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Rinora

01話.[甘えられない側]

 私は両親のことが好きじゃない。

 理由は簡単、姉が相手のときと違って露骨に態度が違うからだ。

 それでも学費を出してくれたり、ご飯を食べさせてもらえたり、家に住ませてもらえているだけで十分。


「ふぅ」


 春夏秋冬、1年中私は夜遅くまで近くの公園で過ごすのが常だった。

 夜遅くというのは大体21時ぐらいまでだ、その間は携帯を弄ったりして時間をつぶす。

 そしていまは冬、残念ながら物凄く寒いし、鼻水だってたらあと垂れていた。


かえで


 いつの間にか横に姉がいた。

 贔屓されている姉からすればなんでこんなことをしているのか分からないだろうな。


「なんで来たの?」

「なんでって、お母さんが連れて帰ってこいって言ったからよ」

「私は許可を貰っているよ、21時までは外で過ごすってお父さんに言ってあるもん」


 父は特に引き留めようともせずに自由にしろという感じだった。

 だからそれを勝手に許可が下りたと判断している、家族なのに干渉してこないから問題もないだろう。


「万引きとかして迷惑をかけているというわけではないんだからさ、放っておいてよ」


 姉は「早く帰ってきなさいよ」と口にして帰っていった。

 そう、そうやって放っておいてくれればいいんだ。

 どうせあの家に帰らなければ生きてはいけないのだから問題もない。

 予定通り21時ぐらいになったら家に帰った。


「いつも遅くまで外にいて、一体なにを考えているの?」

「少しでも不快な気分にさせないように動いているだけだよ」


 あ、これが母親だ、姉と喋り方が似ているから紛らわしいね。

 とにかく、この人にとって私は義理の娘かというぐらいには気に入らないようだ。

 こちらを見たらちくりと口撃しか仕掛けてこないからね、ご飯だって作ってくれたりなんかしない。

 一応、私用に食材を買ってきてくれているけど、量とか笑っちゃうぐらい少ないからね。

 でもいいんだ、なんにも食べられないよりマシだし、お風呂とかトイレとか利用させてくれるから。

 うーん、1度調べてみた方がいいのかもしれない、血の繋がっていない可能性とか高そうだし。

 仮に本当の娘と娘でここまで対応が違うのだとしたら両親がすごいなという話だけども。

 あ、ちなみにお風呂は当然のように最後にされる。

 そもそも自分が21時頃に帰るのもあって、入れるのは大体23時ぐらいだろうか。

 ……これで好きになれという方が難しいよな。


「楓」


 ここまでの差があってもなんにも言わない姉も同類だ。

 が、そんなことで言い争いなんかすれば確実に追い出されるから怒ったりもしない。


「冬なんだからすぐに帰ってきなさいよ」

「別にお姉ちゃんが寒いわけじゃないじゃん」


 部屋があるだけ文句を言うなってことなんだろうか。

 姉がいちいち来る理由も分からない、そんなことをしたって意味もないのに。


「私のことは気にしなくていいよ、それで風邪を引いてもお世話をしてもらおうとなんてしてないからさ」

「はぁ……」

「どうでもいいじゃん、お姉ちゃんにはなんにも関係ないよ」


 こういうところが理由を作っているんだろうけどね。

 だって姉に八つ当たりをしたってなんにも意味がない。

 それどころか余計に差を生む原因になっているのに学んでない。

 けどさ、ここまで露骨にやらなくてもいいじゃん?

