ゆりかごの先へ
蒼樹エリオ
プロローグ:ゆりかごの外で
プロローグ
私は姉の事がきらいだ。
姉が作る薄味の料理がきらいだ。
姉が勧めてくる流行の服がきらいだ。
姉の、私が作業している時に送る、見守る視線がきらいだ。
姉の腰まで伸びる長い髪がきらいだ。
私が反抗した時に見せる姉の大げさに悲しがる表情がきらいだ。
特に何も無いのに無駄にニコニコしているのがきらいだ。
本当は面倒くさいだろうに私の代わりに大人たちに囲まれて、カウンセリングミーティングで楽しそうにしている様子がきらいだ。
私が彼女のすべてを否定しても、「でも私は二葉ちゃんのお姉ちゃんだから」と笑顔で返してくる所がきらいだ。
「――……カハッ」
ヘルメットの内側は繰り返し警告をアナウンスしている。けれど普段であればけたたましいはずのその音が私の吐く息よりも小さく聞こえる所から私の感覚は相当ヤバいみたいだ。私の記憶が正しければ腹部は害獣の一撃で防護服を貫通しているはず。穴の大きさは防護服の自動修復機能が追い付かないほどで、それは肉体に対する致命傷である事も意味する。腹部の激痛、衝突の衝撃で全身に広がっている打撲、外気から侵入する汚染物質。正直、自分でもよくもまあここまで意識が残っているものだと感心する。
「……くそったれ。こんな時にまでアンタは私の中にまとわりついてくるの……」
致命傷から目を逸らすように、私が縋りついた先は森林の中からそそり立つ無機質の白。大小様々な四角形を上に横に子供がデタラメに広げた積み木のように増殖を続ける我らがふるさと、シェルターだ。
私が順調に寿命を減らしているというのにシェルターは私に何の関心も示さない。当然だ。私はあそこの、内側の生活を散々否定してきた。今更改心したからって都合よく救いの手が差し伸べられるわけがない。それにあの中で外側の仕事を知っているのはごく限られた人間だけ。大半の人々は今日も不安から目を逸らして、楽しいことだけを考えて生きているはず。だから、私程度のニンゲンが死の間際にあるだなんて嫌なこと、考える事すら無いだろう。
「……うっ、それでも――」
それでも、あの姉であれば私に関するあらゆる可能性を思い浮かべ、優しさだけで構築されたシェルターの中笑顔で不安でいるのだろう。家出同然に、無様に逃げ出した私の事を今も妹だと、自分を姉だとその役割に忠実に。
「せっかくここまで来たのに……ホント、くそったれだわ……」
私は自分の力で外の世界にまで出られた、そのはずだった。
それでも、ここまで振り切るように駆け抜けて来ても私はとうとう箱の内側から、姉から逃れることが出来なかった。
「……」
とうとう視界も白んでくる。シェルターの壁が広がるように、嫌味みたいに広がる青空が白く塗りつぶされてゆく。一面にひろがるキャンバスの中、浮かび上がる像まで姉の姿。
私の人間としての人生、その最期は――
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