サトラレクション!! ~幼馴染み美少女のくしゃみがハクションではなく「(俺の名前)大好き!」と言ってしまう件 なお、本人は気付いていない模様~

京野うん子

1ハクション くしゃみのある日常~朝~

「ふあ~~あ」


 中空に大きなあくびを一つ。


 不可視の眠気はふよふよと朝の教室を漂い、少しだけ開けられた窓ガラスの隙間からするりと外へ逃げた。


 春眠暁を覚えずとはよくいったものだ。


 三月の陽光は窓際の背中をポカポカと暖めて心地よくて、予鈴が鳴っても俺は机に突っ伏した顔を起き上がらせられないでいた。


「おい春太郎。そろそろ起きろよ」


 中学時代からの親友が俺に声を掛ける。

 首を回してチラリとその俳優顔を視界に入れるが、返事をするのも億劫で再び腕枕に顔をうずめた。

 隣の席の安藤泰あんどうやすしは若手俳優の様な端正な顔立ちでこの北高でも一番のイケメン。お洒落刈り上げの髪型は清潔感を前面に出し、背も180㎝と俺より5㎝も高く、サッカーで鍛えた身体は細いがしっかりと筋肉がついている。正直、泰と並んで歩いていると神様を憎まないでもない。

 かたや俺は凡人。努力しないと何も芽が出ない、ただの凡人。

 髪型も特に気を使っていないし、床屋じゃいつも耳に掛かるか掛からないぐらいでとしか頼まない。家で筋トレはしているが元々太りにくい体質でそこまで肉はついていない。顔も悪くないとは思うのだが、毎日となりのイケメンを見ていると自己評価は低くなる一方だ。


「先生来たら起こして」


「俺はスヌーズ機能付きアラームじゃねえよ。この居眠りする太郎め」


 名は体を表すとはよく言ったものだ。

 俺は名を稲村春太郎いねむらしゅんたろうと言う。この名前と、いつも眠そうにしているから先生やクラスメイトからは居眠りする太郎という不名誉なあだ名をつけられている。


「春だから仕方ないさ」


「一年中眠そうにしてるだろ。ったく、また遅くまで勉強してたのか? 本当にガリ勉だよな」


 俺はガリ勉だ。そう言われる事に何の抵抗も無い。むしろ誉め言葉だ。何かの漫画に書いてあったが、努力を惜しまないのも才能の一つだという。俺はどこまでも凡人だが、だから努力をする。


「そりゃ、一番にならなきゃいけないから」


 俺には目標がある。定期テストで学年一番になること。その為に毎日眠い目を擦りながら勉強に精を出しているのだ。

 もっとも、それは最終的な目標ではない。一番になって、やっと俺はスタートラインに立てる。


「二番じゃダメなんですか?」


「うるせーよ。どこの政治家だよ」


 そう、俺はずっと二番だ。廊下に貼り出される順位表にはいつも俺の上に同じ名前がある。


「別にさー、今のままでも十分だと思うぜ。皆お前ら二人はお似合いだと思ってるよ」


 北高の絶対的一番、杉野花菜すぎのはな。成績トップでスポーツ万能、皆の頼れる生徒会長というミスパーフェクト。おまけに可愛い。俺とは家が隣で幼馴染みで、密かに想いを寄せる女性。


「一つぐらい胸張って誇れるモンを手にしてから告白したいんだよ」


 運動はそんなに得意じゃない。カリスマ性だってない。だけど、俺には努力という才能がある。勉強だけでも花菜に勝って、釣り合いの取れる、とは言わないけど、恥ずかしくない彼氏になりたいんだ。


「呑気な事だ。ま、この学校じゃ花菜ちゃんに告白する奴もいないしね」


 花菜は可愛い。目はくりっとして睫毛もブラシの様に毛束が多くて、鼻はそんなに高くないけど、とても可愛い。肩にかからないぐらいの切りっぱなしの真っ黒なミディアムボブの髪は実にキューティクルで、背も俺と並ぶと丁度いい158㎝。胸は控えめだけど、肌は真っ白で女性として本当に魅力的だ。

 想いを寄せている男子生徒はそりゃ一杯いるだろう。けど、誰も花菜には告白しない。


 何故なら、花菜が好きなのは俺だから。そして、それを学校の全員が知っているからだ。

 別に告白された訳じゃない。もし花菜から告白されたのなら、俺の「花菜に相応しい男になる」という変な意地も音をたてて崩れ落ち、すぐに首を縦に振って了承するだろう。


 じゃあ、何故好かれているのがわかるかって?


 それは花菜の特異な体質のせい。

 特に今、花粉の舞う季節はそれが顕著に表れる。

 名は体を表すとはよく言ったもので、花菜は酷いスギ花粉症持ちだ。


 バタバタバタ……


「お、来たぜ愛しの生徒会長様が」


 廊下を勢いよく走る音が聞こえる。生徒会長にあるまじき行為だが、花菜は毎朝校門の前で挨拶運動をしていて予鈴が鳴ってから慌てて教室に入ってくるのだ。


 そしてドタバタという音の他にもう一つ、近づいてくる音がある。


「ハッ、ハッ……『春太郎大好き!』」


 何故かはわからない。

 本人に内緒で両親が病院に連れていき、医者に調べてもらったがわからなかった。病名もない。


 ガラガラッ


「みんなおはよ! 今日も一日ガンバって……ハッ、ハッ、『春太郎とデートしたい!』」


 元気な朝の挨拶と共に花菜が教室に入ってくる。俺への愛の言葉と一緒に。

 もうクラスメイトは誰も気にしない。この時期になると花菜は一日に何十回とくしゃみをする。いちいち反応していたら身が持たない。


 だけど、俺は毎日、幸せを噛み締める。


 そう、杉野花菜はくしゃみをすると心の声が漏れてしまう。その胸に秘めた俺への恋心が漏れてしまうのだ。


「おはよう花菜。今日も生徒会のお仕事お疲れ様」


 本人はそれに気づいていないから、俺も気づかない振りをして、今日もおはようを返す。何でもない様な笑顔で、内心のドキドキを精一杯隠しながら。

 

「ううん、生徒会長だからね。当然のこ……ハッ、ハッ、『あ~春太郎とイチャイチャしたいな~』」


 ……早く一番になろう。そして告白する。じゃないと俺の身が持たない。

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