 確かに姉と違って優秀でもないし美人でもないしいい人間ではないだろうけどさ、思いきりやる気の削ぐやり方をしてくるのは違うと思うんだよね。


「それで毎回呼びに行かせられるのは私なのよ」

「しなきゃいいじゃん、別にお母さんだって怒らないよ」

「そんな性格をしているから態度を変えられるのよ」

「そうかもね、確かに性格悪いね」


 性格がいいままでいられたらとんだ聖人だ。

 自分意外の人が幸せそうにしていたらむかつくというわけではないけど、姉にだけは言われたくない。

 うるさいし面倒くさいから姉を追い出して扉の鍵を閉めた。

 自分で自分を守ろうとしなかったら誰も守ってくれないからしょうがないんだ。




 率直に言えば私は嫌われていると思う。

 だから決まって過ごすのはトイレの個室内か、教室以外の適当な場所になる。


「また入ってるよ」

「しょうがないでしょ、教室に居場所がないんだから」


 そう、これはしょうがないことだ。

 それに姉もこの高校に通っているというのが多大に影響していた。

 あの姉と比べて妹は云々と悪口を言われる毎日。

 確かにグズだ、なんにも優秀じゃない、美人じゃない、いい人間じゃない。

 私はよくトイレの番人とか言われているぐらいだし。

 学費を払ってもらっているのだから登校することは当たり前なのに、教室にいるとひそひそ話をされる。

 で、いつからか左耳が聞こえづらくなっていた。

 脳が現実逃避をしているだけなのかもしれないけれども。


「南さん」


 なんでこうなんだろうな。

 変な風に目立ったわけでもなく、誰かの悪口を言ったわけでもないのに。

 それなのにここまで嫌われるってどういうことなんだろう。


「南さんっ」


 そこで初めて話しかけられていることに気づいた。

 邪悪な笑みを浮かべているというわけではないけど、なんか面倒くさそうな表情を浮かべている。


「うっ……」

「え、だ、大丈夫っ?」


 これで大丈夫そうに見えるのなら病院に行った方がいい。

 まだ余裕があったのと、気持ち悪さを感じて教室を飛び出していた。


「はぁ……」


 廊下に出てすぐにしゃがみこんで無駄な行動をやめる。

 いまはただこれを落ち着かせるために集中していないとどうにかなりそうだ。


「南さん……?」


 なんだろう、少し前からたまになることだけど。

 これも現実逃避が原因なのだろうか、割とすぐに落ち着くからいいんだけどさ。

 現実逃避できているようでできていないというのが現状だった。


「ごめん」

「それより大丈夫?」

「うん、私なら平気だよ」


 でも、この子って誰だっけ。

 同じクラスなのは確かだけど、名前は知らないや。

 だって知ったところで意味ないしな、私は家のことだけで忙しいし。


「それで用って?」

「あ……やっぱりいいや」

「そっか」


 教室に戻ったらいつものうるささが戻ってきた。

 両耳を押さえてもすり抜けてくるその声達に頭が痛くなってくる。

 けど、やめろなんて言えないし、そもそも左耳は聞こえづらくなっているからまだマシだった。

 それになにより、授業が始まるとみんな比較的静かになるから問題もない。

 ……問題があるとすれば眠たくなることだ。

 だから必死に寝ないように頬をつねったり、太ももを冷たい手でつねったりしてなんとか耐える。

 お昼休みになったら問題もなさそうな場所で時間をつぶすだけ。

 お弁当を食べるとか、購買でパンを買って食べるとかそんな余裕はないのだ。


「今日はこんなところにいたんだ」

「床で寝転ぶとかありえなくない?」


 丸まってないと寒いからしょうがない。

 いくらでも馬鹿にしてくれればいいさ、悪口なんか言われ慣れてる。

 

