第23話22 辺境騎士と王 2

 白蘭宮の正面ホールにほど近い一室。

 エルランドは、謁見えっけんの許可を、かれこれ三時間も待っている。


 まさか、俺が直々に乗り込んでくるとは思わなかったのか。小心王めが!


 部屋から出ることも許されず、随身の三人の騎士達は廊下の気配を探っていたが、何も得られるものはなかった。

 窓から見える庭園だけが気を紛らわせる唯一のものだ。

 美しく手入れされた庭園は、入ってきた門が見えないほど広い。秋の花も咲き乱れている。しかし、左右対象で、人工的に構築されたその庭を、エルランドは好きになれなかった。荒々しくも広大なイストラーダの風景を見慣れているからかもしれない。

 以前小さな王女を送っていった後宮の、更に奥にあった忘れられた庭へは、ここから辿り着けないのだろうか。

「いったい、いつまで待たせる気だ!」

 ついにエルランドが怒鳴った時、ようやく扉を叩く音が聞こえた。現れたのはメノム筆頭侍従だ。

「お待たせしました。キーフェル様、陛下のお時間が取れましたので、今から第三謁見室にご案内いたします。あ、従者の方々はここでお待ちを。後ほど軽食をお持ちいたします」

 態度こそ慇懃いんぎんだが、眼鏡の奥の目は冷たい。

「エルランド様!」

「大丈夫だ。お前たちはここで」

 懸念の色を示す騎士たちにエルランドは頷き返し、メノムに強い視線を送る。

「案内せよ」

「は、はい。ではこちらへ」

 エルランドは広く豪華な廊下を進んだ。

 謁見の間は以前にも来たことがある。そこには武器を持ち込めない。

 入り口で大剣を預け、簡単な身体検査を受けてエルランドは室内に入った。ここでも王が現れるまで待たなくてはいけない。

御成おなりでございます」

 メノムの声に顔を上げると、以前よりやや太って老けたヴェセル王が現れた。王家特有の金髪は豊かだが、それでも額がやや広くなっている気がする。

「久しいな。キーフェル」

 ヴェセルは鷹揚おうように言って、王座に腰を下ろした。付き従う護衛は六人、そしてメノムである。

「ご無沙汰をしております」

「遠いところ、わざわざ駆けつけてくれたのだな。余が遣わした使者よりも早く到着するとは、なかなかの心がけである。して、離縁状は持ってきたか?」

「はい。しかし、署名はまだしておりませぬ。まずは陛下より離縁の理由をお聞かせいただきたく」

「理由とな? そなたがそれを言うのか。我が書状を読んだであろう。結婚の儀を挙げながら、我が妹を五年間も放置していたのはそなたではないか」

「それについては幾重にもお詫び申し上げます。リザ姫にも申し上げたのでございますが、陛下もご存知の通り、我が領地イストラーダは、ミッドラーン国土となって日も浅い土地でございます」

「それはそうだ」

「陛下から賜った当時は砦や街道の整備もできておらず、流民、野盗のたぐいから王女の尊き御身をお守りする自信がなかったので、王都にお留まりいただきました。ですが、相応の金子きんすや品々、我が心を記した手紙などは何度もお送りしたはず」

「……」

 その言葉を聞いて、ヴェセルは奇妙な顔つきで、背後のメノムを振り返った。しかし、彼は首を振り、いかにも心外なという風にエルランドを見返しただけである。

「……しかし、この五年間、妹はいつも泣き暮らしていたのだぞ。それを思うと哀れで心が痛む」

 空々しく嘆き悲しむ王の言葉を、エルランドは内心嘲笑あざわらったが、神妙にこうべを垂れて見せる。

「承知いたしております。しかし、昨年あたりからの手紙には、お迎えに行ける日も近いと繰り返しお伝えしたはずです」

「……なに?」

 ヴェセルは目をむいた。

「しかし、お返事は一度もいただけなかった」

「そ、それほどリザは嘆き悲しみ……そなたを信用せず、愛想を尽かしていたと言うことではないか!」

 ヴェセルの語気は荒いが、口調はあやふやだ。そこへエルランドが畳みかける。

「左様でございますか。では、最後に一目だけでも御目通りを願います。署名をしていない以上、リザ姫はいまだ我が妻。いくらののしられようと、今までの行いを伏して詫びる機会をお与えください」

「それはならぬ!」

「なぜでしょうか?」

「リザ姫は現在、病を得て臥せっておいでなのです」

 メノムが平淡に答えた。

「そ、そうだ! リザは病で臥せっておるのだ!」

 今やヴェセルは額に汗をかいていた。

「なんですと! それはどのような病でございましょうや⁉︎」

 エルランドは素直に驚いて見せた。

「それなら、なおさら一目だけでもお見舞いを。心配でなりませぬ」

「ならぬ! そなたは書面に署名をすれば良い。それで終わりだ! 書面をこれへ出せ!」

「まことに申し訳ありませぬが、ここには持ってきておりません」

「なんだと!?」

「申し上げたように、私にしてもなかなか決断のしかねる事柄でもあり、そのことを陛下にご奏上そうじょう申し上げたかったのです。おっしゃることはよくわかりました。しかし、今夜一晩……一晩のご猶予をいただきたく存じます」

「一晩の猶予だと?」

「はい。明日の朝には我が決意を申し上げまする。なにとぞ」

「……」

「リザ姫をお預けしているが故に、私はここ数年、決められた額よりも多くの税を国に支払ってまいりました。その忠義に免じてどうか」

 エルランドは床に前髪がかかるくらい深く腰を折った。低頭するなどなんでもない。こうすれば相手は優越感に浸れるし、こちらがどんな顔をしていようとも悟られずにすむ。

「そ、それは……」

 言外に税の額を規定の値に戻すとの示唆しさを受け取り、王は言葉を失うが、メノムが割って入った。

「キーフェル卿。さっきからいささか無礼が過ぎますぞ」

「存じております。しかし、リザ姫は私と陛下を繋ぐ唯一の存在。その姫を取り上げられるとあれば、私にはただの地方領主としての義務しか果たせませぬ。何卒」

「あいわかった! ただし一晩、一晩だけだぞ! 明日の朝、九時にはこの場で待て。よいな!」

「……御意」

 エルランドはうやうやしく腰を折った。苛立ちを隠しもせず、王が出てゆく。メノムと護衛も後に付き従った。

「どうやら、余程知られたくないことがあるようだな」

 一人残されたエルランドはすぐさま立ち上がった。急がねばならない。

 今夜中にしなければならない仕事ができたのだ。


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