら人間に従う訓練を始める」

 エルランドは言った。

「半年で大人の扱いをされるの?」

 自分が大人になったという実感の持てないリザは、少し複雑な表情だ。

「馬だから」

「どの子も賢そうね。こんなに小さい馬なら私にも乗れるかもしれないわ」

「こいつらはまだ暴れん坊だ。その前に振り落とされてしまう。リザにはこちらの馬をあげよう」

 エルランドが案内した奥の馬房には、そんなに大きくない濃い茶色の雌馬が大人しく飼い葉をんでいた。

「ちょっと年寄りだが、まだまだリザを乗せて走ることくらいはできる。春になったらリザにも稽古をつけなくちゃな」

「……ありがとう。あなたからは貰ってばかりだわ。この子の名前はなんと言うの?」

「バネッサと呼んでいる。少しリザに似ているな」

 綺麗に揃えられた黒いたてがみを撫でながらエルランドは言った。

「私の髪はまだあんまり伸びてないわ」

「髪なんかすぐ伸びるさ……だが、やっぱり少し痩せたな、リザ」

「そう? わからないわ。私の服はいつも大きめだし」

「どうかな……?」

 そう言ってエルランドは、リザをふんわりと抱きしめた。先ほどよりもじっくり確かめるように、リザの体に掌をわせていく

「ど、どう?」

 リザはこれは単なる確認だと言い聞かせて心臓の暴走を抑えた。

「やっぱり痩せた。頬の小さな窪みも治ってない……きちんと食べているか?」

「食べてるわ。最近は残してない」

「……」

 腕の中の小さな顔にはまだ曲線が足りないと、エルランドは考えこんでいる。

「バネッサに乗ってもいいの?」

「無論。だが、俺かコルが一緒の時でないと絶対にダメだ。大人しいとは言っても、馬は馬だからな」

「わかった」

 エルランドの大きな黒馬が、主の声を聞いて早く来いと急かしている。

「なんだアスワド、今朝はずいぶん走らせたから、少しはゆっくりしろよ」

「こんにちは、アスワド。私を覚えてる?」

 エルランドの黒馬、アスワドは大きな頭を振ってリザに答えた。

「まぁ! まるで言葉がわかるようだわ!」

「わかるさ。こいつは賢いからな。」

 その後も二人はゆっくり厩を見て回った。

 コルが夕餉ゆうげの支度ができたと呼びにきた時、二人はごく自然に腕を組んでいたのだが、慌ててリザは体を離した。離してから、自分が無意識にエルランドに体を預けていたことに気がついた。

 右腕が頼りない。

 

 なんだかすーすーする。きっと夕方で冷えてきたのね。

 

「思ったより時間が経ったんだな。すっかり日が暮れてしまった。行こうか、リザ」

「ええ」

「少しは楽しめた?」

「とても楽しめたわ! 馬って素敵」

 リザは心から言った。


「着替えたほうがいいのかしら」

 部屋に戻ったリザはニーケに尋ねた。今まで入浴と寝る時以外着替えたことなどない。しかし客人を招いての夕食の席では着替えるものだとは、なんとなく知っていた。

「もちろんでございます。こちらの服はどうでしょう」

 ニーケが出してきたのは、薄桃色の木綿の服だ。

 今まで袖を通したことがないのは、着慣れない色だったからだが、淡い桃色の袖付きの服の上に色の袖なしの服を重ねて着る、衣装ダンスの中では一番凝ったデザインのものだった。上のスカートは両脇が割れて動きやすくなっている。

「こんなに上等そうなもの、いいのかしら? 汚さないようにしないと」

 リザは身ごろの前紐を結びながら言った。

「いいえ、よくお似合いですよ。あとは髪ですね……髪飾りが何もありません。花くらいあればよかったのですが」

 リザの髪は肩を少し超えたくらいの長さしかない。なんとか結っても、黒髪だから髪飾りがないとあまり映えないのだ。

「季節柄か、このお城には花がないから……でも、櫛でかすだけで構わないわ。ないものは仕方ないもの」

「でも……そうだ」

 ニーケは部屋に戻って自分の寝巻きを取ってきた。その腰の部分には緩く結ぶ細い帯がある。ニーケは鋏で帯の一部を切り取った。

「両脇の髪を掬い取って、後で結えましょう」

「でもニーケの寝巻きの帯が短くなったわ」

「平気ですよ、帯なんかなくたって、寝巻きですし。これ、ほんの少しだけど、おばあちゃんが編んでくれたレースがついているから、少しは飾りに見えますわ」

 言いながらニーケは手早く、リザの髪を簡単に結った。

「リザ様」

 ターニャがやってきた。食堂へ案内しようと言うのだろう。この城では大広間が食堂を兼ねていて、別段格式の高い部屋ではないが、リザは用事がなかったので一度見たきりの部屋だった。

 着替えた二人はターニャと一緒に部屋を出る。


「……わぁ」

 そこにはリザが初めてみるほど大人数の男女がいた。

 ここには今、この城のほとんど全員が集まっている。仕事のあるものは席にはつかずに壁側にずらりと並んでいた。百人以上はいるだろうか?

 何列もの大きな木製のテーブルがあって、背もたれのない長椅子に兵士、その後ろの列には使用人が座っている。それらと直角に置かれた正面の立派なテーブルには、背もたれのある椅子が置かれ、領主と客人の座る席だ。エルランドと隣に見知らぬ男が座っている。

 既にみんな食事を始めているようだ。と言うか、並べられたものをてんでに取って食べているだけで、特に作法のようなものはなさそうだ。この城の日常風景なのだろう。

「リザ、こっちへ」

 エルランドが席を立ってリザを迎えにやってくる。

 そして、自分の隣の席へと誘い座らせた。木製の背もたれに布がかかり、柔らかな毛布が敷かれた立派な椅子だ。

「皆、少し聞いてくれ」

 途端にざわめいていた広間が静まり返る。

「ここでの報告が遅れてすまなかった。すでに知っている者も多いとは思うが、改めて紹介させてもらう。こちらは、ミッドラーン国王女であり、我が妻リザである。俺が不甲斐ふがいないばかりに、今まで別々に暮らしていたが、このたび晴れてこの城にお迎えできることとなった。イストラーダにはまだ慣れないこともあるが、リザは皆と親しみたいと考えてくれている。これからは俺に致してくれるのと同様に、敬意と忠誠を持って支えてほしい」

 そう言うと、エルランドはリザの手を取って跪き、その指先に騎士の口づけをした。

 たちまち大広間は歓声と拍手に包まれた。




 *****


大晦日です。あと数時間で新しい年となります。

どうぞ、皆様良いお年をお迎えください。

<予告>

元旦はお年玉企画(大袈裟)、2話更新の予定です!

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