第6話 5 灰色の結婚式 5

 短く簡素な儀式の後。

 通常より早い時間に祝賀の席が設けられた。

 出席者は婚礼の式典よりも多い。なぜなら、各々おのおのの出席者が夫人、あるいは娘を伴っているからだ。

 それでも王女の婚姻を祝う晩餐会としては小さすぎる。普通ならその後に行われる夜会や舞踏もない。

 まだ嫁いでいないリザのすぐ上の姉ナンシーはいたが、リザを見ると「このカラス! いい気になるんじゃないわよ」と、小さな声でののしり、さっさと自分の席に着き、二度と彼女の方を見ようとはしなかった。

 これは花婿花嫁を祝うというよりも、王の体裁のために催された晩餐会だったのだ。

 主役たるリザは、王の祝辞が終わるまで上座に置かれた花嫁の席に座っていた。夫となったエルランドは隣に座っている。

 装飾の多い花嫁衣装は着替えさせられ、ヴェールを取り去って色のあるドレスに替えていたが、こちらも体に合ったものではなく、リザは場違いな自分に居たたまれなさを募らせるばかりだ。

 目の前には食べたことのない料理が次々と供されたが、正式な作法を習った事もない上、周り中知らぬ人間ばかりで、食欲もわかず手をつける気にならなかった。

 本当は隣に座る男を見つめたい。

 式典の折、ヴェールを上げた折に見えた男に、思いのほかきつけられてしまった。

 長めの鉄色の髪の下に鋭く切れ上がった眉が伸びている。整った鼻梁の線に薄い唇。そして一番強く印象に残ったのは珍しい金緑色の瞳だった。それは春に生える新しい苔の色だった。リザの大好きな色だ。

 だがその瞳は、明らかな驚きを浮かべて自分を見つめていた。


 きっと私がカラスだったからびっくりしたんだわ。


 彼は低く「リザ姫」と名を呼んだ。その声もまた、耳に心地がよかった。

 もっと聞いていたかったくらいに。


 だけど今、話しかけるなんて無理だわ。何を言ったらいいのかわからないし、後で兄上に礼儀知らずだって怒られるに決まってる。

 

 仕方なくリザが招待客を眺めていると、不思議なことに気がついた。

 客達の中には若い女性も何人かいたが、彼女たちは皆、自分の隣の男を熱心に見つめているのだ。様子をうかがうと、近くに座ったナンシーまでが彼を気にしているようだった。甘ったるい声で話しかける声が聞こえる。

「イストラーダってどんなところですの? ぜひ行ってみたいですわ」

「何もない荒涼としたところです。ただ山も森も深く美しい場所もあるそうです」

「私、その南のノルトーダ州にはお友達がいますのよ。ナント侯爵様の令嬢で、ウルリーケ様とおっしゃるのです」

「ナント侯爵とは面識がありますが、ご令嬢は存じません」

 男は作法に反しないように丁寧に、しかし短く応じている。彼の声が聞けたのも嬉しかったが、これから自分が行くところについて興味を持つことができた。


 リザはなるべく目立たないように、隣の席に視線を滑らせた。

 見えたのは静かな横顔だ。

 彼もまた、食事にはほとんど手をつけず、ひたすら杯を傾けているようだった。


 ちっとも嬉しそうじゃないみたい。この方は何を思っているのかしら?


 リザが考えていると、ふと男と視線が合ってしまい、リザは大慌ててで目を逸らした。その眼は憂鬱そうに曇っていたのだ。

 向かいの席に座っている娘達は、ひそひそと言葉を交わし、頬を染めてエルランドを見ている。そして、うって変わったきつい視線をリザにえるのだった。中には嘲笑あざわらうような仕草を見せる娘もいた。


 ……ああ、そうか。

 この方もあの人達と同じように、私をカラスだと思っているのだわ……。


 リザは食欲どころか、ますます気分が悪くなって俯いてしまった。

「……大丈夫ですか?」

 隣から低い声が聞こえる。見れば気遣わしげな目が自分を見ていた。さっきまでの憂いのある顔とは別人のようだ。

 何か言わなければ、とリザは焦ったが、それに応えることは叶わなかった。ナンシーが強引に話しかけ、彼の注意をそらしてしまったからだ。

 彼女は王都の舞踏会がいかに素晴らしいものか熱心にしゃべり続け、もっと長く王宮に滞在するようエルランドに勧めている。エルランドがリザの方を見ようとする度、ナンシーはそれを邪魔するようにしゃべり続けた。

 もう誰もリザに話しかけるものはいない。

 気づまりな祝賀の席は、尚もだらだらと続いた。


 もう帰りたい。ニーケはどうしているかしら?

 

 あまりの不安と苦痛で気分が悪くなったリザが、椅子の座面から滑り落ちそうになった時、力強い腕がさっと伸びた。

「……え?」

 自分の無作法に気づいたリザが青くなって姿勢を整えた時、機を見るにさといヴェセル王が立ち上がった。

「方々、今宵は我が末の妹の結婚祝いによくきてくれた。しかし、我が妹は世間慣れしていない控えめな性格なので、早めに失礼させたい。今夜にさわらぬようにな」

 最後の言葉を聞いた出席者の方から、奇妙な笑いが押し寄せる。リザはもう顔も上げられなかった。

 すぐさまさっきの女官達がやってくる。

 見かけは丁寧だが否応ない力によって、リザはあっという間に宴の席から退室させられてしまった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る