「あんたさ、なんで教室にいないの?」

「……なんでって、教室にいたら悪く言われる、から」

「あたしはそうやって逃げている方が自由に言われる理由を作っていると思うけどね」

「確かに、それに言い返さないとどこまでもエスカレートさせるからね」


 まだ物を隠されたりとかはないからマシかもしれない。

 けど、このまま抵抗したりしなかったらいずれやられてしまうのだろうか。


「とりあえず座りなよ」

「うん……」


 座ったら彼女も何故か真隣に座った。

 もうひとりの子はその子の後ろに座って体重を預けている。


「南はさ、公園で遅くまで過ごしているでしょ?」

「え……なんで知ってるの?」

「あそこ帰り道だからね。で、それってなんで?」


 両親や姉と仲が良くないことを話す。

 そこまで話して己が失敗したことにすぐに気づいた。

 信用もできない人に話したら駄目だ、大抵の人はそれをばらそうとするから。


「私も母親と仲悪いよ、いちいちうるさくてむかつくし」

「あたしは両親と仲いいかなー、だから不仲って聞くとなんでそうなるのかって気になるわ」


 自ら進んで不仲になりたいというわけではない。

 でも無理なんだ、相手にその気がなければ一方通行で終わりだ。

 恐らくこの先も一生そうなんだと思う、最低限の生活を送れているだけでいいんだ。


「とにかく、女子が遅くまであんなところにいるのはやめな」

「そそっ、危ないよーっ」

「どうしても家に入りたくないならその敷地内で時間をつぶせばいいでしょ?」

「私だったら部屋にこもっちゃうけどねっ」


 この子の言っていることはもっともなことだ。

 実際、近くを人が通ったりすると心臓が飛び出そうになる。

 単純に鼻水が垂れているからというのもあるけど、うん、そんな感じで。

 けどそうか、部屋に引きこもってしまった方が暖かくていいか。


「……これからは部屋に逃げ込む」

「そうね、そうしなさい」

「寝ちゃえばいいんだよ、それで深夜にでもご飯とか食べればいいじゃんっ」

「うん……ありがと」

「「お礼を言われるようなことはなんにも」」


 これで良かったのかな? 明日になったら家族からすら歓迎されていないとか噂が広まっていたりとか……。

 ……いや、もしそうなら少しでも心配したりはしないか。

 早速今日から実行してみることにした、姉にだって迷惑をかけないようになるからいいだろう。




「あれ……」


 気づいたら真っ暗だった。

 鞄から携帯を取り出して確認してみれば20時10分と表示されていた。

 どうやら時間を少しつぶすつもりが寝すぎてしまったようだ。

 別に夜は苦手じゃない、暗いところが嫌というわけでもない。

 なのでぶつかったりしないようにしつつ歩いていたんだけど……。


「ねえ」


 いきなり声をかけられて走り逃げたくなったものの我慢。

 ここはまだ校舎内だ、そんなに危険な人も存在しないはず。


「部屋に逃げ込むんじゃなかったの?」

「あ……なたはお昼の」

「うん、ずっと待ってた」


 それは本当に申し訳ないことをしたと思う。

 嫌われないためにも膝におでこがつくぐらいの勢いで頭を下げておいた。


「そういえば自己紹介がまだだったよね、私はひじりの友達の大原嘉代かよ、よろしく」


 差し出された手を握ることができなかった。

 だって聖って私の姉で、その友達だということは先輩さんということで。

 もう1度違う意味で謝っておく、そもそも姉の友達なら一緒にいたくない。


「ごめん……なさい!」


 今度こそ走り逃げることにした。

 嫌われても構わない、何度も言うけど悪口は言われ慣れている。

 馬鹿だ、そうとも知らずに色々話してしまうなんて。

 今日は公園に寄ることもなく真っ直ぐに家に走り帰った。


「あれ……?」


 そうしたら真っ暗だった、どこも利用されている感じがしない。

 こちらはこれ幸いとばかりにご飯を作って食べたり、お風呂を溜めて入ったりしていた。


「楓……?」

「えっ……あ、ご、ごめんなさいっ」


 お風呂に入っているタイミングで来られるとかなり心臓に悪い。

 やっぱり駄目でしょ、家にいたらいたでこういう欲求が上がるんだから。

 せっかく温かくていい湯船につかっていたのに慌てて出たよ。


「あ、お姉ちゃん……」

「楓だったのね、珍しいこともあるのね」

「ごめんなさい……お母さんには言わないで」

「別にいいわよ、あなたも家族なんだから」


 慌てて拭いて、服を着たらすぐに逃げた。

 いつ帰ってきたんだろう、それとも2階にみんないたのかな?

