お届け物は「しののめ運送 真心便」

咲良こより

第1話


遠くから音がして、指先がぴくりと震えた。

瞼をゆっくりと開ける。

カーテン越しに夕陽が漏れて、足元を赤く染めていた。


ベッドの上で膝を抱えて壁にもたれる。姿勢と位置は、朝からまったく変わることがない。今日もこうして一日が終わる。そのことに何の感慨も湧くことはない。

あの日から、自分は生きながらにして死んでいる。

何かをする気力も、動く理由も見当たらない。早く死んでしまいたいくらいだが、死ぬ気力すらわかない。指一本動かすのも億劫だが、さっきのように予期せぬ音や動きについ反応はしてしまう。

そんな日々の連なりに、溜め息をつくこともない。

ただ早く、一日を、人生を、消化したいだけ。

生きる意味のない、この人生を。


ふたたび音がした。チャイムの音だ。


インターフォンは切っているのだが、扉越しにチャイムが響く。

届け物の予定もないし、尋ねて来る人などいない。どうせ新聞やテレビの勧誘だろう。放っておけばそのうち帰るだろう。

壁にもたれかかったままそう思ったが、音が耳に残った。


おずおずとして、激しかったり忙しなかったりすることもなく、ちょっと間を置いて、ゆっくりと鳴らされる音。


あの人の音だ。


ドアに目を向ける。

音が似ているなんて偶然でしかない。行くだけ無駄だ。それでも。

一瞬迷ったが、腕に力を入れて立ち上がった。軽くふらついて壁に手を当てる。

自分から何かをしよう、と少しでも思ったのは、この一か月で初めてだった。

床は服やカバン、ごみが散らばっていて雑然としている。よろめきながら玄関まで歩いた。

覗き窓に目を当てることもなくチェーンを無造作に外し、ドアを開く。

逆光が目を刺し、思わず手で隠す。その指の隙間に人の影が見えた。


ちょっと猫背気味の姿、体に合ってないシャツ。

背中からオレンジ色の陽を受けて、いるはずのない「あの人」が立っていた。


「賢、一……さん」


一歩、二歩。裸足で廊下に踏み出した。

両手を前に差し出し、抱き着こうとした途端――


「こんにちは」


目の前の男が口を開き、我に返った。


眼前に立っていたのは、あの人とは全くの別人だった。

こうして見ると明らかに違う人。なのに、さっきはまるで同じ人のようだった。幻でも見ていたのだろうか。会いたい気持ちが高じて、無意識に重ね合わせてしまったのだろうか。

差し出した両手の置き場に困り、だらんと垂らす。

部屋に戻ろうと踵を返したとき、男が言った。


「日野下澪さんですね。空田賢一さんから、真心便のお届け物です」


澪は目を開いて足を止め、ゆっくりと振り返った。

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