 部屋に逃げ込んで鍵を閉めたらかなり気持ちが楽になったけど……なんか嫌な生活だな。


「楓、開けてちょうだい」


 仕方がなく開けたら姉はゆっくりと中に入ってきた。

 中央に座って、私のお気に入りであるクッションを抱く。


「両親は別の場所で暮らすそうよ」

「えっ、なんでそれならお姉ちゃんも連れて行かなかったの?」

「あなたがひとりだと生活できないからということで残されたのよ」


 余計なお世話だ。

 だけどしょうがないか、姉がいなければ生活費とか学費とかなしとかになりそうだし。


「それよりあなた、どうして嘉代から逃げたの?」

「なにか問題でもあった? 早く家に帰らなきゃと思っただけなんだけど」

「その割にはあなた、毎日21時近くまで帰ってこないじゃない」

「ごめん、これからも迷惑をかけないようにするから怒らないで、なるべく顔も見せないようにするから」


 どうせご飯とかは自分で作っていたんだから問題もない。

 素直に従うのも馬鹿らしいし。

 や、ある程度は合わせるよ? そうしないと本格的に詰むから。

 けれど一緒にいたくないからしょうがない、姉だってそうだろう。

 こんな出来の悪い妹がいればそれを指摘される可能性もあるからね。

 だからなるべく迷惑をかけないようにするんだ。

 たったそれだけが私にできる唯一のことだった。




 私は公園で過ごすのではなく教室で遅くまで残っていることにした。

 幸い、勉強をしているのは嫌いではないからそう辛くはない。

 辛いと言えば寒さが辛いけど、外にいるよりは遥かにマシだから。


「南」

「あ……」


 嫌がらせなのだろうか。

 結局、追い詰めたいだけだよなこの人達は。


「ごめんなさ――」

「逃さないよ、つかなんで逃げるわけ?」

「だ、だって……お姉ちゃんのお友達さんですから」

「聖と仲良くないんだ?」

「あはは……」


 姉とどころか両親とも仲悪いよ。

 なんなら同級生の人からは沢山嫌われているし、先輩からだって同じだろう。


「なにか怖いことでもあるの?」

「ありません」

「じゃあ逃げなくていいじゃん、それにもう19時半だよ?」

「家に、帰りたくありません」

「それは昨日聞いたけどさ」


 なんで姉本人が来ないんだろう。

 来たくないということなら友達も利用せずにいるべきだ。

 そもそも他人に話してどうこうなる話じゃない。


「22時まではいられるので21時まではいるつもりです」

「部屋にこもるんじゃなかったの?」

「家族と会うのが嫌なんです」


 もっとも、もう姉しかいないけど。

 残された原因が私みたいな言い方をされたら少しでも不快な気分にさせないよう行動するよ。

 なんかいまも来てくれているけど、別に味方をしたいわけではないのだ。

 私が遅くまでどこかに残り、遅く家に帰ることで面倒くさいことになるから来てくれているだけ。

 でもまあいまは両親もいないのだから干渉してくることもなくなるだろうと考えていた、願望かもだけど。


「だから帰ってください」

「なるほどね、分かったよ」


 最低限の生活が保たれているいま、大して不満もない。

 別に自由に悪く言ってくれて構わない。

 ただ、こっちの方から避けてあげるから来てほしくはなかった。

 って、これじゃあ矛盾しているのと同じかな?


「うっ……お腹空いた」


 夜は苦手というわけでもないけど長時間外にいなければならないのは辛い。

 お昼だって毎日食べてないしね、それに遅くなればなるほど準備もだるくなる。


「寒い……」

「はい、普段使っているブランケット」

「な、なんでまだ……」

「帰るとは一言も言ってないでしょ」


 来てくれる理由が分からなかった。

 そしてどういう意図でこんなことをしているか分からないから借りることもしなかった。


「はぁ、どれだけ警戒しているのって話」

「余計なことを気にしていないで帰ってください」

「これって余計なことなの? 後輩が困っているのに動こうとしたら駄目なの?」

「お姉ちゃんのお友達さんだから嫌なんです」


 情報が筒抜けになると面倒くさいことになるからだ。

 それに素直に甘えられる人間ばかりではないことを分かった方がいい。

 そして、私は間違いなく甘えられない側だった。

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